25 / 108
本編
2-2
しおりを挟む
「俺が野田組の本家で育ったってことは聞いただろ。それまではこっちで親父と住んでたんだが、親父の独断で預けられることになった。確か、9才か10才か、それくらいだったか。まあ、なんだ。俺もまだガキだったし、親父に捨てられたような気になってな。恥ずかしい話だが……家出、をした」
「いえで」
「繰り返すな。まあ、今思えば外出くらいのものだったけどな。……その時、お前に会った」
結城の目が、俺を捉えた。『思い出せないか?』そう言われているように感じる。残念なことに全く覚えはない。
「お前が9才やったら俺は何才……あー、3つか4つだろ。何で会うんだよ?」
「お前は迷子だった。お父さんお父さんって泣いてたからな」
「それで? 迷子の俺に声をかけたんだな?」
「そんなことするわけねぇだろ。面倒臭い。お前が勝手に話しかけて来たんだ」
「はあ?」
「仕方なく会話してやってたら、お前に嬉しいことを言ってもらった。それだけだ」
話は終わったとでも言うように、俺の隣に座って俺を抱き上げた。慣れたように膝に座らせられる。
「俺は何を言ったんだ?」
「言わねぇ」
「何で」
「……それをお前に言ったら、絶対にお前は馬鹿にする。そしたら、俺の思い出がぐちゃぐちゃになるだろうが。他でもないお前に否定されたら、立ち直れねぇんだよ」
ギューっと俺を抱き締める腕がいつもより強くて、それが結城にとって良い思い出だったんだと思った。年齢的に覚えてないのも無理はないけど、ちょっと悔しいような気持ちになる。
「……お前が大学を卒業するまでだけでもいい。恩返しくらいさせろ」
「恩、返し?」
「それくらいに言っておかないと、お前は素直に受け取らねぇからな」
俺が気に病まないように、ってこと? 結城なりに気を回してくれたんだな。まあ、3才くらいの子供がそこまで素晴らしい言葉を発するとは思えない。しかも他でもない俺。絶対大したことは言ってない。
「でも……何で、今?」
「花月のことはずっと覚えてた。名前も、その頃の顔も、声も、くれた言葉も、忘れたことはない。ただ、また会えるとは思ってなかったし、実際会う気も本当ははなかった」
「けど会いに来た。だろ?」
「それもお前からだ。お前のバイト先だったとこのオーナーが、俺だ」
「はっ?」
「あれは俺の店で、マスターとして働いてんのは俺の部下。俺の気まぐれと、あいつの暇つぶしでやっているだけだ。そこへバイトさせてくれって言ってきたのが、お前。本当はバイトなんかいらねぇ」
「え……えー? けど俺……」
「履歴書を見たらお前だった。だから雇った。しばらく見守ってやろうくらいの軽い気持ちで、時給もシフトもいいようにしてやった。そしたら親父さんが死んだとか言い出すし、調べてみたら多額の借金まであるしで、さすがに放っておけなくてな」
…………つまり、俺が行っていたバイト先。めちゃくちゃ雰囲気がいいあの喫茶店。バイトの募集なんかしてなかったけど、駄目元で雇って欲しいって頼んだあの店が。
結城の所有物で。
知らずに俺はもう二年も働いてたのか。
「俺めちゃくちゃダサイじゃねぇかよ!」
大学に上がってから時給が1100円から1300円になって、22時からは1500円だった。とんでもなく好条件のバイトは、結城の計らいでしたか。そうですか。
「最初から俺は結城の手のひらの上だったってことかよ。かっこ悪すぎて悶えそう……」
「お前が身悶えしてんのは是非見たいところだが、全部俺が勝手にしたことだ。俺は、お前をしばらく見ていたかっただけで、今はそばに置いておきたいだけだ。金ばら撒いてお前を縛ってる。ダサさで言ったら、俺が一番ダサい」
「……俺の言葉が、そんなに、嬉しかったのか?」
「当たり前だろ」
「俺を助けてくれるくらいだもんな。そんなたった一回の出来事で。俺は何も覚えてないのに」
「まあな」
「ごめんな。ありがとう。お金はきっと、一生かけてでも返すから」
「……そうか。それがお前の意思なら、まぁ、仕方ねぇな。利子は付けずに待ってやる」
そう言った結城の顔が、寂しそうで。まるで傷付いているみたいで、俺は、見たくなくて目を閉じた。
「いえで」
「繰り返すな。まあ、今思えば外出くらいのものだったけどな。……その時、お前に会った」
結城の目が、俺を捉えた。『思い出せないか?』そう言われているように感じる。残念なことに全く覚えはない。
「お前が9才やったら俺は何才……あー、3つか4つだろ。何で会うんだよ?」
「お前は迷子だった。お父さんお父さんって泣いてたからな」
「それで? 迷子の俺に声をかけたんだな?」
「そんなことするわけねぇだろ。面倒臭い。お前が勝手に話しかけて来たんだ」
「はあ?」
「仕方なく会話してやってたら、お前に嬉しいことを言ってもらった。それだけだ」
話は終わったとでも言うように、俺の隣に座って俺を抱き上げた。慣れたように膝に座らせられる。
「俺は何を言ったんだ?」
「言わねぇ」
「何で」
「……それをお前に言ったら、絶対にお前は馬鹿にする。そしたら、俺の思い出がぐちゃぐちゃになるだろうが。他でもないお前に否定されたら、立ち直れねぇんだよ」
ギューっと俺を抱き締める腕がいつもより強くて、それが結城にとって良い思い出だったんだと思った。年齢的に覚えてないのも無理はないけど、ちょっと悔しいような気持ちになる。
