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【31話】

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「さてルーク。話す前に聞いておきたいことがある。お前は私の言う事が信じられるか?それがどんな話であっても、だ」

「無論サイヒを信じるぞ」

 ベッドの上で2人して正座で膝を突き合わせる。

「私がこの後宮に来た理由を知っているな?」

「後宮内ドロドロの愛憎劇、だったか?」

「そうソレだ。なので私は後宮内の至る所に【盗聴】の魔術式を仕掛けてある。もちろん【隠匿】の結界でバレないようにはしているぞ」

「【隠匿】だとか、そう言う問題で無い気がするが…」

「まぁその【盗聴】で聞き捨てならない話を聞いてな、いや、アレは話と言うのだろうか……?」

 顎に手を当ててサイヒが考え込む。
 そんな様も絵になるな、なんて思うのは乙女なルークだ。

「まぁ”会話”だとして、第2皇太子妃が部屋に男を連れ込んでいた」

「なにっ!?」

「そして事に及んで明け方までその嬌声を聞かされていた訳だ」

「つまりマカロ妃が不義密通をしていた訳だな?」

「意外と怒らないのだなルーク。お前の妃だろう?」

「あくまで政略結婚の相手だ。マカロはガフティラベル帝国の属国であるステルマ国の第2王女だ。年が近い事もあり私の妻の1人として選ばれた。そこに愛情は無い…と言うか私が愛してるのは……サイヒ、なのだが」

「最後の方が聞き取れなかったから、もう1度」

「いや気にするな!と言うか気にしないでくれ!!」

「まぁルークが言いたくないなら無理に暴きはせんが。で、だ。牛…じゃなくて第2皇太子妃は明け方まで男と楽しんでいてな、その声で寝られなかった」

「途中で止めようとは思わなかったのか?」

「止めようと思ったのだが聞き捨てならん言葉を聞いてな。第2皇太子妃は相手を”アンドュアイス様”と呼んでいた」

 ルークの目が見開かれる。
 表情も抜け落ちる。
 そうすると丹精込められて作られたビスクドールのようだ。

「何で…兄さんが……」

「クオンもアンドュアイスを疑っていた。話を聞く分に私も彼がルークの命を狙っていると思う。ルークが死んで1番得をするのはアンドュアイスだからな」

「でも兄さんは何時でも私に優しくて、ずっと隣で支えてくれていると言ってくれていたんだ……」

「それが本心とは分からない。優しい顔した奴が平気で嘘をつくこともある」

「嫌だ、兄さんが敵なんて、私は嫌だ!!——————ッ!!」

 ルークの顔が蒼白に染まる。
 呼吸がだんだん荒くなる。
 ドサリ、とベッドの上に体が崩れ落ちた。
 口をはくはくと動かせて、胸と首に手を当て必死に酸素を求めている。

「ルーク、息を吸うんじゃない!息を吐くんだ!!」

「———————————ッ!!!」

 虚ろな瞳でルークが手を伸ばす。
 その手をサイヒが握る。

「仕方ない、許せルーク!」

 :::

「今日はお兄様もルーク様も遅いですわね」

「もしかしたらサイヒの部屋にいるかもしれない。俺が見てきます」

「有難うございますコーンさん」

「いえ、俺も速くマロン妃の作った菓子を嗜みたいので。では行って来ます」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 頬を僅かだが上気させてクオンがマロンの厨房から出ていく。
 その後ろ姿を見送ったマロンの頬も若干赤い。

(行って来ますの挨拶なんて、何だか新婚さんみたいじゃないですか?私が大きく受け止め過ぎているだけなのでしょうか?)

