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2章

【215話】

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 地上からリリィ・オブ・ザ・ヴァリーの気配が亡くなった事を魔王は魔界で感じ取った。

 リリィ・オブ・ザ・ヴァリーは魔王が唯一執着する存在。

 どんなに美しい悪魔も。
 どんなに頭が良い悪魔も。
 どんなに魔力が強い悪魔も。

 魔王は興味を示さない。
 魔王は天界の御使いリリィ・オブ・ザ・ヴァリー以外には興味を示さないのだ。

 リリィ・オブ・ザ・ヴァリーの香りに包まれて寝ていた魔王は覚醒する。
 一体自分が求める相手は何処に消えた?
 
 魔王はベッドから降りるとその白い体を正装で覆った。
 黒を基調とした正装。
 マントの留め金の部分の宝石は世にも珍しい青銀色。
 こんな色の宝石などこの世に存在しない。
 魔王が自ら作り出したのだ。

 魔王は黒と青銀の色を好む。
 己は雪の化身であるかのように白い髪と肌をしているのに。
 何故その色を好むかは分からない。
 これは魔王自身も分かっていないのだ。
 他者が分かる筈が無い。

 だがこの色を纏っていると、何か優しいものに包まれている気分になる。

 きっと、リリィ・オブ・ザ・ヴァリーがこの色を纏ったらさらに美しくなるだろう。
 その時は純白と銀糸とエメラルドをあしらった正装を着せてみたい。
 それはこれ以上なくリリィ・オブ・ザ・ヴァリーに似合うであろうから。

「つぅっ………」

 魔王は頭を押さえた。
 ズキン、と頭が痛む。
 一瞬意識を失いかけた。
 その瞬間、リリィ・オブ・ザ・ヴァリーによく似た黒髪に青銀の瞳の少女が微笑むのが見えた。

「ー--ッ!!!」

 魔王は叫んだ。
 その少女の名前を。
 叫んだつもりだった。
 だがそれは声に出なかった。
 少女の正体も名前も魔王は分からなかったからだ。
 ただその少女が酷く大切なものだと言う事だけが魔王には理解できた。

 夜の帳のような漆黒の長い髪。
 
 海面を照らす光が反射したかのような青銀の切れ長の瞳。

 あんな美しい存在を魔王は知らなかった。
 いや、思い出せなかった。

 知っている。 
 自分はあの少女を知っている。
 何故思い出せない?

『ワスレロ』

 何処からか思念が届く。
 声にならない声。
 頭の中にその声が響く。

『ソレハホロボスモノ…ヒツヨウナイキオク…………』

「…………黙れ」

『スベテワスレテスベテホロボセ』

「黙れぇぇぇっぇぇぇぇえぇぇっぇぇぇっ!!!」

 ガシャ――――ッン

 テーブルの上の水差しを腕を振るって落とす。
 意識の無い魔王が初めて荒ぶった声を上げた。
 何事かと執事が様子を見に来る。

「魔王様!大丈夫ですか!?」

「探せ!」

「な、何を、ですか…?」

「リリィ・オブ・ザ・ヴァリーをここに連れて来い!姿が似たものなど必要ない!あの者を、私の前に連れてくるのだ!一刻も早く!!」

 エメラルドの瞳がギラギラと輝いていた。
 ソレは狂気すら孕んだ光だった。

 頭の痛みも、思い出せない少女も、不愉快な思念も。
 リリィ・オブ・ザ・ヴァリーの存在があれば、あの香りに包まれてあの声で語りかけられたら全て忘れられる。

 この日、初めて魔界の全土に魔王が怒りで落とした黒い雷で命を落としたものが続出したと言う。
 
 そうして「魔王を怒らすべからず」と魔界の民は、魔王のその存在に憧れながらも恐れるようになるのであった。
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