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彼は拙速を尊ぶ

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 私と王子の婚約破棄が決定すると、両親に物凄く反対された。

「お前、あのろくでなしの王子を放置する気か!?」
「リリナ。あなたにしかあの馬鹿の制御はできないわ!」

 お父様とお母様の共通認識、それは王子殿下=底なし阿呆というものだった。
 私の婚約以降、王子と接する機会も増えていた彼らだけど、いつも溜息と愚痴ばかり漏らしていた。

 それでも、国の将来を思えばこそ、私を嫁がせるべく努力してきた二人は、娘の心配よりもトリテ王国の将来を憂いているみたいだった。

「もう知りません。私はこの人と幸せになりますから」
「どうも、辺境伯のジュン・アルガスです。お二人には私と彼女の婚姻を認めていただきたく――」
「ジュン・アルガス辺境伯。君は何故、リリナに婚姻を申し込んだんだい?」
「王国の将来の為です」

(……はい?)

 ほとんど奇襲みたいに実家を訪れたジュンが、お父様に余裕の笑みを見せる。

「陛下は国境の重要性を十分に熟知しています。有能な者が集まっているお陰で領地の運営は順調ですよ。そこへリリナ嬢の知恵が加われば二度と帝国が野心を抱けない程の大都市が完成すると思っています。恒久的に平和が続けば僕の領地は交易には持って来いですし、この先、王国にとって要の都市になるのではないかと」
「なるほど。辺境にリソースを割くことで新たな価値を見出すつもりか。リリナは賢い子だ。辺境に革命をもたらし、新たな価値を創出することも不可能ではないな」

(……すごい。お父様が納得しかけてる)

 驚いたのは、お父様の性格を一瞬で見抜いたその洞察力だ。

 人を見る力に特化したジュンのやり込め方は強力で、言葉を交わすごとに彼への見方が変わっていくのが分かる。

 結局、二人はジュンの言葉に乗ってしまった。

「娘の命を優先してくれ。少しでもキナ臭いと思ったら娘だけでも中央に戻すように。それが出来ないならリリナは渡せないからな」

 おお……。お父様が珍しく父親っぽいことを言ってる。
 彼にも娘を思う心があったのかな。

 あるいは、ジュンが失敗したら王子ともう一度くっつけようとしているのかもしれない。……うん、後者っぽいが気がしてきた。だから無事に返せってことだろう。

「分かっています。僕も彼女の幸福を一番に考えていますから」

 よくそんなこと言えるなぁ。
 ほぼ初対面だし、彼が私の幸せを一番に考えてくれるとは思えない。

 でもまあ、王子の子守りを一生するくらいだったら彼と一緒に辺境へ逃げた方がマシだ。

 その点だけは確信しているので、私はジュンに話を合わせた。

 そうして、急いで荷造りまで済ませて、馬車に乗り込んで出立したタイミングで、しばらくすると宰相が馬車の前に飛び出してきた。

 鬼の形相で「お待ちくださいリリナ様! 殿下を……殿下を見捨てないでいただきたい!」とか言ってるよ。

 この人は昔から殿下に甘いというか、諦めが悪いというか……。

「構いません。馬車を出してください」
「あの、いちゃいますから」

 ジュンを説得して馬車の窓から顔を出す。

「ごきげんよう宰相。申し訳ないのですがひき肉になりたくなければ道を譲っていただけませんか?」
「リリナ嬢……! 馬車から降りてください! あの男を一人にしてはなりません! レギ・フードルは歴代王家でも随一の無能なのです! あの自信過剰な男を抑え込めるのはリリナ嬢の理路整然とした言葉だけなのです!」
「リリナ、降りる必要なんてないですよ。一方的に婚約破棄を申し出たのは彼の方ですし、能力がないなら王位は諦めるべきだ。リリナが損をする必要なんてどこにもありません」

 ジュンが冷たく切って捨てる。

「宰相、あなたはずっとレギ王子の成長を間近で見守ってきたはずです。そのあなたから見て、彼に政を任せられると思いますか? 僕は正直、全くそうは思いません。あんな風に公の場で感情を爆発させて、それを醜態とも思わない方が王では、この国の品位を疑われます」
「だが、だからこそリリナ嬢が傍にいなければ!」
「甘えないでいただきたい。彼女は僕の妻になる女性ですし、その要因を作ったのは間違いなく王子殿下です。第一、今彼女を連れ帰ったとして、殿下がリリナのことを素直に認めると思いますか? 後宮に入れて妾にされるのが関の山でしょう。リリナが公の場で彼を補佐できるとは思えません」

 ジュンが私の肩を抱き寄せる。

「かつて、無能な王族の為に愛する二人を引き離した事例があったでしょうか。民の安寧を第一に考えていただきたい。ここで僕が譲れば、あなた方はこの先も殿下の為に民への無理強いを行うでしょう。元平民の辺境伯として、そんなことを見逃すわけにはいきません」
「……すまなかった」

 宰相が肩を落として馬車から距離を置く。

「宰相。私がいなくなったことで、愚かな彼がほんの僅かでも成長してくれることを祈っています」
「そうだな。私も見届けよう」

 宰相の頑張りは水泡に帰した。

 馬車が発車し、枯れ木のように頼りない老人の姿が遠ざかっていく。

「リリナ嬢、とんだ災難でしたね」
「あの、助けていただいてありがとうございました。宰相を説得していただいて」
「構いませんとも。僕はあなたを連れ帰りたいだけですし」
「あ、それはどうもです」

 何だか恥ずかしくて俯いてしまう。

「ふふ、もしかして僕を異性として見てくれてるんですか? 僕は親類に高貴な血を引く者なんてありませんし、あなたからすれば野犬のようなものだと思うのですが」

 他の貴族の令嬢ならそういう考えに行きつくのかもしれないけど、私は不思議と身分差とか高貴な血だとか、そんなものが気になったことはない。

 前世が平民だったのでは? と思うほど、お高く止まった令嬢の気持ちが理解できないのだ。

 そういう性格だって知ってたから、お父様もお母様も私の新しい婚姻を認めてくれたのだろうけど。

「……リリナ?」
「あ、すみません。ボーっとしてました。私、けっこう抜けたところがあるので、あまり期待しないでくださいね。こんな娘でよければ、よろしくお願いします」

 ジュンに頭を下げる。

「……変わった人だな。面白い侯爵令嬢だ」
「え? 面白いですか?」
「いえ、言葉の綾ですよ」

 最初の印象よりも素直に見える彼の笑みに、王子と居た時には得られなかった安らぎを感じたりする私だった。
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