夏緒

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32話 あきらと慎二 10

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 起きてもまだ辺りはちゃんと明るかった。慎二に揺すられて起きた。
「あきら口開けて寝てたぞ」
「まじか。どうりで喉痛いわ」
 出発前に買っておいたペットボトルはすっかり温くなってしまっている。辺りは木々にうっすら囲まれて、薄緑色だった。
「これ、外出たら暑そうだな」
「確かに」
「どうするよ」
「どうもこうも」
 車から降りないと神社には辿り着かない。折角ここまで来たんだし、と分かってはいても、冷えた車内から想像のつく暑さの中に出ていく勇気は、なかなか奮い出せなかった。広い駐車場の少し向こうの横のほうには、他人の車が2台停まっている。見知らぬ彼らは神社の中だろうか。
「ぜってぇ暑いって、これ」
「いやでも、向こう行ったらわりと日陰多そうだし……取り敢えずエンジン切るよ、そしたら諦めつくわ」
 げんなりする俺を、慎二が辺りを窺うようにして見回しながらたしなめる。エンジンを止められると、あっという間にエンジン音とエアコンは鳴りを潜めた。
「っ、だああ暑い!」
 ろくに時間の経たないうちに、二人して怒鳴るように叫んで慌てて車内から逃げ出した。一度ドアを閉めて、ペットボトルを置きっぱなしなことに気付いてまた開けた。
「なんか、」
 思っていたよりは、涼しい。風が吹いている。
「やっぱり緑は大事だよなあ」
 慎二は急いだように車をロックして、先により影の濃い場所に向かって歩き出した。追いながらぐるりと見回すと、日が当たっているのは駐車場だけで、境内へと続くように砂利道の傍には細い木が乱雑に並んでいる。誘われるように日陰に入ると、やはり涼しい。澄んでいる。とどちらが正しいのだろうか。境内まではそんなに遠くなかった。参道を通る途中で出会った若そうなカップルは、さっきの車の所有者だろうか。
「思ってたより人いないなあ」
 慎二がきょろきょろしながら歩くので、合わせて歩幅が狭まる。
「ま、暑いからな。家でアイス食ってたほうが幸せになれるわ」
「罰当たりだなあ、あきら」
「言っとけ」
 古そうな、それでもきちんと手入れのしてある境内に手を合わせ、賽銭箱に小銭を投げ入れて、もう一度手を合わせる。用件、済んでしまった。
「あきら何お願いした?」
「慎二が襲いかかってきませんように」
「ぶはははははははは!」
「お前は?」
「あきらと両想いになれますように」
「中学生か!」
 参道を歩いて戻りながらそんな会話をして、なんだか胸の辺りがとても軽くなっている気がしたのは、神様のお陰か俺が空気に流されるタイプだからか、どっちだろうか。

「で、このあとどうするよ」
 完全ノープランの人に一応聞いてみる。デート言い出した依頼人だし。早々に車に戻りエアコンの生温い風を浴びながら時計に目をやる。
「5時半、過ぎ、かあ。今から帰ったら6時半、いや、7時くらいかな」
「……うーん、帰るか」
「そうだな」
 慎二の代わりにカーナビを設定してやって、助手席の背凭れに寄りかかる。行きにわりと寝てしまったおかげで、帰りは眠気に襲われることはなさそうだった。
「帰ったらどっかご飯行く?」
「ぜーってぇ腹減ってないと思う」
 しょうもない話を繰り返しながらあっという間にレンタカーを返却し、やはり腹はさっぱり減っておらず、どうするか迷った末に酒と摘まみを買い込んでうちへ帰った。
 依頼が今日の残りの時間、ってことだったから、日付が変わるまでのあと4時間半は、俺の時間は慎二のものだ。
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