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【2話】

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 後宮の裏通りを歩いてサイヒは目的地に向かっていた。
 サイヒの目的地は野良の猫が良く集会を開いている、少し開けた場所だ。
 裏通りなので滅多に人はこない。
 はずなのだが…。

「キャァァァァッ!」

 甲高い悲鳴と共に少女が木から落ちて来た。
 とっさにソレをキャッチする。

 随分と贅沢そうなドレスを着た愛らしい少女だった。

 受け止めて即座に地面に落とす。

「いった~い!何をなさるのですか!?」

「いや私が一旦受け止めてやったからその程度で済んだのだろう?礼を言われるならまだしも文句を言われる由縁はないぞ」

「うぅぅぅぅ…」

 15歳ほどの少女だ。
 涙目で悔しそうに睨みつけてくる姿は見る者が見れば嗜虐心を擽るだろう。
 だがサイヒにそう言った趣味はない。

「何でアンタみたいな位の高そうなお嬢さんが木に何て登っていたのだ?」

「子猫ちゃんが木の上に登って降りられなくなったから助けようと思って、まさか枝が折れるだなんて想像もしていませんでしたわ」

「いや、猫ならともかく。アンタの重い体重を支えられる枝の太さじゃないだろう?少し考えれば分かるだろうが。もう少し自分の体重の自覚を持て」

「な、ななななな…私は、太ってなどいません!!」

 先程まで泣きそうだったが一転して怒りの表情。
 どうやら体型にコンプレックスがあるらしい。
 十分に華奢であるが、胸は年の割には大きい方だ。
 大変男好きする体である。
 まぁソレを伝えてやる義理はサイヒには無い。

「まぁアンタがデブなのかどうかはどうでも良いが、折れた枝が不憫だな」

「話聞いてるのですか!?」

「聞く気が無いから喋らなくても大丈夫だぞ」

「~~~~~っ!!!」

 少女が地団駄を踏んでいる。
 この様子では大したけがは無いだろう。

 サイヒは折れた枝を手に取ると【浮遊】の魔術で宙に浮く。
 そのまま折れた枝の根元に枝を押し当てて【治癒】の法術を施す。
 見事に枝は木にくっ付いた。

「す、凄い…貴方魔術師ですの?法術師ですの!?」

「いや、ただの宦官だ」

「ただの宦官がそんな事出来る訳ないじゃない!貴方何者なの?まさか他国からの密偵じゃないでしょうね!?」

 ニャン♪

 可愛い鳴き声がサイヒの足元で響いた。

「おー大丈夫だったか?何であんな高く迄登った?自分の限界を超えるのは良くないぞ?」

 ニャンニャン!

「あぁ成程。そこの女に追いかけられて怖くて登ったと。猫の言い分を聞くに悪いのはアンタらしいぞ?」

「あ、あなた猫と喋れるの!?」

「大陸は広いから猫と喋れる宦官の1人や2人いてもおかしくはない」

「いや、おかしいわよ!」

「まぁそれより、」

「それより!?」

「枝を折られたこの木にちゃんと謝罪をしろ」

「なんで私が木に何て謝罪しなくちゃいけないのよ!」

「植物だって動かないだけで生命活動をしているのだから生き物だ。その身を傷つけられて痛くないと言い切れるのか?随分痛かったらしいぞ、この木によると」

「あなたは植物とまで会話出来るとでも言うんじゃないでしょうね?」

「会話とはいかなくても意思の疎通は可能だ」

「おかしい!あなたおかし過ぎる!植物と意思疎通できる宦官が何処にいるのよ!!」

「目の前にい居るだろう?」

「そう言う意味じゃなくて――――」

 サイヒの視線が冷たいものに変わる。
 その冷たいオーラを一心に浴びせられて少女は体をカタカタと震わせた。

「神話時代で言う”ハンムラビ法”だな。目には目を歯には歯を、折れた枝には折れた腕を」

【フリーズ】

「!!!!」

 少女の体が動かなくなる。
 声も発する事が出来ない。

「さてこの腕をもいでみようか?コレなら木の心が分かるぞ。安心しろ、アフターケアで捥ぎ取った後はちゃんとつなぎ合わせてやる。少し痛いくらいだ。これで木の気持ちも分かるだろう?」

