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45話 陽平とエリカ 8
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それでも程無くして、陽平は学校を辞めた。騒動の責任を取るという名目だった。学校に完全に居場所をなくしてしまったエリカも、それからしばらくして自主退学した。誠は引き留めたが、エリカの両親はそれを許さなかった。
エリカの両親は厳格で、高校中退という肩書きを手にした娘を恥じ、しばらく彼女を家から出さなかった。そして次の春に父親が隣町の小さな古いアパートを契約し、娘をそこに押し込んだ。
それからエリカはいくつものバイトを繰り返して生計を立てた。アパートの近くのコンビニや、個人経営の衣料品店、カラオケ店、人に紹介してもらったスナック。中卒でできることは、限られていた。それでもエリカは必死に仕事をこなし、自分ひとりが生きていくだけの収入は得た。それなりに好きな人もできた。楽しいと思えることも増えた。自分を知っている人のいない環境は、エリカにとっては少しばかり気が楽だった。
そんな生活を続けて何年も過ぎ、ある日突然、なんの前触れもなく、陽平がエリカの前に現れた。買い物帰りのことだった。
「……先生?」
「神崎……」
目の前にいた陽平は数年前の教師の姿とは似ても似つかず、髪は少し長くなっていて、薄く無精髭が生えていた。お互いに驚いたのは同じだったようで、陽平も面食らったような顔をしていたが、それでもエリカは、これはもしかしたら神様がくれた運命ってやつなんだろうかと思った。
「お前ここで何してるんだ」
「先生こそ、なんでこんなとこにいるの」
「そりゃ、……」
陽平が言いかけて言葉に詰まるので、どうしたのかと思えば、知らぬ間に自分の目から涙が溢れ落ちていた。会えると思っていなかった人と再開できたことと、この数年の心細さが堪えきれない涙になって、次から次から溢れ落ちた。気丈に振る舞っているつもりではいても、やはり一人の暮らしは不安でたまらなかったのだ。
陽平はゆっくりと近づいてきて、そんなエリカの頭を片手でくしゃりと撫でてから、額に軽いキスをした。
「お前今、どこに住んでんの?」
エリカのアパートを見た陽平は、開口一番に「おお、ボロい」と率直な感想を漏らした。それでもエリカと一緒に部屋に上がり込み、一番最初にエリカを抱き締めた。
「先生……」
抱き込まれた耳元で、くぐもった声が小さく響く。
「もうお前の先生じゃないよ」
「でも、先生だもん。須田先生でしょ」
「違うよ」
「じゃあ、誰なの」
「そうだな……、陽平」
「ようへい?」
「そう、陽平」
「陽平……」
「そうだよ、エリカ」
涙が止まらなかった。
下の名前を覚えてくれていたなんて、初めてそれを呼んでくれるなんて、声を聞けるなんて、抱き締めてくれるなんて、全部が信じられなかった。何年経っていたとしても、やっぱりこの人が好きなんだと、エリカはそう改めて思った。
それからふたりは、居間に座り込んで沢山の話をした。この数年で経験したことを、隙間を潰して埋めるようにして話した。
運良く塾の講師として拾ってもらったこと。引っ越しをしたこと。生活が随分と変わってしまって、それでも新しい環境に馴れるのは早かったこと。
エリカも、家を追い出されたこと。何も分からない環境で必死だったことを話した。
絡め合った指先同士が労るように撫で合うのを、心地好く感じた。陽平の手のひらは、あの頃と変わらなかった。
エリカの両親は厳格で、高校中退という肩書きを手にした娘を恥じ、しばらく彼女を家から出さなかった。そして次の春に父親が隣町の小さな古いアパートを契約し、娘をそこに押し込んだ。
それからエリカはいくつものバイトを繰り返して生計を立てた。アパートの近くのコンビニや、個人経営の衣料品店、カラオケ店、人に紹介してもらったスナック。中卒でできることは、限られていた。それでもエリカは必死に仕事をこなし、自分ひとりが生きていくだけの収入は得た。それなりに好きな人もできた。楽しいと思えることも増えた。自分を知っている人のいない環境は、エリカにとっては少しばかり気が楽だった。
そんな生活を続けて何年も過ぎ、ある日突然、なんの前触れもなく、陽平がエリカの前に現れた。買い物帰りのことだった。
「……先生?」
「神崎……」
目の前にいた陽平は数年前の教師の姿とは似ても似つかず、髪は少し長くなっていて、薄く無精髭が生えていた。お互いに驚いたのは同じだったようで、陽平も面食らったような顔をしていたが、それでもエリカは、これはもしかしたら神様がくれた運命ってやつなんだろうかと思った。
「お前ここで何してるんだ」
「先生こそ、なんでこんなとこにいるの」
「そりゃ、……」
陽平が言いかけて言葉に詰まるので、どうしたのかと思えば、知らぬ間に自分の目から涙が溢れ落ちていた。会えると思っていなかった人と再開できたことと、この数年の心細さが堪えきれない涙になって、次から次から溢れ落ちた。気丈に振る舞っているつもりではいても、やはり一人の暮らしは不安でたまらなかったのだ。
陽平はゆっくりと近づいてきて、そんなエリカの頭を片手でくしゃりと撫でてから、額に軽いキスをした。
「お前今、どこに住んでんの?」
エリカのアパートを見た陽平は、開口一番に「おお、ボロい」と率直な感想を漏らした。それでもエリカと一緒に部屋に上がり込み、一番最初にエリカを抱き締めた。
「先生……」
抱き込まれた耳元で、くぐもった声が小さく響く。
「もうお前の先生じゃないよ」
「でも、先生だもん。須田先生でしょ」
「違うよ」
「じゃあ、誰なの」
「そうだな……、陽平」
「ようへい?」
「そう、陽平」
「陽平……」
「そうだよ、エリカ」
涙が止まらなかった。
下の名前を覚えてくれていたなんて、初めてそれを呼んでくれるなんて、声を聞けるなんて、抱き締めてくれるなんて、全部が信じられなかった。何年経っていたとしても、やっぱりこの人が好きなんだと、エリカはそう改めて思った。
それからふたりは、居間に座り込んで沢山の話をした。この数年で経験したことを、隙間を潰して埋めるようにして話した。
運良く塾の講師として拾ってもらったこと。引っ越しをしたこと。生活が随分と変わってしまって、それでも新しい環境に馴れるのは早かったこと。
エリカも、家を追い出されたこと。何も分からない環境で必死だったことを話した。
絡め合った指先同士が労るように撫で合うのを、心地好く感じた。陽平の手のひらは、あの頃と変わらなかった。
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