悪役令嬢の里帰り

椿森

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ひテアニアが目をさましたのは、空が赤くなっている時間帯だった。

「お嬢様!」

 傍で呼びかけられたが、寝起きのせいかすぐに反応出来ず、ゆっくりと声のした方を向く。

「お嬢様!私がわかりますか?」
「······みり···?」
「そうです、ミリです!···良かった、目をさまされて···」

 後半はよく聞き取れなかったが、一緒に攫われたミリが無事だということを確認できてテアニアは更に力が抜けるのがわかった。

「···ミリ、無事で良かった······」
「お嬢様···御守り出来ず、申し訳ございませんでした······そうだ、旦那様方を···」

 テアニアは握られていた手を、力を込めて、確かめるように握り返すとミリは更に涙を浮かべた。
 ミリは、テアニアが目を覚ましたことに感極まっていたがテアニアの親である雇い主を呼びに行こうと腰を浮かした。

「テアニアに何かあったのか!?」

 勢いよく部屋の扉が開かれて、人がなだれ込んできた。
 その音にテアニアは大きく身体を震わせた。

「旦那様、テアニアお嬢様が目を覚まされました!」
「テアニア!!」

 ミリの言葉に、複数の人影が寄ってきた。その姿を認めて、テアニアは強ばった身体の力を抜いた。

「お父様、お母様······お兄様もお姉様も···」
「無事で···目を覚ましてくれて、良かったわ···!」

 母に強く抱きしめられて、帰ってこれたのだとようやく実感できた。

「···ご心配をお掛けして、ごめんなさい···」
「テアニアは何も悪くないわ!悪いのは、」
「ロミリア!」

 姉が何か言おうとしたが、兄が窘める。

「テアニアは目が覚めたばかりだ。まずはゆっくりさせるのが先だ」
「······そうね、ごめんなさい。テアニア、帰ってきてくれて良かったわ」
「ああ、早く元気になって、またお爺様達の所に行こう」

 テアニアは兄姉が気を使ってくれている事がわかり、力なくとも笑顔を見せる。
 それを見た2人は何処か安心したように息をついた。


 後から聞いた話だと、5日ほど監禁されていたらしい。加えて、テアニアが気を失って丸2日たっていて、王城の帰りから7日たっていた。

 犯人は捕まったが、仲介をいくつも通していたらしく黒幕まではたどり着けていないとのことだ。
 犯人からの要求もなく、小綺麗な部屋に閉じ込められていただけという動機がわからないことが、余計に捜査が難航している原因となっていた。

 そして厄介な事に、社交界ではテアニアが誘拐されたという噂があっという間に広がっていた。正確には、ハーゲン侯爵令嬢が、となってはいるがハーゲンを名乗る令嬢のうちのひとりであるテアニアの姉は学園にいたため、まだ見ぬ次女であろうということは暗黙の了解になっていた。
 貴族子女の誘拐は、社交界では醜聞で瑕疵となり、特に令嬢はその後の婚姻に大きく影響が出てしまう。
 如何なる理由であろうと、瑕疵のある令嬢がまともなところに嫁げることはほとんど無い。大体が、後妻となるか訳ありで婚姻していない年嵩の男のもとに嫁ぐかといったところになる。

 それらの説明をテアニアは父から受けた。

「テアニア、こんなことになってしまうなんて···守ってやれなくてすまなかった」

 この時ばかりは学園から帰っていた兄も姉も、母も父と同じように沈痛な面持ちで、いまだベッドの中のテアニアの傍に寄っていた。

「大丈夫ですわ、お父様。これで王子との婚約の話もなくなるでしょうし、わたし、サンヨルフで暮らしますので瑕疵など関係ありませんわ」
「そうね、誓約も守れない王族と繋がるよりかわ断然良いわ」
「それだがな···」

 父がとても言いづらそうに、王城の使者から受けた言葉を伝えて言った。

「···どうやら、バードランド殿下との婚約は決定となった」
「一体、どういうことですか?!」
「遣わされた使者は第一側妃様の名代とは言っていたのだが、殿下が熱烈に希望してる故、瑕疵があろうと引き受けてやる。と···」
「···父上、それはまことですか」
「ああ、執事長もその場にいた」

 テアニアは母が震えていることに気づいた。恐らく、怒りからだろう。
 兄も普段出さない様な低い声で父に詰め寄り、姉は表情が抜け落ちて冷気を放っていた。

「······お父様、お茶会での事なのですが···」

 テアニアは火に油を注ぐ行為と分かってはいたが、今話さなければならないと思い、お茶会でのことを話すことにした。

 第一側妃に挨拶した時、まるで既に婚約が結ばれているような言い方をされたこと。
 すぐに妃教育を始めるために、使者を遣わせて詳細を話すこと。
 そして、その場にいた誰もが、驚いた様子もなくその話が当然であるように聞いていたこと。

「······旦那様、それは、」
「オーレリア、みなまで言わないでくれ···テアニアの言葉を疑う訳では無いが状況証拠でしかない」

 部屋の空気がさらに重くなった。
 どうやら、想像以上にややこしいことになっているのだとテアニアは他人事のように思ってしまった。

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