47 / 67
47話 体温。3
しおりを挟む
「すみませんでした、風呂まで借りてしまって」
暗い表情のまま出て来た裕太くんは、用意していた着替えに身を包んでいた。
「良いよ。少しは暖まった?」
「はい、有難うございます」
「コーヒー、作ったから飲みなよ」
テレビの前の小さなテーブルにコーヒーを入れたカップを乗せ、その前の座椅子に、風呂場で泣いたのであろう、目の回りを赤くした裕太くんを座らせる。少しだけ湯気が立ち上るカップを大人しく啜る裕太くんの前に、ティッシュとごみ箱を用意してやった。
「あったかいの飲むと、鼻水出るからな」
「す、すみません……」
恥ずかしそうに、でもまたしても段々涙目になっていく裕太くんは、素直にティッシュを摘んで鼻をかんだ。
「全部使って良いよ」
「いや、それは申し訳ないですから」
「おれも同じような経験あるんだ。一時間ちょっとで一箱使って鼻かんだ事あるからさ」
「それはまた…」
「当たり前の事だから、気にせず使いなよ。うち、ティッシュいっぱいあるから遠慮すんな」
今は聞かれたくもないし、話したくもないだろう。わざわざそんな傷を抉るような事はしたくなかった。今の自分が彼にしてやれるのは、暖かいコーヒーと大量のティッシュを出してやる事だけだ。
「俺ほんと、こんなの、どうしたら……師匠……」
鼻かみながらまた泣くから、おれも自分でティッシュを摘んで、とうとうボタボタ落ちてきた涙を軽く拭いてやる。顔がティッシュまみれだ。裕太くんはそれから、黙ってコーヒーを飲みながら鼻をかんでいた。
「大丈夫? やっぱり送って行こうか?」
玄関先で裕太くんに止められて、つい心配して彼の様子を窺ってしまう。裕太くんはまた作った苦笑いを浮かべながら、大丈夫ですから、とおれを部屋の中に留めた。
「なんかすっかり甘えてすみませんでした。今度服、取りに来るんで」
「うん。いつでも良いよ。帰り道分かるか?」
「大丈夫です、一本道だったし」
「気をつけてな」
傘を差し出すと、裕太くんの表情から無理した苦笑いが消えた。
「やっぱ、」
「ん?」
「駄目だったんですよね、俺じゃ」
「裕太くん?」
「師匠、きっと俺の事なんて、始めからずっと何とも思ってなかったのに、無理して俺と付き合ってくれてたから……」
「裕太くん」
それを聞いて堪らなくなって、思わず裕太くんの両肩を掴んだ。
「樹さん?」
「違うよ、違う。裕太くん。涼平はな、」
肩を掴む腕に力を込める。本人の代わりに、ちゃんと伝わるように。
「涼平は、君の事を本当に大事に思ってるんだよ。嘘じゃないから、おれも知ってるから、これだけは本当だから、ごめんな、これだけは、疑わないでやってくれ」
言うと、おれの腕の間で細い茶髪がゆっくりと下がってきて、手が動いて何度も袖口で顔を擦りだした。
「……そっちの方が、余計辛いですよ、樹さん」
暗い表情のまま出て来た裕太くんは、用意していた着替えに身を包んでいた。
「良いよ。少しは暖まった?」
「はい、有難うございます」
「コーヒー、作ったから飲みなよ」
テレビの前の小さなテーブルにコーヒーを入れたカップを乗せ、その前の座椅子に、風呂場で泣いたのであろう、目の回りを赤くした裕太くんを座らせる。少しだけ湯気が立ち上るカップを大人しく啜る裕太くんの前に、ティッシュとごみ箱を用意してやった。
「あったかいの飲むと、鼻水出るからな」
「す、すみません……」
恥ずかしそうに、でもまたしても段々涙目になっていく裕太くんは、素直にティッシュを摘んで鼻をかんだ。
「全部使って良いよ」
「いや、それは申し訳ないですから」
「おれも同じような経験あるんだ。一時間ちょっとで一箱使って鼻かんだ事あるからさ」
「それはまた…」
「当たり前の事だから、気にせず使いなよ。うち、ティッシュいっぱいあるから遠慮すんな」
今は聞かれたくもないし、話したくもないだろう。わざわざそんな傷を抉るような事はしたくなかった。今の自分が彼にしてやれるのは、暖かいコーヒーと大量のティッシュを出してやる事だけだ。
「俺ほんと、こんなの、どうしたら……師匠……」
鼻かみながらまた泣くから、おれも自分でティッシュを摘んで、とうとうボタボタ落ちてきた涙を軽く拭いてやる。顔がティッシュまみれだ。裕太くんはそれから、黙ってコーヒーを飲みながら鼻をかんでいた。
「大丈夫? やっぱり送って行こうか?」
玄関先で裕太くんに止められて、つい心配して彼の様子を窺ってしまう。裕太くんはまた作った苦笑いを浮かべながら、大丈夫ですから、とおれを部屋の中に留めた。
「なんかすっかり甘えてすみませんでした。今度服、取りに来るんで」
「うん。いつでも良いよ。帰り道分かるか?」
「大丈夫です、一本道だったし」
「気をつけてな」
傘を差し出すと、裕太くんの表情から無理した苦笑いが消えた。
「やっぱ、」
「ん?」
「駄目だったんですよね、俺じゃ」
「裕太くん?」
「師匠、きっと俺の事なんて、始めからずっと何とも思ってなかったのに、無理して俺と付き合ってくれてたから……」
「裕太くん」
それを聞いて堪らなくなって、思わず裕太くんの両肩を掴んだ。
「樹さん?」
「違うよ、違う。裕太くん。涼平はな、」
肩を掴む腕に力を込める。本人の代わりに、ちゃんと伝わるように。
「涼平は、君の事を本当に大事に思ってるんだよ。嘘じゃないから、おれも知ってるから、これだけは本当だから、ごめんな、これだけは、疑わないでやってくれ」
言うと、おれの腕の間で細い茶髪がゆっくりと下がってきて、手が動いて何度も袖口で顔を擦りだした。
「……そっちの方が、余計辛いですよ、樹さん」
1
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
one night
雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。
お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。
ーー傷の舐め合いでもする?
爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑?
一夜だけのはずだった、なのにーーー。
真柴さんちの野菜は美味い
晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。
そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。
オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。
※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。
※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
コネクト
大波小波
BL
オメガの少年・加古 青葉(かこ あおば)は、安藤 智貴(あんどう ともたか)に仕える家事使用人だ。
18歳の誕生日に、青葉は智貴と結ばれることを楽しみにしていた。
だがその当日に、青葉は智貴の客人であるアルファ男性・七浦 芳樹(ななうら よしき)に多額の融資と引き換えに連れ去られてしまう。
一時は芳樹を恨んだ青葉だが、彼の明るく優しい人柄に、ほだされて行く……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる