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第4章 いろいろ巻き込まれていく流れ

92話 ワガママと笑顔と涙と③

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「おっと、話が逸れてしまったね」

 ダンジョン談議が落ち着いたタイミングでビービーさんがそう言い、シジル様がギクッとする。
あわよくばダンジョン談議で終わらせようとでもしてたんだろう。

「シジル、美味なる食事に心を魅かれる気持ちはわからんでもないさね。でもね、今のあんたの立場を考えてみなよ」

「はい……」

「あんただけじゃない、あたいやオイだって同じさ。あの頃は自分達の思うがままに冒険ができたけど、今のあたいらには守るべきものがたくさんあって、守るべきものの規範とならなきゃいけない立場なんだよ」

 ビービーさんの言葉に脱力して俯くシジル様。
少しの間を空けて、小さな声で呟いた。

「……お金はありませんでしたけど、あの頃は楽しかったですね」

「あぁ、そうだねぇ。あまりにも金がなくて、安宿の狭い部屋でみんなで雑魚寝したこともあったねぇ」

「魔物が近くにいない時には、屋台の宣伝をしたりして食べ繋いだこともありましたね」

「喉が擦り切れるぐらい大声で店の宣伝をして回ったね」

 今は2人とも立派な職に就き高い立場にあるけど、かつてはそんなことをしていたのか。

「覚えてますか? 討伐依頼に失敗して違約金を払うことになって、安い飲み屋さんで少しのお酒を分け合って飲んだ日のこと」

「忘れやしないさ。どんなに簡単そうな依頼でも、イレギュラーなことが起これば危険だってことを、文字通りこの身に刻むことになったからね」

「安い飲み屋さんの安いお酒、しかも分け合って飲んでるから量もそんなにないのに、オイさんが悪酔いして隣の席の冒険者に絡んでしまって」

「リーダーとして忸怩たる思いだったんだよ、あいつも。それを隣の席のひよっ子達が揶揄うもんだから、ありゃあしょうがないさね」

「……あの頃の雰囲気を、わたくしはもう1度味わいたいと思ったんです」

「シジル……」

「あの頃は好きな時に好きなお店に行って、好きなだけ飲んだり食べたりしていましたよね。先日、かつての日々のことを夢に見たので、ワガママな思いが膨らんでしまったのです」

 するとシジル様は、壁際でずっと黙って控えていたイルーノ様を振り向いた。

「イルーノさん、ご迷惑をおかけしました。わたくしのワガママはここまでにしますわね」

「……心中お察しいたします」

 ただ一言だけ返したイルーノ様にニコリと微笑み、シジル様は俺達に向き直った。

「ジョージ様、ビービーさん、この度はわたくしのワガママのためにご足労をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした。これからは今までどおり職務に励みます」

 笑顔で述べたその言葉があまりにも強い意志と、どうしようもない諦めを孕んでいたため、俺とビービーさんは無言で席を立ち、イルーノ様も俺達に続いて退室する。

 退室後、応接の中から小さく響いてきた嗚咽から逃げるように足早に教会を後にした。
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