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【93話】

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 大聖堂の扉が開く。
 深紅のバージンロードを歩く白を纏った新郎と新婦。
 その場に居た物がほぅ、と溜息を吐いた。

 バージンロードは花嫁が父に引かれて歩き待っている新郎の手を取る方式ではなく、2人が同時に並んで入ってくるスタイルだ。

 仕方も無い。

 この世の何処に全能神の親代わりが出来ると言うのか。
 一応サイヒも提案したが皆に首を横に振られた。
 ローズに代役を務めて貰おうかとも思ったが、ルークが頑なに拒否をした。
 あれ程必死なルークを見るのは初めてかも知れない。
 サイヒはルークがローズに対抗意識がある事を知らないのだ随分と疑問に思った。

 ルークなら従来の結婚式の型に夢見てそうな物なのに、と。

 代案としてサイヒが待っていてルークがクオンに手を引かれるのも提案したが、これは頑なにクオンに拒否された。
 久しぶりにスタイリッシュな吐血を見る事となった。

 胸ポケットから取り出したハンカチを口に当ててガフッ、と血を吐き出す姿はいっそエレガントですらあった。
 サイヒも拍手した。
 ルークも拍手をした。
 マロンが慈愛の眼差しでクオンを見守っていた。
 そしてそっ、とハンカチを受け取った。
 ツーカーだ。
 きっとこの2人も良い夫婦になるだろう。

 モリリンがティーポーションをクオンに渡していた。

 すっかり悪魔組もクオンに懐いたものである。
 マロンに懐いているから伴侶(予定)のクオンにも懐いていると言った方が正解だが。

 ソレを抜いても悪魔組はクオンと意外と仲が良い。

 天界で仕事も斡旋して貰っているらしい。
 すっかり天界の政治の責任者をしているクオンである。
 適材適所と言うヤツだ。
 クオンは元々皇太子のルークの側近として事務仕事もしていたから仕事を回すものも上手いのだ。
 今やすっかり天人はクオンに心開いている。

 やはり私の心友だ、とサイヒが内心鼻が高いのは誰も知らない事である。

 口に出して言ったら「お前が仕事できる立場じゃないから代役だ」と文句を言われそうであるが。

 まぁそんな訳でサイヒとルークは2人でバージンロードを歩く事になった。

 雪の化身の様な純白の糸を纏ったルークはまごう事なき魔王を名乗るのに相応しい風格と美しさがあった。
 一応蕩けそうな顔を必死に取り繕っているから、当社比でキリッ、と見えるらしい。
 エメラルドの深い緑の瞳も潤むのを抑えている為、涼やかな印象を与える。
 初めてルークを見た天人たちは、流石は最高神の伴侶となる魔王なだけあると思った。

 王宮で普段から接している武官、文官たちは開いた口が塞がらない。

 何時もの乙女は何処に消えた!?

 皆心の声は同じだった。

 そしてサイヒ。
 ルークと同じ色を纏ったサイヒはまごう事なき美貌の女性であった。
 流石はウェディングドレス。
 ちゃんとサイヒが女に見える。
 普段の男らしさがしっかり鳴りを潜めて、誰が何処から見ても美女である。
 それも絶世の。

 こちらにも使用人やメイドたちは泡を噴く思いだった。

 何時ものフェロモン垂れ流しの男装の麗人は何処に消えた?

 サイヒの女っぷりに全メイドが泣いた。
 心の中で。
 流石に絶対神の挙式で泣くなどと言う暴挙は犯さない。
 不敬罪で捕まってしまう。

 だがメイド達は男装の麗人であるサイヒ達の熱狂的なフリークなのだ。
 サイヒの女装(?)が出来過ぎていて、何時ものサイヒが消えたようでメイド達は心の中で号泣していた。

 マリアベールに長いトレーンの上品なドレス。
 いつもは無造作に束ねられた髪は上品に高い位置で纏められている。
 流石に化粧嫌いのサイヒだが今日だけは別らしい。
 ガッツリ(と言ってもナチュラルだが)メイクされたサイヒの美貌たるや…。

 誰も声を出せなかった。
 
 ただただその美しい姿に溜息をもらす事しか出来ない。

 口角を上げ少しだけ弧を描いた唇が何とも艶やかだ。
 ラインをひかれた双眸はいつも以上に切れ長に見えるのに冷たさを感じさせない。
 纏められた髪は漆黒で、モノクロの中に美しく溶け込んでいる。
 そして青銀の瞳はステンドグラス越しに入ってくる光を受けて、海の水面のように揺れて見えた。

 誰もが想像する理想の花嫁像を超えた存在がソコにはいた。

 たった数十メートル。
 
 2人がバージンロードを歩いただけで時間が随分と止まっていたように思える。
 皆が息を無意識のうちに止めていたせいだ。
 それだけ魔王と絶対神の新郎新婦の姿は美しかった。

 神殿の主である大教皇も息を止めていた。
 サイヒに瞳で促されて自分の役割を思い出す。

 慌てて挙式の作法に入る。
 その後、式を滞りなく続いた。
 大教皇も何とか噛まずに式を進められた。
 正直サイヒの迫力に失禁する思いだった。

 念のため履いといてよかった紙の下着。
 20分の修羅場を耐え抜いた。
 大教皇は心の中でクオンに感謝した。
 嫌がる大教皇に紙の下着を履かせたのはクオンである。

 サイヒがきっちり姿を整えたらどうなるか想像が出来ていたのだ。
 流石は出来る男である。

 そうしてクオンの影の功労のお陰で式は終盤を迎えた。

 美しい新郎新婦の唇が重なる。

 割れる様な拍手が聖堂に木霊した。
 こうしてサイヒとルークの挙式は終わりを告げた。
 何とも濃い時間であった。
 倒れる者が出ないで良かった。
 あまりの2人の存在感の迫力に気を失いそうな夫人が居たりしたが、クオンがそっ、と割り込み式の進行を妨げないよう意識をしっかり持たせたりした。

 式の間中クオンは動いた。
 誰にも邪魔にならないよう、気配を殺し静かに動き。

 ルークは気付いてないみたいだがサイヒはしっかり視界の端でソレを認識していた。

 後でクオンに着飾ったマロンと密室で2人にしてやろうとサイヒはクオンの労を心の中で労った。
 実際に事を行動に移して、口から血を垂らしたクオンにサイヒが怒られるのはその後の話しである。
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