あんたは俺のだから。

そらいろ

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淘汰-touta-4

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 母親の名前は知っていてもあまり見る機会が無い為そこに居るという実感が感じない。なら扉をすぐに開ければいいのにそれが出来ないのは何故だろうか。
 朱ちゃんが握る左手と反対の手が震えてくる。
 冷や汗は出ないものの、全身の体温が下がりその場に凍った雪像になったかの様に動けないでいた。

 握られていた手に力が入れられると、コンコンと言う音のした後、ただ白い壁しか映らなかった視界だったのに、扉が開かれ一気に視野が開放された。

(何も、してない……)

 それは朱ちゃんが一歩踏み出して扉を開けた為だ。俺の気持ちが伝わったのか、それとも踏み出せ無い事に呆れたのか分からない。
 常に分かる恋人の気持ちが、この時は読み取る余裕すら無くなってしまう位に自分を保つ事で精一杯だった。

「行くよ」

 真っ直ぐストンと心に落ちる。

 引かれる手に凍っていたなんて嘘みたいにすんなりと歩み出せた。

 部屋には、母親しかいない。
 カーテンの開いているベッドの上に、その姿はあった。
 真っ先に視線が合うのは、親子だからだろうか。

「樹……矢……?」

「……久しぶり、母さん」

 もう何年か数え切れない位口に出していない「母さん」の単語を声にした。反対に母さんは、最後に見た俺の姿と答え合わせをしているみたいだ。

「すっかり……大人な男性になって」

 そこで笑う母さんは、俺の人生で間違いなく初めて見た笑顔だった。

「楓くん。今日も来てくれてありがとう」

 申し訳なさそうに、楓に挨拶をして俺の隣に立つ朱ちゃんに会釈だけする。

「須藤朱斗さん。仲良いプロのカメラマンさんなんだ」
「カメラマン……?樹矢、あなた今何してるの?」

 知らなかったんだ。それもそうか。と対してショックでも無かった。知っていたら嬉しかった位で、かつては興味も無い息子なんだから、別に知らなくても良い。

「雑誌とかブランドのモデルをしてるよ」
「そうなの。知らなかったわ」

 母さんは自分自身の手を重ねて、視線を落とした。

「元気そうで良かったよ」
「そうね。楓くんのおかげよ」

 後ろの壁に凭れて立っている楓を見ると、首を左右に振っている。「そんなことない」と言うように。

「あ……あの、これ良かったら食べてください」

 朱ちゃんは持っていた紙袋を母さんへ渡す。母さんは、「あら、ありがとう」とあっさりと受け取り笑顔を見せる。

(こんなに、笑う人だったんだ……)

 初めて知る母さんの表情に俺は大人になったこの瞬間、母さんの事を知っていく。
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