背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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47話 体温。3

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「すみませんでした、風呂まで借りてしまって」
 暗い表情のまま出て来た裕太くんは、用意していた着替えに身を包んでいた。
「良いよ。少しは暖まった?」
「はい、有難うございます」
「コーヒー、作ったから飲みなよ」
 テレビの前の小さなテーブルにコーヒーを入れたカップを乗せ、その前の座椅子に、風呂場で泣いたのであろう、目の回りを赤くした裕太くんを座らせる。少しだけ湯気が立ち上るカップを大人しく啜る裕太くんの前に、ティッシュとごみ箱を用意してやった。
「あったかいの飲むと、鼻水出るからな」
「す、すみません……」
 恥ずかしそうに、でもまたしても段々涙目になっていく裕太くんは、素直にティッシュを摘んで鼻をかんだ。
「全部使って良いよ」
「いや、それは申し訳ないですから」
「おれも同じような経験あるんだ。一時間ちょっとで一箱使って鼻かんだ事あるからさ」
「それはまた…」
「当たり前の事だから、気にせず使いなよ。うち、ティッシュいっぱいあるから遠慮すんな」
 今は聞かれたくもないし、話したくもないだろう。わざわざそんな傷を抉るような事はしたくなかった。今の自分が彼にしてやれるのは、暖かいコーヒーと大量のティッシュを出してやる事だけだ。
「俺ほんと、こんなの、どうしたら……師匠……」
 鼻かみながらまた泣くから、おれも自分でティッシュを摘んで、とうとうボタボタ落ちてきた涙を軽く拭いてやる。顔がティッシュまみれだ。裕太くんはそれから、黙ってコーヒーを飲みながら鼻をかんでいた。



「大丈夫? やっぱり送って行こうか?」
 玄関先で裕太くんに止められて、つい心配して彼の様子を窺ってしまう。裕太くんはまた作った苦笑いを浮かべながら、大丈夫ですから、とおれを部屋の中に留めた。
「なんかすっかり甘えてすみませんでした。今度服、取りに来るんで」
「うん。いつでも良いよ。帰り道分かるか?」
「大丈夫です、一本道だったし」
「気をつけてな」
 傘を差し出すと、裕太くんの表情から無理した苦笑いが消えた。
「やっぱ、」
「ん?」
「駄目だったんですよね、俺じゃ」
「裕太くん?」
「師匠、きっと俺の事なんて、始めからずっと何とも思ってなかったのに、無理して俺と付き合ってくれてたから……」
「裕太くん」
 それを聞いて堪らなくなって、思わず裕太くんの両肩を掴んだ。
「樹さん?」
「違うよ、違う。裕太くん。涼平はな、」
 肩を掴む腕に力を込める。本人の代わりに、ちゃんと伝わるように。
「涼平は、君の事を本当に大事に思ってるんだよ。嘘じゃないから、おれも知ってるから、これだけは本当だから、ごめんな、これだけは、疑わないでやってくれ」
 言うと、おれの腕の間で細い茶髪がゆっくりと下がってきて、手が動いて何度も袖口で顔を擦りだした。
「……そっちの方が、余計辛いですよ、樹さん」
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