花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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本編

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「俺が野田組の本家で育ったってことは聞いただろ。それまではこっちで親父と住んでたんだが、親父の独断で預けられることになった。確か、9才か10才か、それくらいだったか。まあ、なんだ。俺もまだガキだったし、親父に捨てられたような気になってな。恥ずかしい話だが……家出、をした」

「いえで」

「繰り返すな。まあ、今思えば外出くらいのものだったけどな。……その時、お前に会った」

 結城の目が、俺を捉えた。『思い出せないか?』そう言われているように感じる。残念なことに全く覚えはない。

「お前が9才やったら俺は何才……あー、3つか4つだろ。何で会うんだよ?」

「お前は迷子だった。お父さんお父さんって泣いてたからな」

「それで? 迷子の俺に声をかけたんだな?」

「そんなことするわけねぇだろ。面倒臭い。お前が勝手に話しかけて来たんだ」

「はあ?」

「仕方なく会話してやってたら、お前に嬉しいことを言ってもらった。それだけだ」

 話は終わったとでも言うように、俺の隣に座って俺を抱き上げた。慣れたように膝に座らせられる。

「俺は何を言ったんだ?」

「言わねぇ」

「何で」

「……それをお前に言ったら、絶対にお前は馬鹿にする。そしたら、俺の思い出がぐちゃぐちゃになるだろうが。他でもないお前に否定されたら、立ち直れねぇんだよ」

 ギューっと俺を抱き締める腕がいつもより強くて、それが結城にとって良い思い出だったんだと思った。年齢的に覚えてないのも無理はないけど、ちょっと悔しいような気持ちになる。

「……お前が大学を卒業するまでだけでもいい。恩返しくらいさせろ」

「恩、返し?」

「それくらいに言っておかないと、お前は素直に受け取らねぇからな」

 俺が気に病まないように、ってこと? 結城なりに気を回してくれたんだな。まあ、3才くらいの子供がそこまで素晴らしい言葉を発するとは思えない。しかも他でもない俺。絶対大したことは言ってない。

「でも……何で、今?」

「花月のことはずっと覚えてた。名前も、その頃の顔も、声も、くれた言葉も、忘れたことはない。ただ、また会えるとは思ってなかったし、実際会う気も本当ははなかった」

「けど会いに来た。だろ?」

「それもお前からだ。お前のバイト先だったとこのオーナーが、俺だ」

「はっ?」

「あれは俺の店で、マスターとして働いてんのは俺の部下。俺の気まぐれと、あいつの暇つぶしでやっているだけだ。そこへバイトさせてくれって言ってきたのが、お前。本当はバイトなんかいらねぇ」

「え……えー? けど俺……」

「履歴書を見たらお前だった。だから雇った。しばらく見守ってやろうくらいの軽い気持ちで、時給もシフトもいいようにしてやった。そしたら親父さんが死んだとか言い出すし、調べてみたら多額の借金まであるしで、さすがに放っておけなくてな」

 …………つまり、俺が行っていたバイト先。めちゃくちゃ雰囲気がいいあの喫茶店。バイトの募集なんかしてなかったけど、駄目元で雇って欲しいって頼んだあの店が。
 結城の所有物で。
 知らずに俺はもう二年も働いてたのか。

「俺めちゃくちゃダサイじゃねぇかよ!」

 大学に上がってから時給が1100円から1300円になって、22時からは1500円だった。とんでもなく好条件のバイトは、結城の計らいでしたか。そうですか。

「最初から俺は結城の手のひらの上だったってことかよ。かっこ悪すぎて悶えそう……」

「お前が身悶えしてんのは是非見たいところだが、全部俺が勝手にしたことだ。俺は、お前をしばらく見ていたかっただけで、今はそばに置いておきたいだけだ。金ばら撒いてお前を縛ってる。ダサさで言ったら、俺が一番ダサい」

「……俺の言葉が、そんなに、嬉しかったのか?」

「当たり前だろ」

「俺を助けてくれるくらいだもんな。そんなたった一回の出来事で。俺は何も覚えてないのに」

「まあな」

「ごめんな。ありがとう。お金はきっと、一生かけてでも返すから」

「……そうか。それがお前の意思なら、まぁ、仕方ねぇな。利子は付けずに待ってやる」

 そう言った結城の顔が、寂しそうで。まるで傷付いているみたいで、俺は、見たくなくて目を閉じた。
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