花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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本編

1-2

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「あ、足! どけてくれぇ!!」

 グチャ。
 野獣男の右足が息クサ男の顔を蹴り上げた。不本意ながら近くにいた俺の耳に届いた顔面が潰れる音。床に広がる血から俺は目が離せなかった。
 そしてまた振り上げられた野獣男の足が視界に入った瞬間、俺は自分でも驚くような行動をとった。

「やめっ! やめてくれ!!」

 野獣男の胴体にしがみついた。元から密着はしていたから大した動作ではない。これ以上、暴力を見たくなかった。俺は必死で腕に力を込めた。

「もう、いいだろ。やめてくれ。やめて、下さい。お願いします」

 しがみついたまま、俺は懇願した。息クサ男のうめき声が聞こえてくる。もうここにいたくない。そう思った。
 その時、ふわっと髪を撫でられる感触に、尋常じゃなくザワザワした心が安らぐような気がして、俺は目を閉じた。

「……すまない。怖かったな。悪かった」

 低くて甘い、優しい声が俺を包んだ。
 それが野獣男の声なんだと認識するまでしばらくかかった。

「鳴海、あとは任せたぞ」

「はい。すぐに参ります」

「あぁ」

 俺はまるでそれが当たり前のことのように野獣男に腰を抱かれて、俺ん家から出た。
 何で付いて行ったのか。それは俺にも分からない。俺はこの時、考えるということを完全に放棄して、野獣男に身を預けた。



※side鳴海

「……すまない。怖かったな。悪かった」

 誰が発した声なのか思わず確認したくなるほど、その声は私の知る旧友のそれとは程遠いものだった。結城がそう言ったのだと認識しても、やはり私の脳は疑ってしまうのだ。
 『やめて』の一言で結城が止まることも、『すまない』などと謝ることも、あの顔に微笑みを湛えて優しく他人の髪を撫でるなんてことも、俄かには信じがたい出来事で、しばらく呆気に取られたのは事実だ。

 何が彼をそうさせたのか。考えるまでもない。
 今、結城が大事そうに抱いて連れていった柳園花月という男は、私にとっては急に降って湧いたような存在であったが、結城にとってはそうではなかったというだけのことだ。

 一週間ほど前、柳園花月とその家族について調べるように命じられた。
 父親は命じられた日の前日に死亡。その父親の借金がおかしな利息によって膨らみ、三千万などという馬鹿らしい額になっていること。生命保険は微々たる金額しか掛けられておらず、ほぼ返済には宛てられないこと。おまけに大学の学費さえも滞納していることなど、事細かに柳園花月についての報告を済ませると、結城は立ち上がりこう言ったのだ。

『金を用意しろ。車も回せ。今すぐ出るぞ』

 これは何かあると考えない方がおかしい。
 念のため、借金の取り立てを行っているのが東堂組であることを伏せておいた自分の判断を自賛したものだが、無駄になってしまった。これもまた後々、面倒なことになるだろう。
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