あんたは俺のだから。

そらいろ

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「幸せって、なんなんだろうね」

 朱斗はポツリと言葉を吐き出す。

「笑えたら幸せ。好きなものを食べたら幸せ。素敵な景色を見れたら幸せ。この世の中にいろんな幸せがあるのは知ってる」

 結埜を見続ける。
 自分は彼の恋人でないと目で訴えるように。

「でも、俺は……今は辛い。好きな人の側に居られないから。声は聞けるのにそこに居ない。今が辛くて幸せと思えていない」

 朱斗はいつだって樹矢を考えている。

「結埜さん。結埜さんがずっと辛いのは、お別れが出来なかったからなんじゃないかな。この先も一緒に過ごせると信じていたものが壊されて、崩されて、受け入れられない」

「けど……」

 朱斗は結埜の手を取り、添えられていた頬からゆっくり遠ざけ話を続ける。

「けど、巡さんも同じ気持ちだと思うんだよ。好きだったら、愛してるんだったら、相手も同じように思ってるに違いない。それは分かってるんじゃない?」

 静かに泣く結埜は、まだ朱斗に巡を重ねている。涙で揺れている真っ直ぐな結埜の瞳。彼は自分の愛した彼でないと頭では理解しているのに、やっと触れる事が出来た手を離せなかった。
 離せば戻れない後悔が更に積み重なり、もう結埜自身が生きていく事を辞めてしまいたくなりそうな予感がしていた。

「お願い。巡。俺の名前を呼んで……。嘘の思いでもいいから、好きって言って欲しい」
「……」

 強く握られた手が震えている。嘘でも思いを信じたいのか、まだ事実を受け入れられない恐怖なのか朱斗には分からない。

「ごめん……。俺は須藤朱斗だから……言えないよ」

 朱斗はゆっくりと腫れ物を扱うように優しく手を離した。

「巡……会いたいよ、巡」

 もう亡くなった彼を思う気持ちが心に痛いと朱斗は苦しくなる。無数の釘が刺さり続けて、身動きが取れなくなる様なまさに生き地獄だと痛感する。

(俺も、樹矢に会いたい……)

 会いたいと言っても彼らの恋人には会えない。
 今は会えない。
 もう二度と会えない。
 あまりに意味が違っている俯く二人の思いに、運命って残酷だと誰かが告げているようだった。

「二人がどんな風に過ごしてどんなカップルだったかは分からないですけど、きっと巡さんは幸せだったと思いますよ。こんなにも思ってくれている恋人が居るなんて、俺だったら死ぬ直前でも幸せだったなと真っ先に思えます」

 離された両手を結埜は強く握る。

「人を愛するって凄いパワーですよね。結埜さんの今の俳優生活はもしかすると巡さんが見たい景色だったんじゃないかな。メディアで活躍する今の結埜さんを誰よりも近くで見守ってくれている。そんな気が俺はします」

 かつての巡の言葉を結埜は思い出す。

『結埜のファン一号は僕だからね!絶対!誰にも譲らないんだから』

 口角が少し上がった。
 全く見向きもされなかった結埜がやっと手に掴んだ夢。その夢の続きを巡と歩むことは出来なかった。望むものをどちらも手に入れて生きることは許されなかった。

「朱斗くん」
「なんですか」

 結埜は深い深呼吸をし、何かを決意したかのようにまた強く手をぎゅっと握った。
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