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予想外でした
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「…まぁ…」
ラランナは間の抜けた声を出してしまった。
なんて言ったら良いかわからない。
「好きな…人…ですか…」
ラランナは呆然と呟く。
するとロミオは席を立ち、土下座をした。
「――ラランナさん、貴女の貴重な時間を私なんかのために使わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
突然のことにラランナは慌てる。
「えっ、あっ、その…」
「女性の二十代は、とても貴重な時間なのだと聞いています…。それを、私が…私なんかのせいで無駄にしてしまい本当に申し訳ない…。
謝って済む問題では無いのはわかっています。ですが…」
「あ、頭を上げてくださいロミオさん!」
ラランナも席を立ち、土下座するロミオの肩に手を添え、体を起こすように言う。
だが、ロミオは頭を下げたままだ。
ラランナは困ってしまった。
――そう、困ったのだ。
突然の婚約解消を告げたロミオに対し、ラランナが感じたのは怒りや悲しみではなかった。
2年間が無駄になったことや、フラれたことに対する怒りの感情は無い。
ロミオのことを好いていたかと言えば、友情を感じていたが愛情はまだだったため、彼の心が他に行ったことを悲しいとも思わなかった。
ラランナが感じたことはただ一つ。
困った。
その一言に尽きる。
「…好きな人が出来たのなら、それはとても喜ばしいことです。
私はロミオさんと婚約解消しても、この二年が無駄になったとは思いません。
貴方と家族になれたのなら、それはとても素敵なことだったと思います。
ですがそうならなくても、私はこの二年で良き友人を得たと思っています」
「…ラランナさん…」
ロミオは恐る恐る顔を上げた。
ラランナの声音は優しいが、怒りに満ちた表情をしているのではないかと恐れたのだ。
しかし、間近で見たラランナの表情は声音と同じくとても優しかった。
怒りの欠片も見当たらないその眼差しに、ロミオはかえって怖くなった。
ロミオとしては、張り手の一つでもかまされると思っていたし、どんな罵詈雑言も受け止めるつもりでいた。
自分はどうなってもよいが、家族は――シーサイド家が潰れるような事にはならないように、誠心誠意、謝罪するつもりだったのだ。
「ロミオさん、どうぞ椅子に座ってください。
デザートを食べながら、私達の今後についてお話ししましょう?」
「は…はい…」
ラランナに促されて、ロミオはゆっくりと席に着いた。
彼は内心ビクビクしていた。
ミスをして取引先に謝罪に行った時にも感じたが、緊張から腹の底が冷えていくような感覚はいつになっても慣れることはない。
対するラランナは、着席するとデザートのアップルパイを口に運び「あら美味しい」と微笑んだ。
「お料理も美味しかったけれど、デザートも美味しいです。素敵なお店に連れてきて頂き、ありがとうございます」
「はっ……はい。気に入って頂けたのなら、良かった…」
「ふふっ。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。
婚約の解消については、両家にとっては残念なことでしょうけれど、私個人としては問題ありませんわ。
…私にとってロミオさんは、良き友人だと思っておりますし――失礼ながら、私は貴方に恋をしていなかったので…」
「…」
「ただ…問題なのは両家の契約についてですね」
「はい…。業務提携は、元々は私達の婚約が無くても成立するもののはずですが…心証的に良くない影響を与えてしまうでしょう…」
「そうですね…。とはいえ、会社のためにロミオさんがご自分の気持ちに蓋をして――我慢してまですることでもありませんわ」
「我慢だなんて…」
そんなことはない、とロミオには否定出来なかった。
「…ちなみに、ロミオさんの心を射止めたのはどのような方なのですか?」
「えっ」
唐突な質問に、ロミオは狼狽えた。
「ただの興味本位ですので、無理にお聞きしようとは思いませんが」
「いえ…そう、ですね。貴女には聞く権利があります…」
聞く権利は別に無いと思うが。
口には出さず、ラランナは静かに彼の言葉を待った。
「…以前、ラランナさんのお宅にお招き頂いた時にお会いして以来ずっと、気になっていたのです…」
(私の家っ!?)
