上 下
132 / 257

《106話》

しおりを挟む
 その豪奢なベッドで寝ているその人は、あまりに細く力なかった。
 生気を感じられない。
 体中痛いのか寝返りすら打つことも出来ず、背中は褥瘡(床ずれ)がいっぱいに出来ていた。
 若いころには戦王と呼ばれ、猛々しい男らしさを兼ね備えた皆の憧れた姿はそこには無かった。

 ヒューヒューと呼吸すらも苦しそうで、セブンたちが部屋に入って来たのも気付いていないようだった。

「王様、街で評判の医者を連れてきました」

 宰相の声で王の意識がセブンに向けられた。
 そしてその双眸が見開かれる。

「******」

 その声は小さく誰にも聞き取れなかった。
 だがセブンだけは何を言ったのかわかった。
 口の動きで。
 よく見た口の動きだった。
 己の名を呼んでくれた時と同じ動きをその口はしていた。

 ”アシュバット”

 確かに王はセブンをそう呼んだ。

 体に震えが走る。 
 まだ自分を覚えていてくれていたのだと。
 姿も色も変わっているのに自分に気付いてくれたと。
 嬉しかった。
 だが素直に喜べなかった。
 病床の母の姿を思い出したから。

「私は平民街で診療所を開いていますセブンと申します。こちらは助手のサラとナナ。少しお身体を伺います」

 セブンはサラに手伝わせながらてきぱきと診察を始める。
 体位を変える度、王は苦しそうだった。
 声を上げないのはここで自分が苦しんでいる姿を見せたら宰相がセブンを追い出すことが目に見えていたから。
 それを病床の身で即座に判断できる当たり、まことに賢王であると言えた。

「ナナ、麻酔を」

「了解よドクター」

 ナナが王の額に手を添える。
 そこから快楽ホルモンを流すのだ。
 これで痛みが軽減される。

 その間にセブンは採血を行い、簡易キットでその数値を見る。

 そして最近の状態を国王専属医師から聞く。

 セブンが奥歯をギリッ、と食いしばった。
 険しい目をし、一瞬で普段の医師の顔に戻る。

「王様の病気は白血病の疑いがあります」

「な、白血病だと!?」
 
 国王専属医師が驚きの声を上げる。
 初めて見るのであろう。
 稀な病気だ。
 診断を下せる医師のほうが当然多い。

「何だ白血病と言うのは?」

 宰相が口を挟む。
 それにセブンは医師の顔で答えた。

「白血病の症状は、骨髄中の白血病細胞が増えることで正常な血液細胞が作られにくくなることや、白血病細胞が臓器に入り込み、臓器が腫れたりはたらきが悪くなることであらわれます。白血病の種類によっても少しずつ異なります。
急性骨髄性白血病や急性リンパ性白血病は進行が早いため、なるべく早く治療を始める必要があります。ただし、特徴的な症状はなく、風邪に似た症状にとどまることもよくあります。
一方、慢性骨髄性白血病や慢性リンパ性白血病では、白血病細胞がゆっくり増えるため、当初自覚症状に乏しく、健康診断などで白血球数の増加を指摘され見つかることもよくあります。
骨髄で増えた白血病細胞が肝臓や脾臓などの臓器に入り込むと、おなかの膨満感や痛み、骨や関節の痛みなどの症状があらわれます。
また、成熟しておらず、きちんと機能しない白血球が増え、正常な血液細胞が減ると、だるさ、息切れ、動悸、めまい、あざができやすい、鼻や歯茎からの出血、発熱、のどの腫れなど複数の症状がみられることがあります」

「確かに王様の病状と重なるな…」

 腐っても王宮医師だ。
 セブンの判断にプライドから否を唱えない。
 自分が見抜けなかった病気を年若いセブンが気付くなど医師としてのプライドは傷ついたはずなのに、この国王専属医師はそれでもセブンの言葉を受け入れた。
 自分のプライドより国王の体をいとうているのだろう。

「判断の決定打として骨髄検査がしたいのですが」

「あぁ必要だが…あなたはそれが可能なのか?」

 ディノートの技術では骨髄検査は出来ない。
 だがセブンの診療所は違う。
 クロイツから中古品とはいえ最新医療器具を買っているからだ。

「ウチの診療所なら骨髄液を調べられます。今日は骨髄の摂取だけして診療所に持って帰ります。分析が終わり次第すぐにお知らせします」

「了解した、国王様を頼む」

「サラ、手伝え」

「了解、です」

「ちょっと待て、その骨髄何とかと言うのは何なんだ?」

 宰相がいざやらんと言うときに口を挟む。
 はっきり言って邪魔な存在である。
 だが無碍にするわけにもいかない。

「骨髄検査は、通常腸骨に直接針を刺して骨髄血を採取する検査です。まずは、問診や血液検査で白血病の可能性が確かめられたのち、必要な方に行われます。
骨髄検査は、局所麻酔薬を注射してから行われますので、通常強い痛みを感じることはありません」

