上 下
66 / 294

【57話】

しおりを挟む
 コンコンコン

 扉をノックする。
 ここはアンドュアイスの執務室だ。
 サイヒの前でだけ幼児化を起こしたアンドュアイスだが、執務は日常通り続けている。
 元々仕事が出来る有能な男だ。
 サイヒと居る姿を見れば、皆が度肝を抜かれるだろう。

「入れ」

 短い返事が返ってくる。 
 その声は鼓膜を心地よく震わせるテノールだ。

「失礼します兄さん」

 扉を開けて入ってきたのは頬を腫らしたルークだった。
 頬を赤くはらしていてもルークの美貌は健在だ。
 若干、赤い頬が気になるが…。

「お前たちは下がっていろ。30分で話は終わらせる。ソレに合わせて戻っていくれば良い」

「「「御意」」」

 アンドュアイスの直属の部下たちが敬礼し、執務室を出て行く。
 美しい姿に王族の威厳、ソレはルークが憧れ続けたアンドュアイスの姿だった。
 だがすぐにソレがアンドュアイスの鎧なのだと思い知らされる。
 人払いしたアンドュアイスの表情は迷子の子供のようだった。

「ルーク、座ってて。お茶入れるから…」

 給湯室でティーパックを使い簡単なお茶を淹れる。
 王族であるのに無駄に高い茶葉を嗜んでいないらしい。
 時間の短縮にもなるので一挙両得だ。
 味は高い茶葉に格段に劣るだろうが…。

「お茶の味の保証は出来ないけどクッキーは美味しいから。クオンから貰ったんだ。クオンの彼女のマロンちゃんに貰ったやつだから、美味しいよ?」

 コテリ、とアンドュアイスが小首を傾げる。
 まるで幼い子の仕種だ。
 それを懐かしく思う。
 ルークを構っていてくれた、子供の頃のアンドュアイスの姿が重なって見えるからだ。

「頂きます」

「どうぞ」

 ニッコリとアンドュアイスが微笑む。
 幼い頃、ルークが大好きだった笑顔も変わっていない。

「ルーク、頬どうしたの?痛そうだよ、治さないの?」

「サイヒとマロンを怒らせてぶたれました。己の浅はかさが原因なので戒めに治していません。自然治癒を待ちます」

「サイヒが怒ったの?…僕のせいだよね……」

「違います!いえ、最初はそうですが…私がサイヒに乱暴を働いたから、当然の結果です……」

「でもルークが痛いのは僕が嫌だよ」

 アンドュアイスの手がルークの頬へ伸びた。
 そして心地良い温かさがルークの頬を覆った。

「痛みが…消えた……」

「簡単な【治癒】だから痛みを少し取るくらいしか出来ないけど…」

「いえ、有難うございます」

 そう言えば子供の頃、擦りむいた傷をアンドュアイスの法術で治して貰ったことがあった。
 あの頃から、この兄は何も変わっていない。

「僕が悪い事いっぱいしたから、ルークとサイヒが喧嘩しちゃったんだよね?僕がいなくなれば又仲直り出来る?」

「いえ、兄さんが居なくなったらサイヒは余計怒りますよ。”無垢な子供を虐めるな”と」

「僕、1番年上なのに…」

 しょんぼりと肩を落とすアンドュアイスに庇護欲が湧き上がる。
 この感覚をサイヒも感じていたのだと、ルークは今なら理解できる。
 こんな無垢な子供を放っておけるはずがない。
 ”利用されていた”なら尚更だ。

「兄さんは悪い子なんかじゃないです。クオンから渡されました」

 そう言ってルークが懐から取り出されたのは3つの黒い宝石だ。

「それは何?」

「兄さんに移植されていた魔石です」

「え、僕知らない…」

「サイヒが抜き取ったようです。【記憶封印】【思考浸食】【痛覚遮断】の3つの術が込められていたそうです。精霊眼を持つクオンが兄さんに時折黒い魔力残留子を感じていたのはコレが発動した時のようです。
兄さんは私を排除するように思考を侵食されていました。
でも私はこうして生きています。
呪に侵されながらも、兄さんは出来る範囲で全力で私の事を守ってくれていました。
ソレに気付かずに私はただ兄さんがサイヒの隣に居たことで憎しみを抱きました。
貴方に比べて何て己の醜い事か…自分で自分が嫌になります。サイヒに愛想をつかされて当然ですね」

