夏緒

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60話 陽平と祥子 2 (終)

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「……は?」
 陽平は、祥子があまりに突拍子もないことを言い出すので、とうとう酒に飲まれ始めたのかと心配した。それでも、祥子の口調はまるで講義中でもあるかのようにしっかりとしていた。
 祥子は自分のグラスを両手で包むようにして、中に入っている琥珀色の液体をまじまじと見つめていた。
「あのね、私、子どもが欲しいのよ。家族が欲しいんじゃないの、子どもがね、欲しいの。別にあなたのことを特別どうこう思ってるわけではないんだけど、ほら、シングルマザーだと周りにいろいろ言われるだろうし、どっちにしても父親がいないと産めないじゃない。だから私、あなたのために、家族っていう逃げ場を提供してあげるわ。その代わりに、私にあなたの子どもを頂戴。どうかしら」
「お前頭大丈夫か」
「大丈夫よ。私別にあなたを私のところに縛りつけるつもりなんて微塵もないわよ。ただ、そうすればあなた、その子の傍に居られるでしょ。あなたは弱いから、嫌われるのが恐いんでしょ。でも一緒にいて大事にしたいって、思ってるんでしょ。顔見たら分かるわよ。だから、格好つける余裕がなくなったときだけ、帰ってくれば」
「馬鹿げてるだろ」
「そう? 私はわりと真剣に考えているわよ。私、陽平くんのことは好きなの。幸せになってほしいって思ってる。お互いを利用すれば、お互いに欲しいものを手に入れることも出来る。私は子ども、あなたはその子。悪い話では、ないと思うわ」
 祥子はにこりと、取って付けたような笑顔をしてみせた。
「あなたの味方になってあげる。予防線さえ張っていれば、あなたはその子に素直になれる。別に帰ってこなくてもいいわ。その代わり、わたしの欲しいものも頂戴」
 左手にひんやりとした右手を重ねられて、陽平は嫌な酔いの覚め方をしたと、舌打ちをしたくなった。
 祥子はまっすぐに自分の目を見据えてくる。後ろのほうで騒がしくしている他の客たちが、なんだか少しだけ遠くに感じた。
「本気なのか」
「私だって、こんなの誰にでも頼めるわけじゃないわ。言い方は悪いけど、こんなに都合の良い人は他にいないと思ったの。あなたにとっても、そうなんじゃないの」
 陽平は、エリカのことを思った。
 自分のせいで孤独になってしまった可哀想な女。傍にいてやりたい。傍に置いておきたい。大事にしてやりたい。嫌われたくない。愛している。

「……分かった」

「契約成立ね」
 怒るだろうな、と思った。
 彼女はもうすぐ誕生日がくる。これで本当に、自分は素直に想いを伝えることができるだろうか。

 ああ、キスしてぇ。
 酒が不味い。





(おしまい)
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