背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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13話 線。1

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side R

「樹さん今日は居ないんですか、師匠」
「いねぇよ。裕太お前そろそろ俺の事涼平って呼んでみ?」
「無理です。そんなことよりちょっと聞いて下さいよぉ。こないだ三郎三兄弟が――」
「へえ」
「――、それで、たっちんがいつまでもうじうじしてるからって義明のやつがとうとうキレて、だから……」

 こいつは一体どれだけ喋れば気が済むんだ。
 玄関入ってきてからずっと喋り続けている。わざわざ人の家まで来てローデスクに広げた参考書はまるで進んでいない。
 扇風機の前を一人で陣取りやがって。しかも黙って聞いてれば、出て来る名前が全部男。どんだけ女っ気ないんだ。高校確か共学だったよな。大丈夫かこいつ。
 見兼ねて、冷蔵庫に冷やしておいた一リットルのペットボトルを取り出して、未開封のそれでゴツリと頭を小突いてやる。
「った!」
「いつまで喋ってんだ。さっさと書け、阿呆」
 立ったまま上から見下ろせば、裕太は「ちぇぇ」と口を尖らせてから渋々黙ってシャーペンを握る。短くない茶髪がさらりと下を向いた。地毛でこれだけ茶色いのは羨ましいが、本人は教師と揉めて大変らしい。
 ペットボトルを開けてそのまま口をつけると、炭酸の効いたサイダーが口の中を刺激した。
「苦手なんだろ、数ⅢC。言っとくけど俺はもうあんま覚えてないから、マトモに教えられないからな。分かんないとこあっても聞くなよ」
「分かってますよぉ……」
 何でわざわざ教えてもらえないものを持ってくるのかね。まあ、苦手だから放置しすぎて溜め込んだんだろうっていうのは、想像がつくけれども。
「一問解いたら一口飲ませてやるよ、このサイダー」
 気泡がたっぷり上がってくるペットボトルをローデスクの、参考書の隣に置いてやる。すると裕太は悔しそうに口を歪ませて見上げてきた。
「くっ! 解けないから困ってるのに!」
「いやそもそもまだ碌に問題見てないだろ。参考書だろ、解説読めよ」
「解説読んで意味分かるんなら困ってないですよ」
「なんっだそりゃ。それが現役受験生の台詞かよ。仕方がねえなあ。じゃあ、一時間で十問正解すればご褒美」
「いや無理でしょ! だってそもそも分かんな……え、因みに何ですか? ご褒美」
 こいつはいつも、あまりにも素直だ。ご褒美なんて言葉に釣られて目が輝いたのを見て、つい口角を上げてしまう。
「さぁ。お前の好きなものなんじゃないか? なんたってご褒美だし」
 俺が裕太のどこを好きかって? 昔から変わらない、そうやって素直に俺の言葉に一喜一憂するところだよ。
 屈んで、見上げてくるその顔に触れるだけのキスをしてやる。でっけえ目だな。
「っ! うわ……」
「よーし、一時間計るぞー、よーい」
「まっ待って、待って!」
「ドン」
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