背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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49話 残像。2

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 最後に大きく吸って限界まで息を吐き出し、まだ降ってる雨で濡れたベランダに、短くなった煙草の先を押し付ける。備え付けみたいに置いたままの、横の空き缶に吸い殻を押し込んで、部屋に戻った。
 天気が悪くて良かった。
 電気を点けてなくて良かった。
 暗くなって、まともに顔を合わせないで済む。まなかは、布団を被って壁を向いていた。俺が近づくと、ゆっくりとこっちに向き直る。被ってる布団ごとその身体を跨いで、その顔の横に両手をついた。
 暗くても、これだけ近づけばその大きな瞳も見えた。

「ごめん。……好きだ」
「え……」

 今度は優しく。
 出来るだけ大切にするから。一番近くに置いて、絶対離さないって約束するから。
 だから、ごめん。今度ちゃんと謝るから、許してくれ。

 もう一度、雨が止むまで、その顔に重ねた。





「どうすんだよ、裕太くん連絡つかないって。うちにももう服取りに来た後だし」
「まさか見てたとか、俺ほんと駄目だな」
 あとになって、樹さんに教えて貰って初めて知った。あの日あそこに居たなんて。何度電話をしてもメールを送っても、裕太から返事はなかった。今まで連絡が取れない事なんて一度もなかったから、これには正直相当落ち込んだ。
「もう、何もしないほうが良さそうですよね」
「良いのか?」
「余計嫌な思いさせるだけだって、多分」
「……そうかもな」
 樹さんは俺の頭を軽く叩くように撫でてから、ローテーブルの上の俺のビールを勝手に一口飲んだ。
「なんか、いつかの逆みたいですよね、今」
「いつか? ああ、おれが前に泣きついた時か」
「そうそう」
「たまにはおれが抱いてやろっか?」
「冗談」
 鼻で笑う樹さんに、少し気分を取り戻す。床に着いた細い手に自分の手を重ねると、嫌がることもなく笑ってくれた。
 でも、キスはもうしなかった。
「大切にしてやってな。おれの大事な友達なんだから」
「分かってますよ。最近素が出るのか態度がムカつきますけどね」
「良い事じゃないか」
 ベッドには上がらなかったけど、触るのが当たり前な存在だったから、自然と顔が横の身体に擦り寄った。
「ごめん、樹さん。ちょっと肩貸して」
「どーぞ」
 薄い肩に目を擦りつける。肩の辺りの服を濡らしてしまったけど、何も言われなかった。
 樹さんは一度だけ、今度は俺の背中を撫でてから、また勝手にビールを飲んだみたいだった。
「一回くらい、抱いといてやれば良かったかな」
「そんな事言うなって。裕太くんは多分、ちゃんと全部分かってるよ、君の事」
「……情けねぇ。ごめん、犬」
「よしよし」
 出来れば最後に、もう一度笑った顔を見たかった。
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