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37話 心酔。2
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こぽこぽ、と軽い音を立てながら、シンクでコップに麦茶を入れる。麦茶のペットボトルを冷蔵庫に仕舞って、狭い部屋の中、上着を脱いでベッドに腰掛ける藤城さんにコップを渡した。
「どうぞ」
「ああ」
自分の家なのに何だか居心地が悪くて、彼から近すぎず遠すぎない距離はどこだと探して、斜め向かいの座椅子に座ってみた。チラリと盗むようにして見たベッドの上の藤城さんは、冷えた麦茶を静かに飲んでいる。
「暑いのにスーツで大変ですね」
「お前もそのうち同じようになる」
「そう、ですね」
会話が続かなくて、静かなのがどうにも落ち着かなくて、リモコンを手に取ってテレビをつけた。
「つけるな。消して、ここへ来い」
「え、」
ドクリ。
心臓が音を立てて期待する。
「でも、」
「そこに居たら触れないだろう」
触る。どこに。
聞こうとして、切れ長の目に真っ直ぐに射竦められて聞けなくなる。指先は素直にもう一度リモコンの電源ボタンを押してから、まるで操られたみたいに、這うようにしてベッド下に移動した。
足元の床にぺたりと座り込むと、藤城さんは持っていたコップをテーブルに置いてから、少し冷えたその指でおれの顎を、まるで猫を相手にするようにさわりと撫でた。
顎を捕らえられたまま身体が傾いてきて、あ、と思って反射的に少し、顔を背ける。
「あの、すみませんおれ、明日人と会う約束があって」
「恋人か」
「はい、だからその、あまり今日は」
「だが、それは「ヒカル」、ではないんだろう」
「……え」
「顔に出ている。一度拒絶すれば、俺は二度とここへは来ないぞ」
静かな声だった。
それでいて威圧的な声だった。
おかしな事を言われている気がする。自分達の何を知っていると言うんだ。そんなの何の脅しのネタにもならない。
それでも、おれが逸らした顔をもう一度彼に向けるには充分だった。
「会いたいんだろう、「ヒカル」に」
「……~~ッ」
貴方は彼じゃない。
そう言いたい。でも言えない。
だって会いたい。「ヒカル」に会いたい。
「どうする」
唇のすぐ傍で選択を委ねられる。あの清涼感のある甘さが、鼻を擽った。
「風呂上がりか。良い匂いだ」
ふわりと、初めて優しく微笑まれて、樹、と、頭の中で愛しい声が名前を呼んだ気がした。
気付けば自分から目の前の唇に吸い付いていた。
もう眠りに落ちてしまいそうだ。身体中が重くてだるい。
ベッドのスプリングが壊れるかと思った。いつも頭のどこかにある冷静な部分が完全に飛んでいくみたいだった。
おれが眠ったと思ったんだろうか、藤城さんは音を立てないように静かにベッドから降りた。テーブルの上のティッシュを数枚抜き取る気配がする。多分コンドームを取ってから自分のものだけ後始末をして、服を着込んだ。
「ふん。「ヒカル」、ね」
意識が落ちる直前、鼻で笑ったような小さな声が聞こえた気がした。
「どうぞ」
「ああ」
自分の家なのに何だか居心地が悪くて、彼から近すぎず遠すぎない距離はどこだと探して、斜め向かいの座椅子に座ってみた。チラリと盗むようにして見たベッドの上の藤城さんは、冷えた麦茶を静かに飲んでいる。
「暑いのにスーツで大変ですね」
「お前もそのうち同じようになる」
「そう、ですね」
会話が続かなくて、静かなのがどうにも落ち着かなくて、リモコンを手に取ってテレビをつけた。
「つけるな。消して、ここへ来い」
「え、」
ドクリ。
心臓が音を立てて期待する。
「でも、」
「そこに居たら触れないだろう」
触る。どこに。
聞こうとして、切れ長の目に真っ直ぐに射竦められて聞けなくなる。指先は素直にもう一度リモコンの電源ボタンを押してから、まるで操られたみたいに、這うようにしてベッド下に移動した。
足元の床にぺたりと座り込むと、藤城さんは持っていたコップをテーブルに置いてから、少し冷えたその指でおれの顎を、まるで猫を相手にするようにさわりと撫でた。
顎を捕らえられたまま身体が傾いてきて、あ、と思って反射的に少し、顔を背ける。
「あの、すみませんおれ、明日人と会う約束があって」
「恋人か」
「はい、だからその、あまり今日は」
「だが、それは「ヒカル」、ではないんだろう」
「……え」
「顔に出ている。一度拒絶すれば、俺は二度とここへは来ないぞ」
静かな声だった。
それでいて威圧的な声だった。
おかしな事を言われている気がする。自分達の何を知っていると言うんだ。そんなの何の脅しのネタにもならない。
それでも、おれが逸らした顔をもう一度彼に向けるには充分だった。
「会いたいんだろう、「ヒカル」に」
「……~~ッ」
貴方は彼じゃない。
そう言いたい。でも言えない。
だって会いたい。「ヒカル」に会いたい。
「どうする」
唇のすぐ傍で選択を委ねられる。あの清涼感のある甘さが、鼻を擽った。
「風呂上がりか。良い匂いだ」
ふわりと、初めて優しく微笑まれて、樹、と、頭の中で愛しい声が名前を呼んだ気がした。
気付けば自分から目の前の唇に吸い付いていた。
もう眠りに落ちてしまいそうだ。身体中が重くてだるい。
ベッドのスプリングが壊れるかと思った。いつも頭のどこかにある冷静な部分が完全に飛んでいくみたいだった。
おれが眠ったと思ったんだろうか、藤城さんは音を立てないように静かにベッドから降りた。テーブルの上のティッシュを数枚抜き取る気配がする。多分コンドームを取ってから自分のものだけ後始末をして、服を着込んだ。
「ふん。「ヒカル」、ね」
意識が落ちる直前、鼻で笑ったような小さな声が聞こえた気がした。
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