ロミオを初めて自宅に招待したのは、婚約して半年が過ぎてからだった。
そこから何度か招待している。
彼を招待したときに家にいたのは、ラランナ、両親、2歳下の弟リオンと、5歳下の妹エミリー、それからお手伝いのポピーとカトレアだ。
(ポピーとカトレアは多分違うわよね。どちらも50歳を過ぎているはずだし、ロミオさんがよっぽどの年上好きなら別だけれど…。対象外とすると――つまり相手はエミリー!?)
5歳年下のエミリーは、姉の贔屓目にみてもとても可愛く、庇護欲をそそる。
ロミオが彼女に恋したというのならば、納得だ。
「それはもしかして…私の家族の誰か、でしょうか?」
「……」
ラランナの問いに、ロミオは頷いた。
やはりエミリーなのだ。
「そうだったのですね。
エミリーの気持ち次第ではありますが、もしうまくいけば――貴方と妹が婚約することになれば、両家の関係にヒビは入らないかと思います」
婚約はしているが、入籍日や具体的な式の日取りなどは一切決まっていない。
婚約を解消するなら今のうちだ。
婚約者の妹に懸想した男。
妹に婚約者を奪われた女。
姉の婚約者を奪った女。
もし解消した後でロミオとエミリーが新たに婚約を結んだ場合、周囲から色々と言われるかも知れないが、気にしなければ良いのだ。
ラランナは婚約してからの2年間で、ロミオが誠実な人であると感じていた。
彼ならばきっと、愛する人を大事にしてくれるだろう。
彼が妹の夫となることに反対はしない。
うまくいくかは、あくまでもエミリーの気持ち次第だが。
1人で納得し、どうやって両親を説得するかに思考を巡らせていたラランナに、ロミオが言った。
「…違うんです…」
「え?」
「私が好きなのは……リ、リオン君…なんです…」
ラランナは開いた口が塞がらなかった。
ラランナは間の抜けた声を出してしまった。
なんて言ったら良いかわからない。
「好きな…人…ですか…」
ラランナは呆然と呟く。
するとロミオは席を立ち、土下座をした。
「――ラランナさん、貴女の貴重な時間を私なんかのために使わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
突然のことにラランナは慌てる。
「えっ、あっ、その…」
「女性の二十代は、とても貴重な時間なのだと聞いています…。それを、私が…私なんかのせいで無駄にしてしまい本当に申し訳ない…。
謝って済む問題では無いのはわかっています。ですが…」
「あ、頭を上げてくださいロミオさん!」
ラランナも席を立ち、土下座するロミオの肩に手を添え、体を起こすように言う。
だが、ロミオは頭を下げたままだ。
ラランナは困ってしまった。
――そう、困ったのだ。
突然の婚約解消を告げたロミオに対し、ラランナが感じたのは怒りや悲しみではなかった。
2年間が無駄になったことや、フラれたことに対する怒りの感情は無い。
ロミオのことを好いていたかと言えば、友情を感じていたが愛情はまだだったため、彼の心が他に行ったことを悲しいとも思わなかった。
ラランナが感じたことはただ一つ。
困った。
その一言に尽きる。
「…好きな人が出来たのなら、それはとても喜ばしいことです。
私はロミオさんと婚約解消しても、この二年が無駄になったとは思いません。
貴方と家族になれたのなら、それはとても素敵なことだったと思います。
ですがそうならなくても、私はこの二年で良き友人を得たと思っています」
「…ラランナさん…」
ロミオは恐る恐る顔を上げた。
ラランナの声音は優しいが、怒りに満ちた表情をしているのではないかと恐れたのだ。
しかし、間近で見たラランナの表情は声音と同じくとても優しかった。
怒りの欠片も見当たらないその眼差しに、ロミオはかえって怖くなった。
ロミオとしては、張り手の一つでもかまされると思っていたし、どんな罵詈雑言も受け止めるつもりでいた。
自分はどうなってもよいが、家族は――シーサイド家が潰れるような事にはならないように、誠心誠意、謝罪するつもりだったのだ。
