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2章

【208話】

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「あぁ其方の香りはやはり私を安心させる…………」

 壁からにゅっ、と腕が出て来てリリィを拘束した。
 首筋に感じるサラリとした髪と寄せられた唇の感触と温度。
 そして吐息。

 はぁ、と大きくリリィの香りを吸い込んで、うっとりとそのエメラルドの瞳を細めた。

「「「「「「「御使い様っ!!」」」」」」

 この会議場はリリィが結界を張っていた。
 その結界をすり抜けれる者。
 並の悪魔では無い。

 会議室の誰も動けなかった。
 その存在がリリィの首を拘束していたから。
 その気になれば一瞬でその首を掻き切れるだろう。

 天界からの御使いであるリリィが失われるのは人類にとっては多大な損害だ。
 死なせるわけにはいかない。

 しかしリリィがこの会議場で1番の力を持っているはずだった。
 そのリリィが気付かれずに拘束され、その相手を誰が倒せるはずがない。

「また私に何か用か魔王?」

「「「「「「!?」」」」」」

 リリィの言葉に驚愕を浮かべる者たち。
 そしてその中で、魔王がまだ魔王としての自覚が無いのだと気付いた者が数名。

「いい加減私のモノになれ御使い。私は其方がおらんと眠れぬ………」

「知らん。嗅ぐな。匂いが減る」

「この香りをどうやったら我が寝室に持ち込めるのだろうなぁ………」

「人の話を聞け魔王」

「聞いているぞ。お前は声まで甘いのだな………」

「言うだけ無駄か、この色ボケ魔王が」

「いや、聞いている。もっと喋れ。其方の声は心地良い。波に揺られているようだ………」

「私はお前を楽しませるつもりはない。離れんならそれ相応の対応をとるぞ?」

「?」

 フッ、とリリィの姿が消えた。
 そして机を挟んだ反対側の壁際に立っている。
 短い距離の【空間移動】の魔術を使ったのだ。 

 上半身だけを壁から出している魔王は光をともさないエメラルドの瞳でリリィを見る。

「美しいな…それも何時かは損なわれるなら、いっそ今時を止めてしまおうか…………?」

「出来るならやってみるが良い」

「ふぅ、お前にその気がないのは分かっている。お前は人間に害を出すのを嫌う…ココで私と本気でやり合う気はない、だろう………?」

「分かっているのなら私の気分を害するな」

「怒る其方もまた麗しいな…………」

「本当に私の言う事を聞かないな魔王」

「いや?其方の声は耳心地が良い事この上ないのでずっと聞いていたいくらいだぞ…………」

「ではせめて会話をしろ」

「今しているではないか………?」

 はぁ、とリリィが大きく溜息を吐く。
 こういう時の魔王は交渉に限る。
 戦っても今は不利だ。
 それ相応の用意が居る。
 周りに被害も出したくない。

 魔王は自分に利がる事はちゃんと認識する。
 リリィの言葉は届かないが声は届くし香りを好む。

「コレをやるから今日は帰れ。でなければここで自爆してやるぞ?」

 リリィが懐から差し出したのは絹のハンカチーフ。
 白に緑の葉の刺繍がしてある。

「自爆は困る、な…ではソレで手を打とう…………」

 魔王はフワリ、と壁から出てリリィの元迄跳ぶとその身体を抱きしめた。

「あぁ、香しく心地良い………」

「抱き着いて良いとは言ってない」

「コレは貰うぞ………」

 魔王はリリィの手からハンカチーフを奪い取る。
 ソレを大切そうに鼻に近づけて、思い切り匂いを吸い込む。

「はぁ、これでまた数日寝れる、な………」

「何なら魔王城で永眠していろ」

「ソレが出来たら苦にはならぬのだがな…その時其方が横に居ればどれ程心地良いであろうなぁ…………」

「いいからはよ帰れ」

「御使い、それではまた数日後に、な………」

 そう言って魔王は霧となって消えた。

「あの、アレは………?」

 アーシュが目の前で起きた事を信じられないと言う眼で見ていた。
 他の大半も同じ目をしている。

「私は魔王に気に入られているのだ。なので私がそう死ぬことはないし、魔王が私が居る限り地上をむやみに攻めたりはせぬだろう。
地上に攻め入れば私は自爆すると脅してあるからな。それは魔王の望むところではない。
私は魔王にとって人質のようなものなのだよ。
だからこそ1番怖いのは私が魔界に行く時だ。地上に危害が及ばないよう、魔界で戦う事にするが、反対に魔王が力を揮いやすくなる。
その為に結界がどうしても必要なのだ。
私が居ない間に悪魔が地上でどう動くが分からぬのでな」

「了承しました御使い様。では結界の設置を取り急ぎ行います」

「あぁ頼むぞローズ国王」

 ローズの後ろに何か言いたげな目をしている『雷帝』とその妻が居た。
 
 先ほどの魔王の様子に思う所があるのだろう。

(何人かには説得が必要だな)

 それを考えると今から気分が重いリリィであった。
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