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中編

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カフェから真っ直ぐ帰宅したリーゼが自室に籠もっていると、両親に呼び出された。
憂鬱な気分でリーゼが応接室に入ると、父はソファに座り難しそうな顔をしていた。
父の対面に座ると、母がリーゼの分の紅茶を淹れてくれた。

重苦しい空気が漂っている。

最初に口を開いたのは父だった。


「ダニエル・ミュラーから婚約者交代の話が出た。リーゼが出かけたすぐ後に、彼が屋敷にやってきてな。婚約者をリーゼからアルマに変更したいと言ってきた」
「はい…。私も今日、彼から聞きました」
「そうか…」

父は深いため息をつく。


「私はそれを了承した。断る必要が無いからだ」
「――はい」


ダニエルから聞いてはいたが、実際に父の口から聞くと辛い。
俯くリーゼだったが、続く父の言葉に顔を上げた。

「リーゼには悪いが、今までアルマには縁談が来たことがないからな…。まあ、普段のあいつの様子を見ていれば当然の結果だろうが…。
 ともかくこの機会を逃したら、あいつは一生嫁に行くことは出来ないだろう。相手の気が変らないうちに引き取ってもらうに限る」
「…え?」
「きっと、リーゼにはもっと良い縁談が来ますよ。だからのことはアルマに譲ってあげなさい」
「お母様っ!?」


辛辣なことを言う母に、リーゼは驚く。


「婚約期間中に浮気をするような男と結婚せずに済んで良かったのですよ。最初にあのような男だとわかっていたら、旦那様を引っぱたいてでも止めていましたわ」
「そういうな…。私とて、デニスの倅がここまで愚かだとは知らなかったのだ。…まあ、私達の娘の一人も愚かだったわけだが…」
「――あの子はどういうわけか、昔からリーゼの物ばかり欲しがって…。何度、言い聞かせても癇癪を起こすわ逃げ出すわで改めようとしなかったけれど…まさか婚約者まで奪おうとするとは思いませんでしたよ…。
 本当に、どこで育て方を間違えたのかしら…」
「うん…いや、私達の育て方そのものは間違っていないはずだ。その証拠に、リーゼもリーゼの兄クルトもまっとうな人間に育っているじゃないか。あの子は元々ああいう気質だっただけだろう」


はぁ…と深いため息をつき、両親はうなだれる。

話の流れが予想していたものと違い、リーゼは戸惑う。
てっきり『お姉ちゃんなのだから妹に譲ってあげなさい』と諭されるのだと思っていた。



「――あの…、『婚約者の心を留めておけない私が悪い』とか、そういうお咎めがあると思っていたのですけれど…」


勇気を出してリーゼが問うと、両親はきょとんとした顔をする。


「何を言ってるんだ。浮気している時点で本人の人間性の問題だろう? いくらリーゼが頑張ったって関係ない。アイツが誠実な人間なら、リーゼと合わないとわかった時点で速やかに婚約を解消するべきだったんだ」
「そもそも歩み寄る気のない男の心を留めるなど、無理な話ですよ。――ですから、この子の誕生日に贈り物一つよこさない時点で破棄にするべきだったのですよ!」
「う…それは悪かった…」


(お母様達、誕生日のことを知っていたのね)


婚約者となって初めて迎えたリーゼの誕生日に、ダニエルからはカードの一つも届かなかった。
先に訪れたダニエルの誕生日には、リーゼは一週間も頭を悩ませてプレゼントを選んだというのに。


両親は、ちゃんとリーゼのことを見ていてくれたのだ。
リーゼは嬉しかった。



「リーゼ、あなたは勉強も真面目にしていますし、人当たりも良いわ。もしかしたら少しの間、肩身が狭い思いをすることになるかもしれないけど、次の縁談はすぐにやってくるでしょう」
「そうだな。――まあ、婚約が決まってからも、何度か他家から婚約の打診が来ていたからな」
「えっ、そうなのですか!?」


驚くリーゼに、父は頷く。


「つい最近も言われたな。『もしリーゼがフリーになったら、ぜひうちの倅と会って欲しい』と」
「あら、それでしたらこちらから動いてみてもいいのでは?」
「――ふむ。それもそうだな」


初めて聞く事実にリーゼが戸惑っている内に、両親の間で話が進んでいく。

なんだか不思議な気分でそれを聞き流しているうちに、ふと妹のことが気になった。

ダニエルはアルマに恋している。
彼が本気なのは間違いないだろう。
だがもし彼がアルマの本性を知らないのだとしたら、どうだろうか。

本性を知った途端、嫌気がさして婚約を解消したいと言い出さないだろうか。
この1年でわかったことだが、興味を持たない相手には彼はとことん冷たい。
病気や怪我を負ったとしても、きっと心配すらしてくれないだろう。
もしかしたらまた、浮気をするかもしれない。
そうなったとき、アルマはどうなるのか。
リーゼと同じように蔑ろにされるのではないか。


「…彼の元に嫁いで、アルマは大丈夫なのでしょうか」


ぽつりと呟くと、両親がぴたりと口を閉ざし次いで彼らの目が据わった。


「…嫁がせろ。何が何でもアイツの元に嫁がせるんだ」
「あの子はこのままではになることは間違いなしですもの。今まで行かせたお見合いだって、リーゼに来た縁談の一部を先方の了承を取ってからあの子にまわしたのです。
 ――あの子は自分で断ったと思っているようですけど、すべて先方にお断りされましたけどね」


(それは知らなかったわ…)


「まあ、当然だろうな。学校の成績は悪い。友人も少ない。何かにつけて物を欲しがる。――極めつけは親の話も聞かないほど我が儘だということだ」
「あの子なりにこだわっているのでしょうけれど、服のセンスも無いですからね…。ご婦人方からの評判もよろしくないのよ…」
「そんなあの子を望んで引き取ると行っているのだ。しかも自らの意思でな。それなら、相手の気が変らないうちに押しつけるに限る」


(お父様達、厄介払いをしようとしていますね…)



「とっととうちの籍を抜けてもらわないと、クルトが家を継ぐときに邪魔になる」
「クルトのお嫁さんに悪影響を与えかねませんものね」
「…婚約者の交代を願い出たのは先方だから、離婚できないように契約書に盛り込んでおくか」
「…たしかに、それは良い考えかと思います」


両親が黒い笑みを浮かべて話す内容を、リーゼはなんとも言えない気持ちで聞いていた。



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