 サイヒの部屋への行き道でクオンは耳まで赤くなっていた。

(行ってらっしゃいませ、行ってらっしゃいませーーーーー)

 マロンの”行ってらっしゃいませ”が耳から離れない。

(妻に見送られる男と言うのはこんな気分で仕事に出向くのだろうか…)

 ようするに似た者同士なのである。
 相性はばっちりだ。
 後は本人たちが自覚するだけなのだが、敬愛する主とお兄様と同じく、激鈍な2人にはまだ時間がかかるだろう。

 宦官用の宿舎に来たが、何と言うか後宮の中でもここだけ男くさい。
 モノが取られている分、男らしさとは無縁のはずだが。
 やはりモノが無くても心に一物を抱えた者たちはむさ苦しいのである。

 あまり長居はしたくないと思いながらもクオンはサイヒの部屋についた。
 鍵がかかっていないのは知っているので扉を開ける。
 本来なら【隠匿】の魔術で中の様子は分からないのだが、哀れな事にクオンには”精霊眼”と言うモノが備わっていた。
 【物理結界】で中には入れないが、中の様子は良く見える。
 昼間だからなおさら良く見える。
 クオンの目の前で。

 サイヒがルークをベッドに押し倒し深い口付けをしていた。

「な、ななな……」

 クオンは膝から抜けそうになる力を必死に堪えて、扉を閉めてマロンの元に戻った。

「コーン様、お2人はいましたか?」

「少し取り込み中の様です。もう少し時間がかかるんじゃないでしょうか……」

 クオンの瞳は死んでいる。
 胃がキリキリと痛むため猫背気味になり、腕で腹を抑えて何とか痛みを堪える。

「コーン様、また胃痛ですか?」

「お恥ずかしい事に…」

「ではすぐにポーションを用意しますので、そちらのソファーに横になっていてください」

 言われるままクオンはリビングのソファーに横にならせて貰う。
 マロンの部屋は甘い匂いに包まれている。
 宦官の宿舎とは大違いだ。

(殿下が匂いに拘る気持ちが分かった気がする…俺は殿下程変態ではないが……)

 甘い香りと柔らかなソファーの誘惑に耐え切れずにクオンはそのまま眠りに落ちた。

 :::

 苦しむルークの口をサイヒは己の口で塞いだ。
 鼻も摘まむ。
 コレで空気は吸えないはずだ。
 
 ルークの症状は過呼吸症候群だとすぐにサイヒは気づいた。
 だが顔にかぶせる程の丁度良い袋が無かったのだ。
 なのでサイヒは口で口を塞ぎルークが呼吸出来ないようにした。

 最初は足掻いていたルークも徐々に落ち着きを取り戻す。
 サイヒの唇がルークから離れた。
 ルークは涙目になっており、目尻が少し赤みがかっている。

「落ち着いたか?」

「サイヒ、今のは…?」

「あぁ過呼吸症候群だな。酸素を吸い過ぎてなる症状だ。強いストレスを受けてなることも少なくない。本来なら紙袋などを顔に被せて酸素を吸い込まない様にするのだが、適度なモノが無くてな。悪いと思ったが呼吸できないよう私が口で塞いでしまった。まぁ救命行動だからキスにカウントしなくても良いだろう」

「キス、キス2回目…サイヒと2回もキスしたんだ私……」

 ぽけ~と胡乱な瞳でルークの頬が赤くなる。
 サイヒの言葉が頭に入っていないようだ。

「それにしても、随分とアンドュアイスに懐いている様だな。流石にそこ迄とは思わなかったから嫉妬するぞ私でも。ルーク、お前は私の半身だ。余所見はするな」

 ルークの服の襟元を寛げ、その白い首を露にする。
 そしてサイヒはルークの首筋に唇を寄せて。

 チュゥ

 強く吸い付いた。

「んん、いたっ!」

「うむ、上手く付いたな」

「何がだ?」

「ルークが私のモノだと言う所有印だ。消える頃には又付ける。常に私の所有印を付けておけルーク。お前の1番が誰か忘れないようにな」

 熱の籠った青銀の瞳で目の奥を覗きこまれて、ルークは玩具の様にコクコクと首を縦に振った。

 その後、目を覚ましたクオンがルークの首の跡に気付き、胃痛で再び倒れたのは言うまでもないだろう。
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