悪役令嬢の里帰り

椿森

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閑話【お茶会での一幕】

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「ロミリア・ハーゲンと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 お茶会の主催者であるレーネック公爵夫人に挨拶を済ませ、見つけた友人の所まで向かう。
 本来であれば、お茶会になんてでている場合ではないと思うが、母に諭されて仕方なく出席していた。
 もちろん、そんなことはおくびにも出さないが。

「セレスタ様、ご機嫌よう」
「ロミリア様···ご機嫌よう」

 今しがた挨拶を交わしたセレスタ・フィッツ=ジェーヌ伯爵令嬢は学園でも仲良くしてくれる。セレスタの様子がおかしい事にロミリアはすぐに気づいた。
 そもそもセレスタは隠し事が比較的苦手な質だ。

「セレスタ様、何かありました?」
「······それは···ロミリア様の方ではないでしょうか?」

 控えめに、扇で口元を隠して囁かれた。
 身体が反応しそうになったロミリアは、にこやかに動揺をみせないよう、まるでささやかな噂話に興じるようにセレスタと身体を寄せあった。

「······テアニア様が誘拐されたとの噂話が一部で囁かれているようです」

 ロミリアの意図を察したセレスタは要件を端的に伝えた。
 ロミリアはその言葉に眉を寄せたが、内容を周りに気取らせる訳にはいかない。

「まぁ···そんな······」
「一昨日、別のお茶会に出た時に。主催はシャレード公爵家です」

 そこで互いに身体を離し、なんでない噂話をしていたように振る舞う。

「そうですわね、わたくし達も負けてはいられませんわ」
「ええ、そうですわね」

 お母様に目配せをして、風魔法を飛ばしていたのをやめる。
 お茶会等では情報共有の為に風魔法を使うことは割と普通のことなので、魔法自体を咎められることは無い。しかし、内容を他の人間に気取られる訳にはいかないので、緻密な操作を求められる。風魔法ご得意でない者はあまり使わないようだ。

 そこに一人の令嬢が近づいてきた。
 その姿を認めて、ロミリアは面倒な奴が来たなと内心ため息をつく。

「あらぁ···ロミリア様ではないですか」

 良い玩具を見つけたとばかいにニンマリと顔を歪ませる。
 彼女はジロ伯爵令嬢。学園で何故かロミリアを敵視してくる。
 数ある伯爵家の中でも、家格は中の下といったところ。歴史の長さはそこそこだが、長きに渡りパッとした評判は聞かない。ちなみにジロ伯爵家は第一王子派で第一側妃の生家であるロスイルド侯爵家に擦り寄っていると聞く。

「ジロ伯爵令嬢、ご機嫌よう」

 淑女の仮面を被って挨拶を返す。
 名前は呼んでやらない。そもそも、名前を呼ぶ許可など出していないのだ。
 暗にお前とは仲良くないと言ってやる。
 相手も貴族令嬢なので、それは汲み取ったようでニンマリと歪んだ笑顔が崩れる。

「あら、もう一人のご令嬢が大変な時にこちらにいらしてよろしいのかしら?」
「大変、とは?」
「そんなぁ、はぐらかさなくても良いのですわよ?わたくし達の仲ではありませんか」

 寒々しい演技は周りにも筒抜けだ。
 そもそも、貴族子女は余程の事がなければ学園に通うことが義務なのだから特に同年代の関係性はよく知られている。

「わたくし達の仲、ですか」

 口元を扇で隠し、鼻で笑ってやる。
 彼女はその侮辱を正確に受け取る。こんな時ばかり勘を働かせなくていい。

「まあ!こちらから歩み寄ろうとして差し上げてますのに!」

 頼んでもいないし、そもそも勝手に敵視してきたのはジロ伯爵令嬢だ。
 ジロ伯爵令嬢が大声を出したことで、視線が集中する。侮辱されて頭に血の昇ったジロ伯爵令嬢は気づいていないようだ。
 爵位としてもロミリアが上なので、構ってやる義理はないとばかりにお茶をいただく。

「無視をするなんて、いい度胸ね!家でそんな教育をされるから誘拐される程の恨みを買うのだわ!!」

 あっという間の出来事だった。
 ロミリアの持つお茶の入ったカップを奪い取り、そのままロミリアにお茶をかけた。
 ロミリアは風の動きで何をされるか予想はついたので、避けようと思えば避けることは出来たがお茶を被ることに甘んじた。

 周囲は騒然とし、お茶会の主催であるレーネック公爵家の衛兵がやってくる。
 そのうちの一人がジロ伯爵令嬢を取り押さえて連れていった。
 彼女はまだ何かを喚いていたが、それを取り合うことは誰もしなかった。

 お茶会に一緒に出席しても基本的に不干渉な母も流石に近くに来た。

「お母様、帰りましょう」
「そうね、わたくしは公爵夫人にご挨拶してくるわ」
「ええ。···セレスタ様、申し訳ございません」
「いいえ、ロミリア様は何も悪くありませんわ。お風邪を召さぬようにしてくださいね」

 心配をしてくれるセレスタ様やご迷惑をおかけした周囲に辞去の挨拶をして、馬車の停車場まで向かう。
馬車で母と落ち合い、帰途についた。

「お母様、シャレード家は」
「第一王子派ね。ロスイルド家から弟君が婿に入っていたわね」
「ジロ家はロスイルド家に擦り寄っていますわ」
「あのご令嬢は少々頭が緩いのかしら」
「何かと目の敵にされてましたの。皮肉にも今回はそれに助けられましたわ」
「······そうね」

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