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【86話】

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「お兄様の悪阻が治って良かったですわ」

 ニッコニコの笑顔でマロンが料理を運ぶ。
 かなりの大皿に山盛りのオカズが乗せられている。

「うむ、気分も治ったし職場に復帰しようと思ったのだがな…ルークに止められた。心配性過ぎないか?」

「初めての出産だしルーク様も色々不安なんですよ」

「その言い方だとルークの方が産むみたいじゃないか」

 クツクツとサイヒが喉を鳴らして笑った。

「まぁお兄様よりルーク様の方が妊婦の立場が似合うとは思いますが…」

「うむ、私もそう思う。私に種が無いのが残念だ。妊婦姿のルーク、さぞや尊く愛らしいだろうな」

「クオンさんは似合いませんね」

「あれはザ、男と言った感じだからな。マロンは良い母親になりそうだ」

「お褒めの言葉有難うございますお兄様」

 フリフリエプロンのマロンが皿をテーブルに置く。
 ちなみに中央が回転する神話時代のチュウカと呼ばれる料理を食べる際のテーブルだそうだ。
 沢山の皿を置けるうえ、テーブルが回転するので遠くの皿にもすぐ手が届く。
 サイヒが気に入って自室に置いてあるのだ。
 これはサイヒが自室で食事を取ることが多いのも関係する。

 サイヒの部屋は広く、そこだけで人が暮らせる設備が整っている。
 厨房に風呂にトイレ。
 ダイニング(中華テーブルが置かれている)にリビングに書斎に寝室。
 どうやら元”全能神”が人と関わるのが嫌で自室で全部物事が行えるように部屋を設計した為らしい。

 ”全知全能”の能力は人の手の力を借りずとも十分な生活を行える。

 サイヒは自分で食事の用意をするより、他人の手料理を食べたい派なので必要ないと思われていた厨房だったのだが。
 意外な形で活躍する物だ。

 現在はマロンが厨房の主である。
 サイヒの為に3食+お茶の時間の仕込みに使われている。

 テーブルの上には何の祝いだ?と思われるほどの料理のりょうだがサイヒには問題ない。
 10人前以上はありそうな料理は全てサイヒの1人前の料理だ。
 ちなみに今日は洋食である。
 中華テーブルに洋食は不自然だが、まず中華の概念が皆無いので問題ない。
 サイヒは知っているが食事が美味しければ良いので問題ない。

 サイヒが妊娠してから寝る時以外はマロンと居る事が多い。

 ルークとクオンが仕事に追われているからだ。
 そして嫉妬の塊のルークはサイヒの傍に人を置くのを良しとしない。
 唯一許せるのはマロンのみ。
 そしてマロンは家事力がカンストしている。
 
 まさに適材適所。

 そして”お兄様至上主義”のマロンは喜んでその役割を受け入れた。

「だがマロン、お前も仕事が忙しいんじゃなかったのか?」

「えぇ、ポーション造りをこの所致していましたが現在は味の改良だけなので、夜にクオン様に試飲して頂くだけなのでそれ程大変では無いですわ」

「クオンにポーションの味見…それは何と言うか、適材適所だ………」

 何と言うかサイヒは言葉に困った。
 自分がクオンの胃を痛めているらしい自覚はあるようだ。
 あくまで”らしい”だが。

 ちなみにマロンの新開発したポーションのレシピは地上のスクワラル商会に卸される。
 天界でしか採れない材料は地上のもので代用するから品質は落ちるが。
 それでも欠損を治す、唯一のポーションとしてスクワラル商会の新作ポーションは大勢の冒険者から愛用されている。
 冒険者にとっては欠損を治すレベルの聖職者は数えるほどしかいないので、スクワラル商会のポーションは正に何よりも重宝するアイテムなのだ。

 家事に長け、手に職を持ち、癒し系のほんわか雰囲気の美少女。

 この妹分の少女が何時か自分の物じゃなくなるのを思うとクオンのケツを蹴りたくなる。
 クオンにしたら流れ弾半端ないが。
 まぁ心友のよしみで許してやる唯一の相手ではある。
 よその馬の骨にマロンをやる気は全然ない”お兄様”なサイヒなのだ。

「お、この肉美味しいな」

「天界豚のリブステーキです。美味しいですよね♡」

 全能神は命を美味しく頂く。
 神だが命を食しない訳では無い。
 神が肉を食べるのが禁止なら、世界中の生き物が草食になるだろう。
 自分が食べるから肉食を許しているのだ。

 世界と言うのは複雑だが理にかなっているから今と言うこの形をしている。
 サイヒはそれで満足しているのでソレを変える気はない。

 それよりもサイヒにとってはようやく食べれるようになった、マロンの手料理を平らげる方が優先事項なのである。

 30分ほどかけて30人前ほどの料理を平らげたサイヒは食後のデザートを楽しみに腹をさするのであった。
 全能神と言われても甘いものは別腹であるようだ。

 今日も天界は平和である。
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