夏緒

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30話 あきらと慎二 8

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「……デートって言うからてっきり……」
「へ? あきら好きだろ、牛丼」
「ああ、うん」
 好きだよ牛丼。安くて早くて美味いしな。
「俺この辛いやつ。お前払ってくれるんだろ」
「いいよ。じゃあ俺はこっちのおろし乗せ」
 注文して待つか待たないかのうちに牛丼ふたつはやってきた。ふたりして少しだけ湯気のたつそれに手を合わせる。箸かスプーンかで揉めることはもうない。俺は箸派。慎二はスプーン派。
「意気込んでデートとか言うから、てっきりすげえ豪華な食事でも待ってるかと思ったのに」
 口の中には慣れ親しんだいつもの安い味。仕事っていう気分にならないな、これ。
「お前相手にそんなことするかよ」
 慎二は口の中から米粒を噴き出さないように口を閉じたまま肩で笑った。
「そりゃ初めましてに近い相手ならそうやってするだろうけどさ、あきら相手に今更それはないだろ。好きなもの食いたいじゃん」
「ま、そりゃそうか」
「それにあきらさ、基本的にいつも休みらしい休みってないじゃん。わざわざ疲れるようなことするよりは、好きなこと好きなだけするのが一番かなって」
 言われて思わず目を丸くした。なんだ、こいつ本当に俺のこと考えてくれてんだな。
「なに、じゃあ俺は今日お前に半休もらったってこと?」
「そうだよ。やっと分かったか。フルコースが良かった?」
「昼からは嫌だしお前にそれやられんのも嫌だし実際やられたらドン引きだったかもな」
 慎二はとうとう声を出して笑った。汚ない汚ない。客少ないから余計目立ってる。
「汚ねえなあ」
「なあ、これ食ったらどうする?あきら何したい?」
「そうだなあ」
 聞かれたところで全っ然浮かばない。いつもこの時間、こんなにのんびりすることないからな。大体社長と弁当つついてるか、ひとりで車でおにぎり食ってる。敢えてやりたいことと言えば。
「寝たいかな」
「え、俺と?」
「いやいや一人でな。お前発言と場所を考えろ」
「デートだってば。そうかそうかキスじゃ足りなかったか」
「よーしこれ食い終わったら今生の別れだ」
「謹んで発言をお詫びします」
 あほみたいな会話を真面目な顔して繰り広げて、やっぱりあほだなって自覚して笑ってしまう。
「だって俺は決めたんだよ」
「何を」
「俺は本気であきらをおとしてみせる」
「……は、」
 いきなりの宣言に動揺して箸から肉がこぼれ落ちた。
 慎二は口をもぐもぐ動かしながら、ピシッと俺にスプーンの先を向けた。行儀が悪い。
「昨夜決めた。やっぱり諦めるのやめる」
「慎二お前……」
 なに言ってんだ。分かってねえのか。
 ここ……牛丼屋……。数少ない周りの好奇心にまみれた視線が痛い。
「だってこないだみたいなの嫌だし」
「いや、あの、うん、分かったからちょっと黙れ」
「いなくなるのはやっぱり耐えられない。かといって友達のままなんてのももう嫌だ」
「待て待て分かったから」
「だから、」
「ごちそうさまっ!」
 あほかこいつは!
 慎二にも周りの視線にも耐えられなくなって、俺は慌てて残りの丼を掻き込んで立ち上がった。
「え、俺まだ食ってる……」
「煙草吸ってくる。ちんたら食ってろ」
 言い捨てて、目も合わせず急いで店から出た。どんな思考回路してんだあいつの頭は。
 ヘビースモーカーではないので、尻ポケットの中で軽く歪んでしまった煙草を一本取り出して、真っ直ぐに伸ばしてから唇に挟む。ライターで火をつけると、支払いまで終えたらしい慎二がすぐに出てきた。
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