「……お前が大学を卒業するまでだけでもいい。恩返しくらいさせろ」
「恩、返し?」
「それくらいに言っておかないと、お前は素直に受け取らねぇからな」
俺が気に病まないように、ってこと? 結城なりに気を回してくれたんだな。まあ、3才くらいの子供がそこまで素晴らしい言葉を発するとは思えない。しかも他でもない俺。絶対大したことは言ってない。
「でも……何で、今?」
「花月のことはずっと覚えてた。名前も、その頃の顔も、声も、くれた言葉も、忘れたことはない。ただ、また会えるとは思ってなかったし、実際会う気も本当ははなかった」
「けど会いに来た。だろ?」
「それもお前からだ。お前のバイト先だったとこのオーナーが、俺だ」
「はっ?」
「あれは俺の店で、マスターとして働いてんのは俺の部下。俺の気まぐれと、あいつの暇つぶしでやっているだけだ。そこへバイトさせてくれって言ってきたのが、お前。本当はバイトなんかいらねぇ」
「え……えー? けど俺……」
「履歴書を見たらお前だった。だから雇った。しばらく見守ってやろうくらいの軽い気持ちで、時給もシフトもいいようにしてやった。そしたら親父さんが死んだとか言い出すし、調べてみたら多額の借金まであるしで、さすがに放っておけなくてな」
…………つまり、俺が行っていたバイト先。めちゃくちゃ雰囲気がいいあの喫茶店。バイトの募集なんかしてなかったけど、駄目元で雇って欲しいって頼んだあの店が。
結城の所有物で。
知らずに俺はもう二年も働いてたのか。
「俺めちゃくちゃダサイじゃねぇかよ!」
大学に上がってから時給が1100円から1300円になって、22時からは1500円だった。とんでもなく好条件のバイトは、結城の計らいでしたか。そうですか。
「最初から俺は結城の手のひらの上だったってことかよ。かっこ悪すぎて悶えそう……」
「お前が身悶えしてんのは是非見たいところだが、全部俺が勝手にしたことだ。俺は、お前をしばらく見ていたかっただけで、今はそばに置いておきたいだけだ。金ばら撒いてお前を縛ってる。ダサさで言ったら、俺が一番ダサい」
「……俺の言葉が、そんなに、嬉しかったのか?」
「当たり前だろ」
「俺を助けてくれるくらいだもんな。そんなたった一回の出来事で。俺は何も覚えてないのに」
「まあな」
「ごめんな。ありがとう。お金はきっと、一生かけてでも返すから」
「……そうか。それがお前の意思なら、まぁ、仕方ねぇな。利子は付けずに待ってやる」
そう言った結城の顔が、寂しそうで。まるで傷付いているみたいで、俺は、見たくなくて目を閉じた。
0
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】
華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】
【完結】終わりとはじまりの間
ビーバー父さん
BL
ノンフィクションとは言えない、フィクションです。
プロローグ的なお話として完結しました。
一生のパートナーと思っていた亮介に、子供がいると分かって別れることになった桂。
別れる理由も奇想天外なことながら、その行動も考えもおかしい亮介に心身ともに疲れるころ、
桂のクライアントである若狭に、亮介がおかしいということを同意してもらえたところから、始まりそうな関係に戸惑う桂。
この先があるのか、それとも……。
こんな思考回路と関係の奴らが実在するんですよ。
僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜
エル
BL
(2024.6.19 完結)
両親と離れ一人孤独だった慶太。
容姿もよく社交的で常に人気者だった玲人。
高校で出会った彼等は惹かれあう。
「君と出会えて良かった。」「…そんなわけねぇだろ。」
甘くて苦い、辛く苦しくそれでも幸せだと。
そんな恋物語。
浮気×健気。2人にとっての『ハッピーエンド』を目指してます。
*1ページ当たりの文字数少なめですが毎日更新を心がけています。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
記憶の欠片
藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。
過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。
輪廻転生。オメガバース。
フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。
kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。
残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。
フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。
表紙は 紅さん@xdkzw48
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる