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後編
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結果として、婚約者の交代は滞りなく行われた。
アルマは籍を入れてミュラー家に引っ越すまでの間ずっと、得意げな顔でリーゼのことを見下す態度を崩さなかった。
妹の態度には腹が立つが、両親も、出張先から駆けつけてくれた兄もリーゼの味方だったため、リーゼの心は常に安定していた。
籍を入れた後、嫁ぎ先の両親と一緒に1年間同居してから挙式をするのが、この地域の慣習だ。
嫁ぎ先の常識に馴染むための期間といえよう。
馴染むことが出来た証として、式を挙げてお披露目するのだ。
式の後はそのまま同居を続けても良いし、夫婦二人だけで新居に引っ越すこともできる。
「ふふふ。じゃあね、お姉様。お姉様を差し置いて私が一番先に結婚することになるなんて、思ってなかったわ。でも大丈夫よ、お姉様にもきっと良い人ができるから!」
「はいはい、お幸せにどうぞ」
「負け惜しみしちゃって。お姉様ったら可哀想に~。来年の私のウエディングドレス姿を楽しみにしててね!」
ニヤニヤと笑っているアルマには、この先リーゼに良縁があるなど微塵も思っていないのだろう。
リーゼは呆れて、なるべく彼女の相手をしないようにしていた。
アルマが幸せだったのは、間違いなくこの時までだった。
アルマがミュラー家に住むようになってわずか数日の内に、元婚約者からマイヤー家に苦情の手紙が届いた。
どうやらダニエルは、同居が始まってからアルマのポンコツぶりを目の当たりにして唖然としたようだった。
それは彼の両親も同じだ。
ダニエルの両親は二人とも仕事が忙しく、アルマとは禄に会う機会も無いまま籍を入れることになったらしい。
友人の娘であるし、リーゼとは面識があったため、彼女の妹なのだから特に問題ないだろうと思っていたようだ。
ところが蓋を開けてみれば、アルマは掃除、洗濯、炊事の一切が出来ない。
食材の買い出しに行かせてみれば、不要な高いアクセサリーを購入してくる始末。
『絶対に午前中に出しておけ』と念押ししたにもかかわらず、平気で郵便物をポストに出し忘れる。
子供にも出来ることが出来ないのだ。
「こんな酷い嫁だとは思いませんでしたよ!」
手紙だけではなく、直接苦情を言うために訪問してきたダニエルに対応した父は『出来の良い姉ではなく、妹を望んだのは君だよ』とバッサリと切り捨てた。
「し、しかしあれはいくらなんでも酷すぎます。部屋の片付け一つ出来ないのですよ!」
「知らなかったのかい? そういうところを含めて好きになったのだと思っていたよ」
「――くっ」
「もともと私達はリーゼを紹介したんだ。君が『酷すぎる』といっている娘ではなくね」
「で、でも…」
「アルマに問題があることは、親なのだから当然知っているさ。だから問題の無い方の娘を君に紹介したんだもの。
君はデニスの息子だからね。私だって、友人の息子に苦労をかけたいとは思ってないよ」
「――だったらっ!」
「けど君は、リーゼを蔑ろにした。リーゼに対する君の態度は、端から見ていて酷い物だったよ? 久しぶりにデニスと殴り合いの喧嘩をしなければ行けないと思ったくらいだ。
リーゼが君のことを愛していないから、婚約を解消したんだったね。それは当然だよ。誕生日の贈り物一つ寄越さないような形ばかりの婚約者に、どうして心を開くことが出来るんだい?
