悪役令嬢の里帰り

椿森

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 王宮についてまず驚いたのは、その大きさだった。
 侯爵家の邸も大きいと思っていたが、王宮は桁違いだ。気を抜けば、ポカンと口を開けて見上げそうになる所を気を引き締めて伯爵のあとをついて行った。
 内装も華美でありながら、落ち着いた雰囲気でとても神聖なものに見えた。こんな所で粗相をしようものなら目も当てられないだろう。

「王宮の大きさに驚かれましたか?」

 どうやら伯爵にはお見通しだったらしい。

「私も初めての時はとても驚いたものですよ。我が家なんてうさぎ小屋みたいに思えます」

 ただ事実を述べるように、カラカラと笑いながら伯爵は話す。
 知らないうちに緊張していたのか、肩の力が抜けるのがわかった。

「とても素敵ですね。でも、私は場違いに思えます」
「そんなことありませんよ。同年代の子達は大抵、親の同伴があります。ですが貴女はひとりで堂々としていて、とても10歳と思えないほどしっかりしていらっしゃる」

 そのように褒められることは多くないので、気恥しくなってしまう。

「ああ、恥ずかしがるお顔も可憐ですね」

 ますます顔に熱が集まる。
 お世辞かもしれないとは思うが、やはり恥ずかしい。
 熱が冷めやらぬままに案内をされたのは、どこかの庭園だった。

「わあ·····!」

 綺麗に整えられた庭園にはとりどりの花が植えられていた。普通には、一緒に育つことのない花同士も近くに植えられていて、ここまで多くの花が咲き誇っているところは見たことがない。
 つい駆け寄って、近くでじっくり見たくなるが、これから王子様にお会いするのだと、思いとどまった。

「せっかくですので、あとで王子に案内してもらいましょう」

 伯爵には、そんなところまでお見通しとでも言うように提案をしてくれた。
 もう、穴があったら入りたいくらいだ。

 程なくして、王子様らしき方と女性が使用人を伴って庭園にやってきた。
 女性は、王子のお母様である第一側妃様だろうか。
 少しキツめの顔立ちで、お母様とは違った美人な方だ。国王陛下のお顔はよく分からないが、王子の容姿は第一側妃様に似ていた。

「貴女がハーゲン侯爵の娘?」
「は、はい。テアニア・ハーゲンと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 カーテシーをすれば、そう。とだけ返される。
 顔を上げるように言われていないので姿勢を保つが、一向に声がかからない。
 私はなにか失敗をした?

「テアニア嬢、顔を上げていいですよ」

 そのまま固まっていれば、第一側妃様の隣から声がかけられる。
 言われた通りに顔を上げれば、王子はやや困り顔だった。王子はチラリと第一側妃様を見上げて、何事もなかったように話始める。

「僕はバードランド・ノーマンディアです。よろしくね」

 バードランド殿下はニコリと笑う。
 第一側妃様に似た、少しキツめの顔立ちが和らいだ。

「貴女がバードランドの婚約者であることは喜ばしいことです。すぐに王子妃教育が始まります。使者を遣わせますので、詳しい話はその時に」
「え···?」

 声は小さかったが、第一側妃様の言葉に思わず言葉が漏れ出る。
 特に気にされた様子はないが、ほの内容に疑問がわくばかりだ。
 お父様は婚約をまだ承諾していなかったのでは?そもそも、今日の顔合わせは婚約の可否を決めるために設けられたはず···。しかも、王子妃教育だなんて。

 バードランド殿下を見ても、ブロワ伯爵を見てもニコニコと笑っているだけ。
 とても気味悪く感じた。

「あの、」
「あとは2人でお茶でもしていなさい。私もブロワ伯爵も仕事がありますので、これで」

 私が不敬を承知でどういうことかと聞こうとしたが、第一側妃様によって言葉は遮られ、しかもこちらがお見送りをする間もなく庭園から出ていってしまった。

「テアニア嬢、お茶にしましょう。王宮のパティシエが腕によりをかけた美味しいお菓子もありますよ」

 バードランド殿下は、私に座るように促す。
タイミングを見計らったように王宮の侍女が椅子をひき、座らされる。
 バードランド殿下の表情は笑顔のままで、本音が読み取りにくい。
 殿下は第一側妃様の言葉を承知の上でこの場に来たのか、それとも、ただ対面の出来たことを純粋に喜んでいるのか。噂の信憑性も気になるところだ。

 暖かな陽気なのに、何か、おかしなことになるのではないかと背筋が薄ら寒くなった気がした。

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