背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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20話 矢印。1

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side I

「まだ連絡来ないの?」
 まなかの素直な問い掛けにたまらずがっくり来て、カフェテリアの白いテーブルにガチンと額をぶつけた。痛い。そして思った以上に音が響いた。恥ずかしい。
「……まだ、何も……」
 夏休みが終わって大学が始まっても、ヒカルからの連絡は未だ一度もなかった。
 昼時を過ぎた大学構内のカフェテリアは人も疎らで、高い天井近くの大きな窓から降り注ぐ日光が緩やかに眠気を誘う。磨かれた床に柔らかく乱反射した光が建物の中に拡散する。
 その微かな一筋を目で追うようにしながら、まなかはテーブルに置いていたカップコーヒーを一口啜り、もう片方の指でカリキュラムの並んだ紙を摘んだ。
「そんなに落ち込むなら、自分から連絡してみたら良いじゃない」
「いやあ、出来ないだろ、そんなこと……」
 自分からやめると言ったのだ。こっちにだって意地ってもんがある。
 テーブルに突っ伏したままいかにも情けない声を出してしまうと、まなかは「大変ね」とだけ返した。
「そう言うまなかは、どうなんだよ」
 頭を持ち上げて、今度は反対に彼女に尋ねると、まなかは明後日の方向を向きながらつまらなさそうに、小さく呟いた。
「私も一緒。何もしないから、何も変わらないわ」
 彼女の視線の先には、パックジュースをぶらぶらと振りながらこちらに歩いてくる涼平がいた。
「樹さん聞きました? リナのこと」
 席に着くよりも先に、涼平はさも面白そうな様子で同い年の友人の名前を口にした。
「リナがどうかしたのか?」
 聞き返すと、涼平は勿体振るように一度黙ってから、同じテーブルに着いて持っていたいちごオレをストローで啜った。
「結局例のタナベってのに落ち着いたらしいですよ」
「田辺くんって、一年のあの子か? 歳下だろ」
「確か、物静かな感じの子よね」
 まなかと一緒に、田辺くんの見た目を思い出しながら涼平の持って来た話に思わず目を見合わせる。田辺くんといえばあれだ、見た目だけで判断しては申し訳ないが、見た目はまさしくそう、真面目すぎる勤勉学生。
「……意外ね」
「本当に」
 リナは元々まなかの出身校の、一つ下の後輩で、大学入学当初から浮いた子だった。女の子は欝陶しいから苦手だと大声で言い放ち、常に男友達、大概は涼平と一緒にいた。尻の軽い子だとか取っ付きにくいとかいう非常に失礼なやっかみの言葉もまるで気にしない、こっちからすればあっけらかんとした小柄な可愛い子だ。
 自他共に認める程恋愛事が大好きで、噂に違わず何人もの男子達の間を行ったり来たりしていた。
「なーんか相当入れ上げてるみたいですよ。でれでれして、女子高生見てるオッサンみたいだったし」
「例えが酷いわね」
「本当なんだって」
 まなかが涼平の言葉に苦笑する。こういう時はいつも、自分からは出来るだけ会話に混じらないと決めている。
 二人の気持ちをどちらも知っているから、自分が下手に入り込んで複雑な状況を悪化させないように気をつけたいとは思っているのだ。だからいつも当たり障りのない理由をつけてその場から離れる。
「トイレ行ってくるよ」
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