「ソレをすれば王様は助かるのだな?」

「まずは白血病でもどの種類化を特定しなくてはなりません。ですが、今出来る療法としては食事療法があります。
白血病などの血液がんでは、発症リスク軽減や、治療の効果がある食べ物は見つかっていません。
療養中の食事は、全身状態を良好に保ち、体力を維持することや、感染などを防ぐために、十分なエネルギーを補給でき、タンパク質、ビタミン、ミネラルといった栄養素をバランスよく含む食事をゆっくりと食べるように心がけることが大切です。
白血病の治療中、気になる症状があらわれたときに活用できる食事の工夫があります。
たとえば、体重減少が気になるときには、食べられるものを食べられるときにとるようにしてみましょう。油を使った少量でエネルギーの高い食品や、糖分の多いものをうまく取り入れてください。
食欲がなくなったときは、副作用の強い時期を過ぎれば少しずつ食べられるようになることが多いので、無理に食べなくてもよいでしょう。
食べる気になったときにすぐに食べられるように近くに好きなものを用意したり、食事の盛り付けや味付けの工夫をしたりといったことも有効です。
また、吐き気や嘔吐があるときには、刺激やにおいの少ないもの、冷たいものや、あっさりとしたもの、口当たりのよいもの、のみ込みやすいものであれば、食べやすいようです。
吐き気や嘔吐の原因によっては、無理して食べたりしない方がよい場合もありますので、国王専属医師様に相談してください」

「分かった、食事にも気を配るよう厨房にも言いつけておく」

「よろしく頼みます」

 宰相は詐欺でも疑っているのか怪訝な目でセブンを見ていたが、国王専属医師はセブンの知識の深さに己ではなくセブンに国王の命を守ってもらう事にしたらしい。
 王宮の中でも珍しい、差別も侮蔑もしない良い人間なのだろう。
 この医師が付いているなら国王も安心して任せられる。
 セブンは心の中でほっ、と息を吐いたのだった。
しおりを挟む
感想 945

あなたにおすすめの小説

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

王子様は王妃の出産後すぐ離縁するつもりです~貴方が欲しいのは私の魔力を受け継ぐ世継ぎだけですよね?~

五月ふう
恋愛
ここはロマリア国の大神殿。ロマリア歴417年。雪が降りしきる冬の夜。 「最初から……子供を奪って……離縁するつもりだったのでしょう?」  ロマリア国王子エドワーズの妃、セラ・スチュワートは無表情で言った。セラは両手両足を拘束され、王子エドワーズの前に跪いている。 「……子供をどこに隠した?!」  質問には答えず、エドワーズはセラを怒鳴りつけた。背が高く黒い髪を持つ美しい王子エドワードの顔が、醜く歪んでいる。  「教えてあげない。」  その目には何の感情も浮かんでいない。セラは魔導士達が作る魔法陣の中央に座っていた。魔法陣は少しずつセラから魔力を奪っていく。 (もう……限界ね)  セラは生まれたときから誰よりも強い魔力を持っていた。その強い魔力は彼女から大切なものを奪い、不幸をもたらすものだった。魔力が人並み外れて強くなければ、セラはエドワーズの妃に望まれることも、大切な人と引き離されることもなかったはずだ。  「ちくしょう!もういいっ!セラの魔力を奪え!」    「良いのかしら?魔力がすべて失われたら、私は死んでしまうわよ?貴方の探し物は、きっと見つからないままになるでしょう。」    「魔力を失い、死にたくなかったら、子供の居場所を教えろ!」  「嫌よ。貴方には……絶対見つけられない場所に……隠しておいたから……。」  セラの体は白く光っている。魔力は彼女の生命力を維持するものだ。魔力がなくなれば、セラは空っぽの動かない人形になってしまう。  「もういいっ!母親がいなくなれば、赤子はすぐに見つかるっ。さあ、この死にぞこないから全ての魔力を奪え!」  広い神殿にエドワーズのわめき声が響いた。耳を澄ませば、ゴゴオオオという、吹雪の音が聞こえてくる。  (ねえ、もう一度だけ……貴方に会いたかったわ。)  セラは目を閉じて、大切な元婚約者の顔を思い浮かべる。彼はセラが残したものを見つけて、幸せになってくれるだろうか。  「セラの魔力をすべて奪うまで、あと少しです!」  魔法陣は目を開けていられないほどのまばゆい光を放っている。セラに残された魔力が根こそぎ奪われていく。もはや抵抗は無意味だった。  (ああ……ついに終わるのね……。)  ついにセラは力を失い、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。  「ねえ、***…………。ずっと貴方を……愛していたわ……。」  彼の傍にいる間、一度も伝えたことのなかった想いをセラは最後にそっと呟いた。  

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

【完結】わたしの欲しい言葉

彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。 双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。 はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。 わたしは・・・。 数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。 *ドロッとしています。 念のためティッシュをご用意ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...