 少女の顔が青ざめるのを通り越して紙の様に白くなる。
 サイヒは少女の袖を捲り上げその腕の付け根を強く握り込んだ。

「*********!!!」

 少女の言葉は音にならない。
 涙がボロボロ溢れてきたがソレを拭う手段も無い。
 人を呼ぶことも出来ず、自らの足で走って逃げることも出来ず少女は産まれて1番の恐怖を感じた。

 ショロロロロロロ

 水が溢れる音がする。
 少女は上等な衣装を濡らし、尻の下に水溜まりを作っていた。
 そのまま白目を剥いて意識を飛ばす。

「まぁお仕置きとすればこの程度で良いか」

 少女のせいで折角の猫との憩いの時間を奪われてしまった。
 それに腹を立てながらも、もうすぐ昼食の時間だと腹時計が知らせるので少女を置き去りにしてサイヒは食堂へと向かった。

 食堂で食事を嗜む。
 うむ、今日の昼食も旨い。
 この後宮を選んで正解だった。

 サイヒは満足すると人型の紙に魔力を宿し、自分の姿そっくりの式神を作り出す。

「午後の仕事は頼んだ」

 式神はこっくりと首を縦に振り、今日の当番制の掃除の場所へと向かって行った。
 サイヒは【認識阻害】の魔術を行使し誰にも気づかれず自室に戻る。
 個人部屋なので誰かが来ることは無い。
 そこそこの柔らかさのベッドに横になり、サイヒは惰眠を貪った。

 :::

 チュンチュンと小鳥が鳴いている。
 どうやら今日は快晴なようだ。
 サイヒは身支度を整えると自室の扉を開けた。

「お兄様!」

 鈴を転がしたような愛らしい声が響いた。
 サイヒは周囲を見渡す。
 自分と声の持ち主しかいない。
 どうやら”お兄様”とはサイヒの事の様だ。

「昨日の小便娘…」

「ソレは言わないで下さい!」

「所でお兄様とは何だ?」

「あんな恥ずかしい姿を見られてこれからも他人だなんてあんまりです!お兄様は初めて私の事を諭してくれた御方。私は皇太子様の第3皇太子妃ですが心はお兄様に捧げます!」

 何か変なものに懐かれてしまった。
 テンプレの”お前、面白い女だな”はやっていない筈なのだが。
 まぁ”重い(体重的意味)女だな”はしたが。

「何かあったら何でも私に行って下さいね!私お兄様の頼みでしたら何でも致します!でもお兄様のような素晴らしいお方に私が出来る事なんて些細な事でしょうけど…」

 確かにサイヒは魔術と法術で大概のことは出来る。
 だが自分でやらなくても済むなら他人の力を借りる事は厭わない。

「では菓子でも強請ろうか?」

「はい、でしたら今日の茶会からお兄様をお誘いしますね!私、他の皇太子妃とのお茶会にはうんざりでしたの。今日からは私の部屋で毎日お兄様とお茶会開催いたしますわ♡」

 事が大きくなっている気もするが、サイヒにとってお茶会で得られる情報も多いだろう。

「あぁ楽しみにしている」

「はい!でしたらまた午後にお兄様を誘いに来ますね!」

 傍仕えのメイドとキャッキャッと騒ぎながら少女は立ち去っていった。
 どうやらサイヒはこれから毎日美味しいお茶に有り付けるらしい。

「そう言えばあの娘の名前も知らないな」

 まぁ第3王妃候補なら後宮の誰でも知っているだろう。
 深く考えずサイヒは今日の朝食を取りに食堂へと向かった。
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