背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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2話 蝉。2

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「あ、すいません」
「いや」
 通り縋りに目が合って、彼は何故か少し目を見開いた。でも何も言わずそのまま戻って行くから、何と無く気になって目で後を追った。いかにも女ウケしそうな、整った顔立ちだった。
 見れば連れの男が会計をしていて、二人は店から出るところだった。

 トイレから戻って、あの男のことを考えた。
 自分の何が気になったのだろうか。一応鏡で自分の顔を見たけれど、いつもの雀斑があるだけで、特に変わったことはないつもりだ。少し酒がまわって赤くなっていたくらい。
 それにしても、通り縋ったとき、香水のような良い匂いがした。後から知ったけど、それは香水じゃなくて、ヒカルの体臭だった。
 良い匂いのする男。それがヒカルの第二印象。

 乾杯の音頭から二時間程経ってから、漸く新歓はお開きになった。春の夜風は少し冷たくて、火照った身体にはとても気持ち良かった。
 二次会に行こうか。
 そんな声がどこからともなく聞こえてきてうんざりする。何とか言い訳をしてここから逃げよう。そう思った時だった。

「ああ、良かった、間に合った。」

 後ろから、どこかで聞いたような声が聞こえて振り返ると、そこにはさっきの派手な男がいた。
 意志の強そうな男前がにっこりと笑ってこちらに近づきながら、ひらひらと手を振っている。周りから女の子達のざわめきが広がった。
 なんだ、誰かの知り合いだったのか。誰を迎えに来たんだろうか。女の子達の方を向こうとした時、ぐいっと腕を引かれたのは、自分だった。
「ごめん、連れを送っていて、遅くなったな。行こうか」
「……え?」
 その場に居る誰もが固まった。てっきり女の子を迎えに来たのかと……。
 というより、誰だ、この人……!
「樹くん、知り合いなの?」
 まなかが控えめに問い掛けてくる。
 いや、知らないって。誰だあんた。
 そう口を開くより先に腕を引かれて集団からはみ出る。見上げるその顔は、余裕に溢れた大人に見えた。
「じゃあ、貰って行くね」
 ひらひらと手を振って、そうしてそのまま連れ去られたのだ。
 今でも思う。あの時の自分は、間違いなく頭が可笑しかった。振り払ってでも付いて行くべきじゃない、あんなの。
 きっと慣れない新生活に疲れて、まともな思考回路が出来なかったのだ。それに、その時の自分は酔っていたし、さっきまでの飲み会はつまらなかったし、二次会なんて御免だった。
 逃げ出す理由を探していた。
 それにその男からは、相変わらず良い匂いがした。

 夜の歓楽街を、腕を引かれて奥へ奥へと進まれると、流石に初めて来た場所へ不安を覚えた。
「あの、」
「んー?」
 勇気を振り絞って声をかけると、返ってきたのは間延びしたような間抜けな声だった。こちらの様子など気にかける素振りもなく、楽しそうに歩を進める。
「何なんですか、貴方。どこに行くんですか」
 警戒心を顕わにしたような声音だった気がするが、腕を引いたままの男は、余裕たっぷりの態度で悪戯っぽく笑った。
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