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《77話》

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「アーシュさん、起きて、です。ごはん、です、よ」

 サラが布団に包まったアーシュを揺する。
 イヤイヤするように枕に顔を押し付けている様が可愛らしい。
 思わずサラもこのまま寝かせてあげようかな、なんて気になる。
 大の大人がこんな仕種をして可愛いと思えるサラの脳みそはもう沸いてしまっている。
 恋は盲目だ。
 この光景をナナが見ていたらさぞや引いていた事だろう。

 「ドクターないわ~」なんて声が聞こえてきそうである。

 幸いこの場にはサラとアーシュしかいないので今の所問題はない。

「ん、朝?」

「はい、朝、です…」

「はよぅ…」

 チュッ

「ひゃぁぁぁぁぁあぁあっ!!!」

 枕とバイバイしたアーシュがサラの頬に口付けた。
 おはようのキスと言うヤツだ。
 だがサラにそんな経験は無い。
 そう言う事をする人たちが居るのは知っているが、実体験の経験は無い。
 
 おもわず悲鳴を上げて後ずさったサラは悪くない。

 だがそんなサラをアーシュは不思議そうに見ている。
 ベッドから動かない。
 枕を抱きしめているのが可愛い。
 サラにはそう見える。
 見えてしますのだから仕方ない。

「挨拶…しない……?」

 アーシュが己の頬をトントンと指で突く。
 どうやらサラの方からも朝の挨拶をしろと言う事らしい。
 この場合、朝の挨拶=頬へのキスのようだ。

「わ、わた、私から、き、きききき、キス、です、か!?」

 アーシュが目を瞑って、首を傾げサラがキスしやすいようにする。
 瞑った眼の睫毛が意外と長いとか、まだ微熱があるのか頬が赤みをさしているとか、サラはそんなところばかり目が行ってしまう。
 首筋も綺麗だなぁ、とか見惚れてる場合ではない。
 今は挨拶をすべきなのだ。
 アーシュは朝の挨拶を求めているのだから。

「むぅ……」

 頬を膨らませたアーシュがベッドから降りてサラの方へ歩いてくる。
 その距離僅か3歩。
 仕方あるまい、サラの家は狭いのだ。

「あ、アーシュ、さん?」

 チュッ

「ひぃぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ゴテン

「!?」

 サラが気を失った。
 ゴテンはサラが床に頭をぶつけた音だ。
 サラが気を失うのも仕方なかった。
 
 おはようのキスが貰えそうにないと思ったアーシュが違う物を貰ったからだ。
 いや、奪ったとも言う。

 アーシュはファーストだけでなく、サラのセカンドキスまで奪ってしまったのだ。

 急に寝てしまったサラにアーシュは上布団を掛ける。
 アーシュは寝たと思っているのだ。
 今のアーシュの精神年齢は3歳程度。
 熱で完全に幼児帰りを起こしている。
 寝てしまったから布団をかけてやろうと、幼い精神ながら思ったらしい。
 正確には寝たのではなく気絶したのだが、今のアーシュにそれは分からない。

 そしてサラに布団をかけるとテーブルの上のスープが目に入った。

 キュルルルルルルル

 アーシュの腹の虫が鳴く。
 なのでアーシュは本能のまま椅子に着席し、スープを召し上がるのだった。
 2つ置いてあった皿、両方の中身を空にする。
 体が体力を回復させるものを求めているのだ。
 サラが作ったスープはアーシュの舌を納得させるものだったらしい。
 皿を空にして、アーシュは満足そうにお腹を撫でる。
 そして満腹になったら次は眠けが襲って来た。

 ベッドは1つ。
 上布団はサラが使っている。

 アーシュは考えた。

 ベッドは動かせない。
 今の体力でサラも動かせない。
 そしてアーシュは結論を出した。

 枕を携えサラの横に横たわり、掛け布団を半分自分にもかけた。
 シングルなので体が出てしまう。
 出来るだけ2人とも布団に体が収まるようにサラをしっかり抱きしめて密着した。
 幼児がぎゅうぎゅうとお気に入りの縫いぐるみを抱きしめるように、サラの体を抱きしめる。
 サラの髪がサラサラとアーシュの頬を擽る。
 それが楽しいのか、アーシュはサラの髪を指で梳く。

「んん~…」

 その感触が気持ち良いのか、サラの寝顔が苦悶の表情から柔らかなものになった。
 それに満足したのか、アーシュはくふくふと小さく笑いながら睡魔が来るまでサラの髪を触り続けるのだった。
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