それはたった一粒の宝石

そらいろ

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――それは一日一粒のご褒美だ。


 カラン。と鐘の音と共に現れたのは、近所にある高校の制服を着た男の子が一人。

「いらっしゃいませ」

 ニッコリと微笑んで迎えるのは、このパティスリーのオーナーである水城 香(みずき こう)。
 郊外の賑わう街中の外れにひっそりとあるこの店は、アンティーク調のお洒落な見た目で稀に雑貨屋さんと間違えられる。ぱっと見、重厚感のある扉を押せば、意外と軽くすんなりと店の中に導かれてしまう。店内は、キラキラと輝くお菓子達が店の何処を見渡してもお客様の方を向いて、どうぞどうぞと奥まで迎え入れるかのように陳列されていた。
 真正面。一番に目を惹く大きなショーケースの中には、水城が自らの手で作ったそれはきらびやかなガトーがキチンと並べられて、お客様のお迎えを静かに輝きを保ち待っている。

「本日はどちらに致しますか?」

 金髪で長くサラサラな髪を一つに結い、身長もそこそこ高く鼻筋も綺麗に通り、容姿端麗なオーナーの水城は近所のマダムからも密かに人気で、彼に会う為に店へ訪れる人も少なくはない。

「んー……」

 今、店内は男子高校生が一人。小柄でまだ何にも染まっていない黒いストレートの髪は短髪なのに前髪は目に掛かりそうな程長く、右の目元にホクロが一つ。瞳は大きく茶色い。
 彼は学校のある日、つまり平日の月から金は毎日欠かすことなく放課後にこの店を訪ねてくる。

 その目的はただ一つ。

「じゃあ……今日はこの『カシス』を一粒」

 その指先が示したのはガトーの並ぶ左隣。客の彼から見ると右隣にある、またもう一つのショーケースの中にガトーの数以上にずらりと並ぶショコラの数々だ。

「かしこまりました。お包みしますね」

 注文はその一粒のショコラだけ。
 それは彼の決まり事。
 放課後に毎日訪れては、水城の作るショコラを一粒だけ買う。それ以外の注文をしているのを見た事が無いし、ガトーや焼き菓子を買った事も無い。
 ただ、ショコラをいつも一粒だけ。もう半年間続く決まり事だった。

「さ、どうぞ」

 会計も終わり、水城は小さな紙袋を手に持てば早々にお店の扉を開けに向かい、お客様である彼をお見送りする体勢に変わる。

「いつも本当にありがとうございます。またお待ちしております」

 彼が来店してきた時、いやそれ以上の笑顔を添えて紙袋を渡す。

「ありがとう、水城さん」

 水城の手から大事に両手で紙袋を受け取った彼は嬉しさが表情に漏れていて、水城の鼓動を大きく一回跳ねさせた。

「ありがとうございました」

 キチンと分離礼でお辞儀をし、その彼の背中が遠く見えなくなるまでお見送りをする。

「よっしゃ、今日も来てくれた……!」

 店に戻ると、綺麗な顔は一気に崩れニヤニヤと笑みを浮かべながら一人小さくガッツポーズをする。その後は鼻歌なんて口ずさんだりルンルンで仕事を再開した。
 水城はその年下の可愛い彼に、実は密かに恋している。
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