悪役令嬢の里帰り

椿森

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 魔法学園には13歳より5年間通うことが貴族子女には義務付けられている。
 初年度は13歳からとなっているが、家の都合等で14歳から通い始める子女も少なくない。
 学園には寮があり、王都に邸宅がない者や学園から離れている者が主に住んでいるが、部屋が空いていればそれ以外の生徒も寮に住むことは可能だ。

 王子妃教育のために入学を1年遅らせて、テアニアは14になった今年から通うことにした。
 テアニアは学園までは通学が可能な距離ではあるが、学園の方が王城に近いため寮住まいにすることにした。

 13歳から始まった王子妃教育は、正直あまり気乗りはしない。
 与えられた義務であるし、始めたことを途中放棄することは元来好まない性質なので全うする気ではある。しかし、第一側妃様と定期的に行われるお茶会だけは、いつまでたっても逃げたいと思っていた。
 本来は、側妃の子とはいえ、王族入りする令嬢とのお茶会は王妃とだけであるが、どうやらこちらも第一側妃がゴネにゴネたらしく、3回に1回は第一側妃とするハメになった。

 テアニアは初対面の時から第一側妃に苦手意識を持っていた。
 それもこれも、初対面で第一側妃ともあろう方が名乗りもせず、言いたいことだけ言って下がってしまった。しかも言い方も相手対する配慮どころか欠片すらが見つからない。格上の人物としていかがなものか。あまつさえ平気で嘘を付き、きっと人の話は聞いていない。

 第一王子であるバードランド殿下が、常に何を考えているかわからないような笑顔を貼り付けていたとしても話は通じるし、面白く、非常に穏やかであるために、血のつながりを常々疑うところだ。

 それも2年目に入ろうとし、加えて魔法学園の入学である。
 忙しくもなるし、神経をすり減らすことも多くなるだろうとテアニアは人知れずため息をついた。

 王都に戻ってきてから姉についてお茶会に少しずつ出るようになって、少ないが友人もできたが学園は面倒この上ない。
 それもこれも、事実無根の噂が原因だった。
 第一王子との婚約はテアニアが何がなんでもと願って結ばれたものだと。

「テアニア、年は1つ下だけどセレスタ様の妹君がいらっしゃるわ。お願いもしてあるし、できるだけ一緒にいるようにしなさい」

 姉の友人であるセレスタは、下に3人の妹がいる。その一番下であるアデライード・フィッツ=ジェーヌ伯爵令嬢はテアニアの数少ない友人の1人でもある。

「お姉様、ありがとうございます。アデライード様が一緒なら心強いです」

 アデライードは末っ子と思えぬほどしっかりしている、と言うか姉と正反対で非常に気が強い。体を動かすことが好きで、剣を嗜むほどだ。

「ああ、2つ上にジロ伯爵令息がいるから気をつけなさい」

 兄は嫌悪感も顕に言った。姉も苦いものを噛んだような顔をしている。
 ジロ家は2人に不評なようだ。

「あそこの家はうちとは合わないわ。令嬢の方は私を勝手に目の敵にする割に、セヴェリや顔の良い男に擦寄る阿婆擦れよ。その弟もロクデモナイ思考をしているわ。なんだか知らないけど、セヴェリをライバル視しているらしくて」
「会話なんてしたこともないんだけどね」

 兄は肩をすくめて見せた。姉なんてジロ家の事は不評どころか蛇蝎のごとく嫌っているのではないか。

「わかりました、気をつけますわ」

 中々家同士の付き合いとは難しいものなのだろう。ただでさえ国内では派閥同士が互いに牽制し合っている状況にもある。余計な火種はたてないに限るのだが···

「それとね、テアニア」

 兄が急に声を落ち着けて言う。姉もさっきまでの勢いがかなく、視線が下を向いている。

「ブロワ伯爵が、代替わりしていたんだ」
「···え······?代替わり、ですか?」
「そう、今ブロワ伯爵を名乗っているのは以前テアニアがあった男性の弟君だ」

 姉兄が言うには、あの事件のあと1度は王宮でブロワ伯爵を見かけたらしい。
 しかし、それ以降は姿も見かけず、噂も聞かず、親しくしていた友人も不明でどうしているかの情報もなかったらしい。
 ただ、重要な役職についていたというような話も聞かなかったため、周りは特に気にしている様子もなかった。
 2年たってからブロワ伯爵を名乗る男性が稀に夜会に現れるようになったらしいことは掴んだが、会うことはなかった。

「たまたま、この前の夜会で声をかけられてね」
「声をかけられたのですか···?」
「ああ、私はお会いした事はないから本人かどうかはその場では判断出来なかったけどね。容姿の特徴を父上に確認したところ、間違いなさそうだ」

 ブロワ伯爵、あの時馬車から出ていってしまって無事だったのだろうか···?
代替わりしたということなら、

「テアニア、伯爵はあの時は怪我もなく無事だったわ」
「どうやら、1年ほど前に病に侵されてそのまま亡くなってしまったらしい」
「そう、ですか···」

 それでも思うところはある。
 それに、何か忘れているような···?

「テアニア?」
「え?あ、···申し訳ありません、ぼーっとしてました」
「その時、ブロワ伯爵から預かり物をしていてね」

 兄から差し出されたのは細長い箱だ。

「ごめんね、目的が分からなかったから1度開けて中を改めさせてもらったんだ」
「いいえ、構いません」

 そう言って兄から箱を受け取る。その箱を開けてみる。

「これは、万年筆ですか?」

 最近市場で出回るようになった、画期的な筆記具だ。
 いまだ数もそこまで多くなく、高価なものだ。

「このような物をいただく覚えが···」
「伯爵からは、兄がテアニアを危険に晒してしまったお詫びと入学祝いと言っていた」

 万年筆を取り出して見れば、箱は二重底になっていることに気がついた。底を取って確認すると、細長いインクの入った容器があった。

「これは今万年筆に入っているインクが無くなった時の補充用ね」

 姉は万年筆を見たことがあるらしく、使い方を教えてくれた。

「大丈夫、危険はなさそうだったから使っても問題ないよ」
「ですが、こんな高価なもの···」
「そうだね、交流が少ないのにこういうものを贈る裏は読めないけど···まあ、せっかくだから使ってみなよ」

 使用人に言って紙の切れ端をもらい、試し書きをしてみる。
 すると、万年筆の先からは美しい紫紺色線が描かれた。

「随分と珍しい色ね」

 通常、インクは黒が主流だ。
 黒以外の色は作るのに手間がかかり、高価になりやすい。

「今度、お礼を考えないとですね」

 どこか引っかかる物がありつつ思い出せないテアニアは、ひとまずお礼の選定を先に進めることにした。

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