 吐き捨てる様に言うルークの頭を温かい手が撫でる。

「ルークはイイ子。何時も頑張ってるイイ子だよ?サイヒはルークがイイ子って知ってるから、ルークの事を嫌いになったりなんかしないよ。
ルークはイイ子だし、サイヒはすっごく優しいから。
僕はルークもサイヒも好きだから、2人が仲良くしている所が見れる方が嬉しいよ?だからルークはサイヒにごめんなさいしよーね」

 笑顔でルークを慰めるアンドュアイスをどうして嫌う事が出来ようか。
 人払いした30分。
 ルークは空白の10年間を埋める様にアンドュアイスと語り合った。

「一緒にサイヒを迎えに行きましょうね兄さん」

「うん!ルークの隣にはサイヒが居た方が僕はすっごく嬉しいよ」

 アンドュアイスの言葉に、ルークは笑顔でその思いに答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【完結】国に勝利を齎して『お前とは結婚しない! 』と告げられるが、私は既に結婚しています

紫宛
恋愛
ゼファード帝国には、5人の将軍が存在する。 1人は剛腕のヴァイツ、 1人は魔炎のフェイド、 1人は竜星のシルヴァ、 1人は双剣のアルフィ、 1人は黎明のティルセリア、 その中でも、黎明のティセリアは女性で若く、平民から実力だけで将軍までのし上がった実力者。 今回、隣国との戦争で3年続いた戦争に勝利という終止符を打ち帝都に帰還した。 勝利を祝う為に、催されたパーティでこの国の第2皇子ゲイリオに『お前とは結婚しない!俺は聖女マリアリアと結婚する! 』と宣言されました。 続編を別のタイトルにて、執筆中。 本編ティルセリアとアルヴィスのその後~子供が出来るまで~。番外編として、ゲイリオ皇子のその後、マリアの過去、将軍達の日常、両陛下の秘密、等など投稿予定です。 よろしくお願いします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” 2話完結。 ごめんなさい、2話完結出来なかった……! 3話完結です。よろしくお願いします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” 素人作品です。 9月29日 ご指摘頂いた内容は、分かる範囲で修正させて頂きました。 ありがとうございましたm(_ _)m 同日19時 ご指摘頂いた内容、勘当、離縁について調べ直し、修正致しました。 あらすじでの名前の修正及び、誤字修正致しました。 ありがとうございましたm(_ _)m 10月1日 5代将軍→5大将軍、修正致しました。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea
恋愛
伯爵令嬢のフルールは、最近婚約者との仲に悩んでいた。 そんなある日、この国の王女シルヴェーヌの誕生日パーティーが行われることに。 「リシャール! もう、我慢出来ませんわ! あなたとは本日限りで婚約破棄よ!」 突然、主役であるはずの王女殿下が、自分の婚約者に向かって声を張り上げて婚約破棄を突き付けた。 フルールはその光景を人混みの中で他人事のように聞いていたが、 興味本位でよくよく見てみると、 婚約破棄を叫ぶ王女殿下の傍らに寄り添っている男性が まさかの自分の婚約者だと気付く。 (───え? 王女殿下と浮気していたの!?) 一方、王女殿下に“悪役令息”呼ばわりされた公爵子息のリシャールは、 婚約破棄にだけでなく家からも勘当されて捨てられることに。 婚約者の浮気を知ってショックを受けていたフルールは、 パーティーの帰りに偶然、捨てられ行き場をなくしたリシャールと出会う。 また、真実の愛で結ばれるはずの王女殿下とフルールの婚約者は───

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...