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006 保育園児
しおりを挟むキキィィイ、バタンッ
「たーだいまー」
「ただいまなのだー」
「ただいまです」
これまで物音一つもしなかった家の中で、3人の園児服をきた子供たちが玄関の扉を開けて来襲したそのときから、けたたましい喧騒がわき起こるようになっていた。
「、、、ああ、もうそんな時間なのか」
僕はそれまで読んでいた本を置いてから、ソファから立ち上がって首をコキコキと鳴らし始めた。
「今日は昨日のようにはいかないからな」
それから準備運動を行い筋肉をほぐし、手足をバタバタと動かしてこれを待ち構えた。
やがてドタドタドタと廊下を渡る大きな地響き音が玄関側から聞こえてきた。
「こらひまり! クツを脱ぎ散らかしたままにするのはやめなさいって昨日教えたはずでしょ! それと家の中を走るのはよしなさい!」
ママの怒鳴っている声が聞こえて来たが、足音のほうは一向に衰える気配はなかった。
「ニャッ! ニャニャ!」
近づいてくる音に驚き、リビングにいた猫のアトムとウランがその気配を察して、タンスの上に慌てて避難していた。
バン!
リビングの部屋の扉が勢いよく開いた。
「ましろん、みーつけた!」
日毬(ひまり)が扉を開けて僕を見つけると一目散に走りよってきた。
「ひまり。一応言うけど、走るとほんとうに危ないからね」
忠告をしたが無視されたようだ。いや僕と出会えた喜びの興奮で無我夢中のひまりには聞こえてはいないようだ。
僕はしかたがなしに、バッチコイ(どすこい!)とばかりにこれに構えを見せていた。
この行動はフェイントだ。ひまりのこの体当たりには僕の体がきっと耐えられないだろう。昨日の僕がまさしくそうだったのだから。そのせいでしばらくは気を失ってしまった。
お互い5歳児同士の体なんだから何を大げさなと思うかもしれないが、病気が元で成長がようやくに3歳児並みに追いついた程度の小さい僕にはひまりが暴走機関車のように映っていたのだ。
「ただい、、、」
きてる、まもなくくるッ!
バタバタバター
「、、、まーなのだー!」
(今だ!)
サッ!
ひまりが迫ってくる瞬間に足腰をバネのようにして、ソファーの脇へ体を転がり込んでみせた。
「え??? どこ?」
キキ、キキキイィー!
運動神経が抜群のひまりは急ストップをかけながら目で僕をとらえると反射的に体をひねって向きを変える。
ところが慣性に見合う抵抗力を得るのには体のほうが軽すぎるのか、そこでひまりはよろけてしまった。
トットット
よろけてなおも片足立ちでバランスをとるひまりに感心していたけど、我が家のリビングはさほどに広くはない。
ひまりの後ろ頭には運が悪くハイチェストの角の部分があって、このままで行くと頭にガツンとすることは明白だ。
「テンテコ!」
僕は急いで叫んで右手の指をパーからグーへと4本の指を動かした。するとひまりの体はそこで停止していた。
「テコリン!」
続いて肘上を後ろへ引くようにして動かすと、ひまりの体は僕の前へ瞬間移動して立っていた。
「あれれ? あたし、なんでここにいるのかな?」
ひまりは不思議そうにして自分の体のあちこちを確認していたがそれもつかの間、
「やっと追いついたわ。こらひまり、いつも家の中を走るんじゃないって言ってたわよね」
「うへぇ、、、」
ママがリビングに登場するとひまりの首根っこをつかんでお小言を開始し始めていた。
「ましろー大丈夫なの? また昨日みたいにのびたりはしなかった?」
そう言ってリビングにやってきたのは長女の花蓮(かれん)。
かれんはひまりの性格と行動をよくわかっていらっしゃる。
僕の前までやってくると、体に怪我は無いのかとあちこちと調べて気遣ってくれる。
「ただいまー、、、」
やや遅れてブスッとした顔でリビングへやってきたのは長男の朝陽(あさひ)。
「おや、どうしたの?」
僕がそう聞くとかれんがあさひに向いて、
「いつまでふくれてるのよ。あたしたちが仕返しをしてやったんだから、もういいじゃないの」
と事も無げにこれを話していた。ああーこれはまたいつものアレだ。
「だって、、、あいつら。僕のこと女みたいだってイジメて。でもかれんとひまりがやっつけたら、こんどは僕をひ弱っこ、ひ弱っこってまたいじめるんだ。ぼ、ぼく、もう保育園に行きたくない」
これは実のところママが悪い。
散髪屋さんで髪を切ってもらうときに僕たちは4つ子なので、ママはいつもまとめて同じ女の子カットの髪型にしてもらう。
これと加えて僕が言うとなんだけど、我が家の母方の家系には美男美女が多くて、ナヨナヨするあさひは男の子の間でもかなりういているらしい。
いろいろと不運なあさひ。
「ほらほら3人とも。外から帰ってきたらうがいと手洗いを忘れずにするのよ」
はーいと3人の子供たちは返事をすると、バタバタと洗面所に走っていった。
「走るのはダメ! まったくもう。子供が1人だけでも大変なのに4人もいっぺんにみるなんて面倒だわ」
ママはそう言ってため息をつくと、僕がいたことに初めて気がついて慌てたのか、
「ましろのことは別なのよ。オモチャで遊んだ後片付けはいつも必ず率先してしているし、ご飯のときも言われずに後片付けもできるくらいで、ママは本当に大助かりだわ」
と僕の頭をナデナデとしてくれた。
「どうも」
しかしママには思うところがあったのか、不憫そうな顔をして僕にこう言った。
「ごめんなさいね。本当なら保育園へ姉妹たちと一緒に行きたいと思ってるのに。こうしてここにひとりでいさせることになってしまって」
僕は保育園に行かなかった。体が弱かったことなども一つの理由だったが、情操教育というのなら必要はないと思ったからだ。
子供たちは用事を済ました後、オモチャなどを出していまではそれに興じているようになっていた。
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