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前編

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サリーは10年来の友人であるクレアに誘われ、いつもの居酒屋で飲んでいた。
お互いの近況を報告し合い、しばらくは職場の愚痴が続いた。
こうして話していると職場は違えど、似たような迷惑な人間はどこにでも存在するのだと再認識させられる。

3杯目のカクテルに口を付けた時、クレアが唐突に話題を変えた。


「ねえ、モモって覚えてる?」
「モモ?――ああ、大学のゼミで一緒だった子?」
「そう。…私、この間あの子にされたのよ」
「へえ、そうなん。何をパクられたのさ」

服か鞄かアクセサリーか。
さすがにゲームやマンガを貸し借りする年齢ではない。
そもそも彼女達は貸し借りをするほど仲が良かったのだろうかと、サリーは不思議に思った。

クレアはため息を1つ吐くと、うんざりした顔で言った。





酔っているのだろうか。
友人の言葉が瞬時に理解出来なかった。


「…え、何て?」
「だからぁ、婚約者!…のよ」
「え、えぇっ!?」


大きな声を出した彼女達に、近くの客や店員からの視線が集中する。
だがここは居酒屋だ。ちょっとした騒ぎならば誰も気にしない。
喧嘩ではないとわかると皆すぐに彼女達から視線を外し、自分たちの会話へと戻っていった。



ほろ酔い気分のサリーだったが、驚きの余り酔いが覚めてしまったようだ。
視線を集めたことを恥じ、声のボリュームを少し落とした。


「借りパクって…どういうこと? モモにベイクを貸したわけ? いや、というか…え、何…もしかして――寝取られたってこと?」
「そうなるわね…」
「うわぁ…」


クレアが肯定すると、サリーは思わず口に手をあてた。

「――というか、モモとはそんなに仲良かったっけ?」
「特に仲良くないわね。大学のゼミで一緒だった程度の付き合いだし。個人的な連絡先も今回初めて知ったくらいよ」
「え、じゃあ何で?」


どういう経緯で接触したのだろうか。


「ベイクの職場に、モモが入ってきたんですって」
「ん?中途採用ってこと?」
「いんや。モモは派遣なんだって。で、アイツがいる部署にたまたま配属されたんですって」
「すごい偶然ね」
「そ。で、その偶然ってのが、運命に憧れちゃうお年頃の馬鹿の心に火を付けたらしくってね」


この場合の馬鹿はベイクとモモのどちらだろうか。


「モモがストーカー被害に悩まされてるから、毎日の送り迎えを頼みたいって相談してきたのよ」
「ベイクに?」
「そう。ベイクもゼミは一緒だったし、顔見知りだからね。『貴方にしか頼めないの!』ってウルウルお目々で泣き落としたらしいわ」
「それでベイクが引き受けたの?結婚間近のクレアという婚約者がいるのに?」
「一応ベイクは言ったらしいのよ。彼女がいて、もうじき結婚する予定だって。けど、その彼女が私だと知ると『じゃあクレアに直接頼まなきゃ!』って、ベイク経由で私を呼び出してきたの」
「うわ、面倒くさぁ…」
「でしょ!? ――それで会って早々に『悪いけど、しばらくベイクを貸して!』って頼んできてね。まあ、本当にストーカー被害に遭ってるなら大変だし。全く知らない間柄じゃないから私も『ベイクが良いならいいんじゃない?』って言っといたのよ。私が許可出すのも変な話だと思ったし」
「うん」
「そうしたらまぁ…ね…。あっという間に男女の仲になったみたいで。先週、ベイクに呼び出されて『モモに子供が出来た。責任を取りたい』って言われてさ…正式に婚約を無かったことにしてきましたわ…クソがっ」


サリーは何と言ったらいいのかわからなかった。


「あー、何て言ったら良いかわからないわ…」
「そうよね…。私だってこんなこと聞かされたら困るもの」


素直な気持ちを口にすると、クレアはため息を吐きながら頷いた。


「――えっと、それで、クレアはどうするの?」
「ん?」
「その、復讐とか…考えてたり…?」



サリーが恐る恐る尋ねると、クレアは目を丸くし、次いで笑い出した。


「あっはっはっ!やだぁサリーったら復讐だなんてぇ、ドラマの見過ぎよ」
「あ、うん。…いや、クレアが不味いこと考えてたらどうしようかと思って…。何もしないならそれでいいんだけど」
「しないしない!そんな無駄なこと!」


痴情のもつれにより事件へと発展することはよくある。
友人の名をニュース番組で聞くことになる自体は避けたいところだ。

だが目の前の彼女の様子をみるに、それは杞憂のようだ。


クレアはひとしきり笑うと、グラスに残ったエールを飲み干した。
空いたグラスを置くと、吐き捨てるように言った。


「あんな屑のために、人生捨ててやるもんですか」


屑とはベイクとモモのどちらを指しているのか。はたまた両者か。

こういう時にサリーに出来るのは1つ。クレアがスッキリするまで愚痴を聞くのみだ。


「――よし、クレアちゃんよ。今日はお姉さんがご馳走してあげよう。大いに飲むといい!」
「マジでっ!?ラッキー!愛してるわお姉様!」


クレアは店員を呼ぶと、店で一番高い地酒をボトルで注文した。


(奢るとは言ったけど…容赦ないわね)


さほど酒に強くないサリーは、普段なら頼まない少々お高めのカットステーキを注文した。
ただ愚痴を聞くだけだとしんどいので、美味しいものを食べながら付き合うことにする。













日付も変わり、十数分後には最終列車が出てしまう。


「サリー、今日はありがとうね。すごくスッキリしたわ」


駅までの道を急ぎながら、あらためてクレアが礼を言った。


「なら良かった。愚痴を聞くくらいしか出来ないけど、何かあればまた言ってちょうだい」
「うん…ありがとう」





「…ねえ、クレア」


駅の改札を抜けたとき、サリーは友人を呼び止めた。
お互い乗る列車は反対方向に向かうため、直接話すなら今しかない。


「うん?」
「人生を棒に振るようなことしないでよ」


クレアなら大丈夫だと思うが、それでも心配だったのだ。
サリーの心配そうな顔を見て、クレアは、ふっと笑った。


「大丈夫、何もしないわよ。――このままベイクがモモと結婚すれば、だもの」
「――え?」
「おっと、あと2分で列車来ちゃう! じゃあね、サリー!また飲もうね」
「え、あ、うん!またね!気を付けて帰ってね!」
「サリーもね!」


クレアを見送ると、サリーも慌てて駅のホームへと向かった。



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