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聖女候補者1

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翌朝。
「うーん、もう朝か…」
用意された部屋のベッドはふかふかで、アマリリスはぐっすりと眠ることができた。
さすが王城。自室のベッドとは桁違いの高級品だ。
聖女選定が終わるまで、このベッドを使っていいだなんて、夢のようである。
誰もみていないのをいいことに、彼女は広いベッドの上を転げ回った。

(うふふ。広いベッド最高!聖女候補に選ばれた時はどうなるかと思ったけど、こんな素敵な部屋にタダで泊まれるなら悪くないわ!)

彼女に用意された部屋には、クローゼットとドレッサー、小さなテーブルに椅子が2脚置かれ、そして小柄なアマリリスが4人並べるほど広いベッドがある。
無駄なものがない、必要最低限の家具だけが揃えられていた。
入り口の脇には、小さな洗面台がついている。風呂とトイレは残念ながら共同で、部屋の外だ。
上位貴族からしたら狭く感じるだろうが、彼女にとっては充分な広さだ。
衣服や櫛などの生活用品は実家から持ち込んだものを使用することになっている。

昨日の荷ほどきの際に枕元に置いておいた目覚まし時計を手に取り、時刻を確認する。

(さて、そろそろ着替えないと。朝食にはまだ時間に余裕があるけど、私より身分の高いお嬢様もいることだし、遅れるわけにはいかないわよね)

1日のスケジュールは、事前に教えられている。
アマリリスはクローゼットからお気に入りの若草色のワンピースを取り出して、さっさとそれに着替えた。

昨日は国王との謁見があったため、城に勤める侍女に手伝ってもらいドレスを着たが、基本的に聖女候補者には専属侍女がつかないため、これからは身支度を自分1人で行わなくてはならない。1人では着脱しにくいドレスなど、毎日着ていられなかった。

「これでよし」

ドレッサーの前で、くるりと回ってみる。

(朝ごはんはどんな感じなのかしら。さすがに毎食豪華なものが出るとは思えないけど、質の良いものが出そうよね)

期待に胸を膨らませた彼女は、意気揚々とドアを開けた。

「ーーあっ」

ドアの先には覇王ーーいや、聖女候補者のローズがいた。
うっかりドアを閉めそうになったアマリリスだが、挨拶が大事という母の教えを思い出し、思いとどまる。

「ローズさん、おはようございます」
「おはようございます、アマリリス様」

女性にしては低めの、しかし、耳に心地よい落ち着いた声音で返される。
今日のローズの服装は、黒のタンクトップに、臙脂色のロングスカートだ。彼女の普段着なのだろう。昨日のワンピースと違い、体のサイズに合っているようだ。

「ローズさんもこれから食堂ですか?よろしければ、ご一緒してもいいでしょうか?」
「はい。もちろんです」

にこりと笑うアマリリスに対し、ローズの表情筋は仕事を放棄しているようだ。
食堂までは、そう長い距離ではない。
せっかくローズと話す機会が訪れたのだ。気になっていたことを問いかけた。

「ローズさんは、どこのご出身なのですか?」
「アマリリス様、私に敬語は不要です。ローズと呼び捨てで構いません。出身は、北部のドメイン山の麓の村です」

(身分的に敬語は不要ということなんだろうけど、何というか…威厳があるというか…本当にタメ口で話していいのかちょっと迷うわね)

「…わかったわ。敬語はやめるから、ローズ、あなたも私に敬語を使わなくていいわ。様をつけるのもやめてね」
「しかし…」
「同じ聖女候補でしょ。私たちはいがみ合ったり、互いに蹴落としたりするためにいるんじゃないわ。国をより良くするために協力できるように、私たち候補者は一緒に暮らすんだと思うの。だから、私に対して敬語は不要よ」
「わかりまし…いや、わかったよ、アマリリス」
「ありがとう!」

少し困ったような雰囲気が伝わってくるが、ローズの表情筋は相変わらず休んだままだ。

「そういえば、ドメイン山の辺りは農作物の育ちが悪いと聞いたことがあるわ。そのために狩猟の技術が発達しているとか」
「ああ、その通りだ。常に山からの冷たい風が降りてくるし、天気も変わりやすい。土も痩せているから、作物を育てるよりも山に入って狩りをした方が効率がいいのさ」
「そうなのね。じゃあ、ローズも普段は狩りをしているの?」
「うん。村では男も女も関係なく狩りをするからな。蜂熊を1人で仕留められるようになったら一人前として認められるようになる

「は、蜂熊…!?」
「知らないか?蜂蜜色をした熊属の魔獣なんだが」

アマリリスが声を上げたのは、蜂熊を知らないからではない。凶暴な魔獣だと知っているからだ。
蜂蜜色という可愛らしい色の体毛を持つが、肉食で人を襲う。
力が強く普通の人間ではまず太刀打ちできない。足はそれほど速くないため、見つけたら全速力で逃げろと言われている。

「え、えっと…それって、あの…ローズも蜂熊を倒したことがあるの…?」
「ああ。もちろん」
「まじかよすげぇなおい」
(嘘でしょ、凄すぎる!)
「あ、アマリリス?」
「あ、ごめんなさい、つい口調がおかしくなっちゃった」

思わず本音と建前が逆になってしまった。

(なるほど、だからローズはたくましいのね)

今までアマリリスが部屋で小説を読み耽っていた時間、ローズは狩りを続けてきたのだろう。
鍛え上げられたローズの肉体は、きっと彼女の努力の証なのだ。
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