夏緒

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50話 赤い糸 3

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 朝、いつも通り6時前に目が覚めて、布団の中がいつもよりも温かくて狭いことに気づいて、そうだったここエリカさんちだった、と思い出す。目を開けるとエリカさんが真横で気持ち良さそうに寝息を立てていた。昨夜は荒れていたようだったし、目を腫らしていやしないかと、親指でそっと瞼を撫でてみたけど、触ったところで分かるはずはなかった。
 結局あのまま一緒に眠ってしまって、起こさないようにとそっと起き上がってみれば俺が買ってきたビールはビニール袋に入って投げ捨てられたままになっている。放り投げたまま拾うのを忘れていた。焼酎のボトルも中途半端に飲み残しが入ったままのコップもそのままだった。
 俺は取り敢えず物音を立てないようにゆっくりと布団から抜け出して、ビールを冷蔵庫に仕舞おうと袋を拾い上げた。カサカサと乾いた音を気にしながらふと考える。昨夜の感じからすると、冷えてたら気づいてすぐ手をつけるのではないか。
 ……ううむ。常温のがいいか。まさかとは思うが流石に生ぬるいビールまでは飲むまい。
 そう思い直して、一緒に入ったままのポテチごと全部簡易テーブルの上に、そのままそっと置いた。代わりに焼酎とコップを回収して、台所まで持っていき、コップは一応洗っておいた。
 いつまでもここにのんびりと居られる訳でもなし、仕事もあるし、だが帰ろうにも鍵を開けたままにしておくのは無用心だろうかと思ったので、そこまで済ませてからエリカさんに声をかけた。
「エーリーカーさーん」
 頭もとにしゃがみこんでぺちぺちとほっぺをつつくと、目は開けないまでも、エリカさんは眉間に皺を寄せて小さく唸った。
「おおい、エリカさん、俺もう帰りますからね。玄関、カギ、内側から閉めといてくださいよ」
「うううん、……はぁ、…………やだ……」
 耳の遠いばあさんに話すみたいにゆっくり声をかけると、うん、これ全然起きてないな。完全に寝ぼけてる。
「寝起き悪いなあんた。やだじゃねえよ、強盗入ったらどうすんの、カギだけしてからもっかい寝なよ」
 ほっぺをつつき続けると、さも鬱陶しそうに手で払われた。
「カギしといてよぉ……」
「どうやってだよ、俺が出たあと内鍵閉めろって言ってんの、危ないんだから」
 するとエリカさんはさも嫌そうに寝返りを打って向こうを向いてしまった。
「もおー、煩いなあ、分かった分かった、取るもんないから大丈夫」
「駄目だこりゃ」
「あたまいたい……」
「二日酔いですよ、俺仕事行くから、帰りますからね」
「分かった分かった、おやすみ」
 面倒そうにそれだけ言って、エリカさんは布団に潜ってしまった。
 ま、こんな見るからに金のなさそうなアパート狙う強盗もそうそう居ないか。
 やれやれと思いながら玄関に向かうと、布団の中からくぐもった声が俺を呼んだ。
「あきらくーん」
「なんすかー?」
「ありがとね」
「……、はいよ」
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