婚約者がいながら浮気をするような男を、なぜリーゼが愛さないといけないんだ。
そして、何が良かったのかわからないが、誰も引き取り手が無いような娘を君は望んだ。
――そう、君自身が望んだんだ」
ダニエルは絶望したような顔をしている。
「アルマはもうミュラー家に嫁いだのだから、ミュラー家の作法を学ばせなさい。出来ないというのなら、出来るまでやらせてやってくれ。
あの子もまた、自らの意思で君と結婚することを選んだんだ。厳しくして構わない。
離縁することは出来ないし、この家に戻すつもりもないからね」
「…」
「私達に出来なかったことを押しつけてしまって申し訳ない。…だが、君は自らアルマを選んだんだ。それを忘れないで欲しい」
「…はい…」
か細い声で返事をすると、ダニエルはうなだれたまま帰って行った。
婚約者交代の条件として、アルマとの離婚は認めないこととしている。
そのため、彼はこの先アルマを養い続けなければならない。
ダニエルは決心したようで、アルマが癇癪を起こして泣こうがわめこうが、仕事をやらせることにした。
今までのツケが回ってきたのだろう。
現在アルマは彼と彼の両親にしごかれて、半べそをかきながら家事に精を出しているらしい。
お小遣いも制限されているそうで、何通もの愚痴の手紙が両親とリーゼの元に届いた。
『お姉様はもうデートする相手がいないのだから、オシャレする必要は無いわよね。
だからお姉様が持っていたあの水色のワンピース、私がもらってあげるわ!』
リーゼは妹からの手紙をそっとゴミ箱に捨てた。
リーゼでさえアルマを引っぱたいてやりたくなることがあるのに、ダニエルはどんなにアルマが癇癪を起こしても手を出すことは無いようだと父から聞いた。
もともと彼は悪い人ではないのだろう。
ただ、リーゼと性格が合わなかっただけだ。
仕事を投げ出すことは許されないが、暴力を振るわれることは無く食事も睡眠も取ることができる。
今まで何もしてこなかった妹には地獄の生活かもしれないが、端から見れば待遇はそう悪いものではない。
生きていくためには、多少なりとも働かなくてはならないのだから。
ダニエルにはアルマの手綱をしっかりと握っておいて欲しいものだ。
一方リーゼはというと、兄の紹介で会った誠実な男性と縁があり、アルマよりも早く挙式することとなった。
美しいウエディングドレス姿のリーゼを見て、久しぶりに会った妹は悔しそうな顔をしていた。
アルマは籍を入れてミュラー家に引っ越すまでの間ずっと、得意げな顔でリーゼのことを見下す態度を崩さなかった。
妹の態度には腹が立つが、両親も、出張先から駆けつけてくれた兄もリーゼの味方だったため、リーゼの心は常に安定していた。
籍を入れた後、嫁ぎ先の両親と一緒に1年間同居してから挙式をするのが、この地域の慣習だ。
嫁ぎ先の常識に馴染むための期間といえよう。
馴染むことが出来た証として、式を挙げてお披露目するのだ。
式の後はそのまま同居を続けても良いし、夫婦二人だけで新居に引っ越すこともできる。
「ふふふ。じゃあね、お姉様。お姉様を差し置いて私が一番先に結婚することになるなんて、思ってなかったわ。でも大丈夫よ、お姉様にもきっと良い人ができるから!」
「はいはい、お幸せにどうぞ」
「負け惜しみしちゃって。お姉様ったら可哀想に~。来年の私のウエディングドレス姿を楽しみにしててね!」
ニヤニヤと笑っているアルマには、この先リーゼに良縁があるなど微塵も思っていないのだろう。
リーゼは呆れて、なるべく彼女の相手をしないようにしていた。
アルマが幸せだったのは、間違いなくこの時までだった。
アルマがミュラー家に住むようになってわずか数日の内に、元婚約者からマイヤー家に苦情の手紙が届いた。
どうやらダニエルは、同居が始まってからアルマのポンコツぶりを目の当たりにして唖然としたようだった。
それは彼の両親も同じだ。
ダニエルの両親は二人とも仕事が忙しく、アルマとは禄に会う機会も無いまま籍を入れることになったらしい。
友人の娘であるし、リーゼとは面識があったため、彼女の妹なのだから特に問題ないだろうと思っていたようだ。
