夏緒

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31話 あきらと慎二 9

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「急いだら全然食った気がしねえよ」
「お前の頭ん中どうなってんだよ。よくこんなとこであんな話しできるな」
「だって恥ずかしくないもーん。……俺の本気が伝わった?」
 その余裕ですみたいな涼しい顔が腹立つ。いやまあお前の本気は昨夜のあの玄関ドアの凹みでよく分かったけどさ。どうすんだよあれ。大家に見つかったら俺いくら請求されるんだろうか。
「さーてこれからどうする?」
 慎二は俺の煙草が終わるのを待つように、上に向かってのんびりと伸びをした。
「え、なにお前、完全ノープランなの?」
「え、うん。ひとりで決めるのもどうかと思ったし、あきら何したいかなあしか考えてなかった」
「……あ、そう」
 まじかよ。どうすんだこれ。

「映画は?」
「俺絶対寝る自信がある」
「だろうな。寝たい言ってたもんな。買い物とか」
「お前が欲しいものあるなら付き合うけど」
「思い付かないんだよな、それが。車借りてドライブ行くとか」
「ええー、嫌だよお前とふたりでドライブとか」
「酷ぇ言い様だなおい」
「んじゃあちょっと遠い神社かどっか行くか」
「行くんかい」
「借りるぶんは半分出すから、お前が運転しろよ」
「よっしゃじゃあ決まり」

 夏だからまだ明るいけど、4時なんて本来はもう夕方だ。
 それから二人で自販機でペットボトル買って、レンタカー借りに行って、ナビで少し遠そうな神社を選んだ。
「なんで神社?」
 運転席の感触を確かめるように慎二がいろいろ触りながら聞いてくる。
 シートの角度。ミラーの位置。シートベルト。鍵。エアコン。
「別に。行くあてなかったし。お前の煩悩が多少は洗われるかなって」
「洗われすぎて清い人間になっちゃったらどうすんだよ」
「それなら別にいいんじゃん。1時間くらい?」
「うーん、ゆっくり走りたいから、もうちょいかかるかもな。暗くなった神社とか怖そうだなあ」
「うーわ失敗した。場所変えるか」
「いいよ、暗くなってから考えよ」
 乗り慣れない車の不慣れな座り心地を感じながら、車はゆっくりと進み出す。慎二の運転は思ったよりも丁寧だった。うつらうつらしそうになるのをなんとか堪えていると、横目で気づいた慎二が寝ててもいいよ、と、優しい声を出す。
「いや、運転してもらってんのに悪いから」
「帰り代わってもらいたいかもしんないし、疲れてんだから、いいよ。着いたら起こしてやるし」
「悪い」
「いや」
 車の振動っていうのは、どうしてこうも眠気を誘うんだろうか。今更慎二とこれといって話すこともないのも、拍車をかけているのかもしれない。作業着と違ってTシャツ一枚だと楽だし。気を張る要素がどこにもない。俺が睡魔に飲み込まれてしまうのに、多分そんなに時間はかからなかった。
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