「ロミオさん、どうぞ椅子に座ってください。
デザートを食べながら、私達の今後についてお話ししましょう?」
「は…はい…」
ラランナに促されて、ロミオはゆっくりと席に着いた。
彼は内心ビクビクしていた。
ミスをして取引先に謝罪に行った時にも感じたが、緊張から腹の底が冷えていくような感覚はいつになっても慣れることはない。
対するラランナは、着席するとデザートのアップルパイを口に運び「あら美味しい」と微笑んだ。
「お料理も美味しかったけれど、デザートも美味しいです。素敵なお店に連れてきて頂き、ありがとうございます」
「はっ……はい。気に入って頂けたのなら、良かった…」
「ふふっ。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。
婚約の解消については、両家にとっては残念なことでしょうけれど、私個人としては問題ありませんわ。
…私にとってロミオさんは、良き友人だと思っておりますし――失礼ながら、私は貴方に恋をしていなかったので…」
「…」
「ただ…問題なのは両家の契約についてですね」
「はい…。業務提携は、元々は私達の婚約が無くても成立するもののはずですが…心証的に良くない影響を与えてしまうでしょう…」
「そうですね…。とはいえ、会社のためにロミオさんがご自分の気持ちに蓋をして――我慢してまですることでもありませんわ」
「我慢だなんて…」
そんなことはない、とロミオには否定出来なかった。
「…ちなみに、ロミオさんの心を射止めたのはどのような方なのですか?」
「えっ」
唐突な質問に、ロミオは狼狽えた。
「ただの興味本位ですので、無理にお聞きしようとは思いませんが」
「いえ…そう、ですね。貴女には聞く権利があります…」
聞く権利は別に無いと思うが。
口には出さず、ラランナは静かに彼の言葉を待った。
「…以前、ラランナさんのお宅にお招き頂いた時にお会いして以来ずっと、気になっていたのです…」
(私の家っ!?)
ロミオを初めて自宅に招待したのは、婚約して半年が過ぎてからだった。
そこから何度か招待している。
彼を招待したときに家にいたのは、ラランナ、両親、2歳下の弟リオンと、5歳下の妹エミリー、それからお手伝いのポピーとカトレアだ。
(ポピーとカトレアは多分違うわよね。どちらも50歳を過ぎているはずだし、ロミオさんがよっぽどの年上好きなら別だけれど…。対象外とすると――つまり相手はエミリー!?)
5歳年下のエミリーは、姉の贔屓目にみてもとても可愛く、庇護欲をそそる。
ロミオが彼女に恋したというのならば、納得だ。
「それはもしかして…私の家族の誰か、でしょうか?」
「……」
ラランナの問いに、ロミオは頷いた。
やはりエミリーなのだ。
「そうだったのですね。
エミリーの気持ち次第ではありますが、もしうまくいけば――貴方と妹が婚約することになれば、両家の関係にヒビは入らないかと思います」
婚約はしているが、入籍日や具体的な式の日取りなどは一切決まっていない。
婚約を解消するなら今のうちだ。
婚約者の妹に懸想した男。
妹に婚約者を奪われた女。
姉の婚約者を奪った女。
もし解消した後でロミオとエミリーが新たに婚約を結んだ場合、周囲から色々と言われるかも知れないが、気にしなければ良いのだ。
ラランナは婚約してからの2年間で、ロミオが誠実な人であると感じていた。
彼ならばきっと、愛する人を大事にしてくれるだろう。
彼が妹の夫となることに反対はしない。
うまくいくかは、あくまでもエミリーの気持ち次第だが。
1人で納得し、どうやって両親を説得するかに思考を巡らせていたラランナに、ロミオが言った。
「…違うんです…」
「え?」
「私が好きなのは……リ、リオン君…なんです…」
ラランナは開いた口が塞がらなかった。
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