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6話 へんな人たち 6
しおりを挟む「最初ね、喧嘩してるのかと思ったの。凄い剣幕だったし、片方謝ってたし。でも聞いてたらなんだか様子が違ってきてたから、そのまま聞き耳立ててたら、ねえ」
エリカさんはまた苦笑して、敷きっぱなしの俺の布団の上でゆったりとその細い脚を伸ばしながら缶ビールを煽った。
俺も少し距離を取って、作業着のまま畳の上に座り込んで、いたたまれなさから同じように貰った缶に口をつけた。昼間から缶ビール開けるなんて初めてだ。味も冷たさも、いつもよりもなんだか特別な感じがする。動揺で気分がぐらぐら浮わついているからだろうか。
「なんで俺が、その、そっち、だと思ったんですか。逆かもしんねえじゃないですか」
「いやあないない」
完全否定。
エリカさんはさも愉快そうに手を顔の前で振った。
「声聞いてたら分かるって。それにあきらくんだっけ、昨日あたしに予想外の事態がとか言いたくないとか言ったじゃん。そりゃあ言いたくないわ」
ふは、とまた笑いを漏らしたエリカさんに、俺は堪らずそれはそれは大きな溜め息を吐いた。
「ちょっと大丈夫? あきらくん」
くすくす。エリカさんが楽しそうに笑う。よく笑う人だな。デリカシーないけど。
俺はもう一度缶ビールに口をつけた。腹減った。
「大丈夫じゃないですよ。さっきので俺相当メンタルやられたし。すいません俺ちょっと、飯食って良いですか。空きっ腹だと悪酔いしそうで」
よっこいしょ、と腰を上げると、エリカさんはああどうぞどうぞ、と軽く言った後で、ねえねえあきらくん、と甘えた声をつけ足した。
「あたしもお腹すいたなあ」
……まじで?
目線をやると、上目遣いが完全に俺の朝飯を狙っている。食う気だ。
「……たいしたものないですよ」
「食べていいの」
いやいやだってもう完全に食べる気満々じゃねえかよその顔。
「……ごはん味噌汁漬け物」
「やったー!」
俺はまた軽く溜め息を吐いた。
嬉しそうな顔しちゃって。なんなんだこの人。本気で俺の朝飯食う気かよ。俺らほぼ初対面なんですけど。
それから俺たちは、缶ビール片手に質素な朝飯を挟んでいろいろな話をした。
「あきらくんお仕事何してる人なの。簡単に休めるんだね」
「俺便利屋です。電話一本でいつでもどこでもある程度なんでもしますよのやつ」
「へえ凄いね、じゃあなんでも出来るんだ」
エリカさんは切っただけの沢庵を箸で摘まんだ。つられて自分も沢庵に手を伸ばす。
「まあやらざるを得ないというか。社長がいい加減な人で、報酬ほぼ独り占め状態の代わりにわりと融通効かせてくれるんです。会社いてもすることないし。呼ばれたら行きますけどね」
「それでこんなボロアパートに」
味噌汁辛くないだろうか。
「そうそう。エリカさんは何してる人なんですか。っていうか、昨日振られたばっかって言ってたの、あれなんなんすか、俺信じたのに」
そうだ、昨日のあれは何だったんだ。物凄く期待したのに。
「嘘じゃないよ、ほんとだってば! ヤケ酒しようと思ってコンビニ行ったんだからぁ。っていうかあたし無職」
「無職!? ああそっか、陽平さんでしたっけ、一緒に住んでるんですかっていうか、だからおかしいでしょうがあんた誰に振られたんだよ」
「好きになった人に振られたに決まってんでしょうが、振られた振られた言わないでよ、傷つくでしょ」
エリカさんはさも腹立たしげに左手を拳にして机をタンタンと叩いた。
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