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18話 葛藤。1
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気付けばいつでも目で追っていた。
会社にたまに遊びに来ていたその人は、どうやら社長の恋人らしかった。
「すみませんでした。突然誘ってしまって」
「いや、全然。嬉しいよ」
昼間、約束の場所に現れたその人は、会社で見かけるときにいつも着ているような衿の付いたシャツではなく、年相応のシンプルな薄緑色のTシャツに、薄い色のジーンズを穿いていた。
「え、なんか変……?」
不安そうにそう尋ねられて、自分がその姿をまじまじと見てしまっていたことに気付く。
「いや、珍しい格好だなと思って……」
慌てて目線を少し外しながら素直にそう言うと、くしゃりと苦笑いをしながらその人は、自分のティーシャツの裾を摘んで引っ張った。
「いつも会社に遊びに行く時はさ、一応ほら、社会見学じゃないけど、仕事の手伝いも兼ねてただろ。だから、ヒカルに釣り合うようにと思ってあんなシャツばかりだったんだよ。あいつ殆ど毎日仕事だから、外に居る時はいつもスーツだし。子供が並んでるとか思われたくなくて。まぁ、これ選んだのもヒカルなんだけどさ」
まあこれはこれで、会社の人に会うと部屋着で外に居るみたいな感じがして落ち着かないんだけどな、と付け加えたあとに、
「豪くんは会社で見かけてもいつもラフだから、こっちのほうが良いかなって」
柔らかく笑ったその顔を思わず抱きしめたい衝動に駆られ、気付かれないように拳を握り絞めて自制する。
自分がまっすぐ彼の視界に入っていることを実感して、それだけで浮足立つような感覚がした。聴覚が全力で彼の声だけを拾い上げる。
「な、腹減ったから、飯食おっか」
誘うかやめるか、何度も考えた。
好きになったのは、敬愛する社長の恋人だった。
初対面、初めましての瞬間から何故か目を奪われた。
「おい樹、これ、新しくうちに入った豪だ」
たったそれだけの紹介で、接点なんかひとつもなかった。
堂々と会社に出入りする部外者。
社長と親密な関係らしい。
初めはそんな、存在が気になる程度でしかないと思っていた。
気付けばいつでも目で追っていた。
追いすぎていつか、見てはいけないものを見た。給湯室から聞こえた小さな話し声に、彼が居るのだとすぐに気付いた時。通り掛かりに一目でも見られたら。そう思い素知らぬふりで給湯室の傍を通った。
視界の端に入ったのは、社長のカップにコーヒーを煎れようとしている彼と、それを後ろから抱きしめるようにして邪魔をしている社長の姿。
やめろって、くすぐったいから。零れるだろ。
聞こえてきた彼の声が、それまで聞いたことのないような甘さを含んでいて、ああそうか、そういう仲なのかと悟った。
胸が痛くなった。
「何食いますか。俺、払いますよ」
人通りの多い街中でいつまでも二人で突っ立っているのも可笑しいと思い、近くのファストフード店を指差してみる。
彼は、俺の指先と指された方向を順番に見てから、自分で払うよ、豪くんはすげぇ食いそうだよな、と言ってまた笑った。
気付けばいつでも目で追っていた。
会社にたまに遊びに来ていたその人は、どうやら社長の恋人らしかった。
「すみませんでした。突然誘ってしまって」
「いや、全然。嬉しいよ」
昼間、約束の場所に現れたその人は、会社で見かけるときにいつも着ているような衿の付いたシャツではなく、年相応のシンプルな薄緑色のTシャツに、薄い色のジーンズを穿いていた。
「え、なんか変……?」
不安そうにそう尋ねられて、自分がその姿をまじまじと見てしまっていたことに気付く。
「いや、珍しい格好だなと思って……」
慌てて目線を少し外しながら素直にそう言うと、くしゃりと苦笑いをしながらその人は、自分のティーシャツの裾を摘んで引っ張った。
「いつも会社に遊びに行く時はさ、一応ほら、社会見学じゃないけど、仕事の手伝いも兼ねてただろ。だから、ヒカルに釣り合うようにと思ってあんなシャツばかりだったんだよ。あいつ殆ど毎日仕事だから、外に居る時はいつもスーツだし。子供が並んでるとか思われたくなくて。まぁ、これ選んだのもヒカルなんだけどさ」
まあこれはこれで、会社の人に会うと部屋着で外に居るみたいな感じがして落ち着かないんだけどな、と付け加えたあとに、
「豪くんは会社で見かけてもいつもラフだから、こっちのほうが良いかなって」
柔らかく笑ったその顔を思わず抱きしめたい衝動に駆られ、気付かれないように拳を握り絞めて自制する。
自分がまっすぐ彼の視界に入っていることを実感して、それだけで浮足立つような感覚がした。聴覚が全力で彼の声だけを拾い上げる。
「な、腹減ったから、飯食おっか」
誘うかやめるか、何度も考えた。
好きになったのは、敬愛する社長の恋人だった。
初対面、初めましての瞬間から何故か目を奪われた。
「おい樹、これ、新しくうちに入った豪だ」
たったそれだけの紹介で、接点なんかひとつもなかった。
堂々と会社に出入りする部外者。
社長と親密な関係らしい。
初めはそんな、存在が気になる程度でしかないと思っていた。
気付けばいつでも目で追っていた。
追いすぎていつか、見てはいけないものを見た。給湯室から聞こえた小さな話し声に、彼が居るのだとすぐに気付いた時。通り掛かりに一目でも見られたら。そう思い素知らぬふりで給湯室の傍を通った。
視界の端に入ったのは、社長のカップにコーヒーを煎れようとしている彼と、それを後ろから抱きしめるようにして邪魔をしている社長の姿。
やめろって、くすぐったいから。零れるだろ。
聞こえてきた彼の声が、それまで聞いたことのないような甘さを含んでいて、ああそうか、そういう仲なのかと悟った。
胸が痛くなった。
「何食いますか。俺、払いますよ」
人通りの多い街中でいつまでも二人で突っ立っているのも可笑しいと思い、近くのファストフード店を指差してみる。
彼は、俺の指先と指された方向を順番に見てから、自分で払うよ、豪くんはすげぇ食いそうだよな、と言ってまた笑った。
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