ところが蓋を開けてみれば、アルマは掃除、洗濯、炊事の一切が出来ない。
食材の買い出しに行かせてみれば、不要な高いアクセサリーを購入してくる始末。
『絶対に午前中に出しておけ』と念押ししたにもかかわらず、平気で郵便物をポストに出し忘れる。
子供にも出来ることが出来ないのだ。
「こんな酷い嫁だとは思いませんでしたよ!」
手紙だけではなく、直接苦情を言うために訪問してきたダニエルに対応した父は『出来の良い姉ではなく、妹を望んだのは君だよ』とバッサリと切り捨てた。
「し、しかしあれはいくらなんでも酷すぎます。部屋の片付け一つ出来ないのですよ!」
「知らなかったのかい? そういうところを含めて好きになったのだと思っていたよ」
「――くっ」
「もともと私達はリーゼを紹介したんだ。君が『酷すぎる』といっている娘ではなくね」
「で、でも…」
「アルマに問題があることは、親なのだから当然知っているさ。だから問題の無い方の娘を君に紹介したんだもの。
君はデニスの息子だからね。私だって、友人の息子に苦労をかけたいとは思ってないよ」
「――だったらっ!」
「けど君は、リーゼを蔑ろにした。リーゼに対する君の態度は、端から見ていて酷い物だったよ? 久しぶりにデニスと殴り合いの喧嘩をしなければ行けないと思ったくらいだ。
リーゼが君のことを愛していないから、婚約を解消したんだったね。それは当然だよ。誕生日の贈り物一つ寄越さないような形ばかりの婚約者に、どうして心を開くことが出来るんだい?
婚約者がいながら浮気をするような男を、なぜリーゼが愛さないといけないんだ。
そして、何が良かったのかわからないが、誰も引き取り手が無いような娘を君は望んだ。
――そう、君自身が望んだんだ」
ダニエルは絶望したような顔をしている。
「アルマはもうミュラー家に嫁いだのだから、ミュラー家の作法を学ばせなさい。出来ないというのなら、出来るまでやらせてやってくれ。
あの子もまた、自らの意思で君と結婚することを選んだんだ。厳しくして構わない。
離縁することは出来ないし、この家に戻すつもりもないからね」
「…」
「私達に出来なかったことを押しつけてしまって申し訳ない。…だが、君は自らアルマを選んだんだ。それを忘れないで欲しい」
「…はい…」
か細い声で返事をすると、ダニエルはうなだれたまま帰って行った。
婚約者交代の条件として、アルマとの離婚は認めないこととしている。
そのため、彼はこの先アルマを養い続けなければならない。
ダニエルは決心したようで、アルマが癇癪を起こして泣こうがわめこうが、仕事をやらせることにした。
今までのツケが回ってきたのだろう。
現在アルマは彼と彼の両親にしごかれて、半べそをかきながら家事に精を出しているらしい。
お小遣いも制限されているそうで、何通もの愚痴の手紙が両親とリーゼの元に届いた。
『お姉様はもうデートする相手がいないのだから、オシャレする必要は無いわよね。
だからお姉様が持っていたあの水色のワンピース、私がもらってあげるわ!』
リーゼは妹からの手紙をそっとゴミ箱に捨てた。
リーゼでさえアルマを引っぱたいてやりたくなることがあるのに、ダニエルはどんなにアルマが癇癪を起こしても手を出すことは無いようだと父から聞いた。
もともと彼は悪い人ではないのだろう。
ただ、リーゼと性格が合わなかっただけだ。
仕事を投げ出すことは許されないが、暴力を振るわれることは無く食事も睡眠も取ることができる。
今まで何もしてこなかった妹には地獄の生活かもしれないが、端から見れば待遇はそう悪いものではない。
生きていくためには、多少なりとも働かなくてはならないのだから。
ダニエルにはアルマの手綱をしっかりと握っておいて欲しいものだ。
一方リーゼはというと、兄の紹介で会った誠実な男性と縁があり、アルマよりも早く挙式することとなった。
美しいウエディングドレス姿のリーゼを見て、久しぶりに会った妹は悔しそうな顔をしていた。
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