背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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17話 身代わり。2

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 エアコンの風が冷たい。ぬるついたぬちっとした音が耳に障る。
 全身に汗が滲み出して、嫌な予感がして振り向いて顔を見ると、涼平は口の端を歪ませてにやりと笑っていた。
「やばい、痛いの恐い」
「大丈夫ですって、すぐ訳分かんなくなるよ」
「……、そっか」
 言われて、大人しくパッケージのビニールを破いた。そうか、訳分かんなくなれるんなら、それでいいか。
 嫌なこと全部頭から追い出せる。

「う、 ぁ」
「そうそう、そのまんま静かにしててくださいね。壁薄いんだからさ」
「やっぱこれ、いっっっだ……」
 抱き合ってるほうが、顔が見えなくて丁度良い。顔は見ない。名前も呼ばない。キスもしない。
 涼平は元の体温が高いから、ちょっと引っ付いてるとすぐに暑くなってくる。でも四六時中目を閉じているわけにもいかないから、出来るだけ顔が見えないように。
「ああ、駄目だ樹さん、これ暑いわ。あんたちょっと後ろ向いて」
「まって後ろは嫌だ、こえがまんできな、は は ……う、 あああ」



「そういえばさ、」
 すっかり空っぽになった頭と腹に、エアコンの冷風がゆるゆると吹き付ける。尻の違和感がいつもよりも酷くてまだ動く気にはなれない。
「今更なんだけど、裕太くんは何で君のことを師匠なんて呼ぶの? 裕太くんはフェンシングやってないんだろ」
「ああ」
 涼平はひとりで先にすっかり後始末を済ませてしまって、タオルを洗濯機に投げ入れてから戻ってきた。
「俺が高校まで剣道だったんですよ。ガキの頃から通ってた道場が同じで、ずっと子分扱いしてたから、もうその呼び方に慣れすぎて今更他に変えられないらしいです」
「へぇ」
「樹さんさあ、興味ない癖にそうやって尋ねるのやめましょ」
「いや別に、そんなことないよ」
 ローデスクに置き去りにされていた烏龍茶を取ってくれるから、漸くベッドに座ってそれを受け取る。でも中身が少ない。そして温い。
 涼平はパンツ一枚でベッドに腰掛けてから、パンツぐらい穿きません? と床に落ちていたやつも拾ってくれた。本当に甲斐甲斐しい男だなと思う。
「そういや樹さんこそ、結局行くんですか? ヒカルさんの会社の人の誘い」
「豪くんのことだろ。うん、一応。折角気分転換にって言ってくれてるし、断る理由も思い付かなかったからさ」
 受け取ったパンツを穿こうと脚を動かすと、やっぱり違和感が酷い。あれはもう二度と使わずにいてもらおうと心に誓う。
「その人、樹さんが自分とこの社長のそういう相手だって、しかも別れたって知ってるんですよね。よく誘えるよな。怖いもの知らずなのか、ただの考えなしなのか、どっちなんですかね。何歳?」
「君の一個下。まだ新人、なのかな。すげえ背ぇ高くてガタイがいいんだよ。無口な感じで。でも、ただメシを食いに行くだけなんだから、そんなに気にすることじゃないだろ。変なことじゃないと思うけどな」
 そう言うと涼平は呆れたような顔でこっちを見てきた。
「いやいや変ですよ。どう考えても変だろ、友達じゃないんだからさ。樹さんのこと好きなんじゃないですか、そいつ」
「まさか。そんな訳無いだろ。ああ、あと涼平さあ、ちょっとコンビニでメシ買ってきて。腹減った」
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