7 / 52
第7話 『NOT_FOUND』or『 ERR_CONNECTION_TIMED_OUT』
しおりを挟む
1984年(昭和59年)9月11日(火) 大安 <風間悠真>
オレはトップスに白のTシャツと薄いブルーのカーディガン、ボトムスは無難なジーンズにスニーカーを履いていた。カーディガンの前は留めずに開けて、Tシャツも外に出したまんまのスタイル。
この当時は何でも高いから、着回しのきく服で、かつオシャレ要素のある服が必要だった。
まあ、いいだろう。
気温20℃の朝で、昼間に暑くなったら脱げるようにしたのだ。6時40分発のフェリーで佐世保へ向かい、到着したらすぐにバスでオランダ村へ向かう。
オランダ村は随分たってから倒産して、似たようなコンセプト? でハウステンボスが出来た。
どっちが先かは覚えていない。しかし当時は出来たばかりのエンターテイメントパークで、CMもガンガンやっていたので、『行きたい!』という子供ばかりだった(オレも)。
■フェリー乗り場
もともと田舎でバスの本数も少なく、始発より前の時間帯という事もあり、現地集合で家族が車で送ってくれるようになっていた。
今考えればとんでもないことだし、親に対してなんだ! と思うんだが、当時のオレは恥ずかしくてしょうがなかった。
みんな乗用車で送ってくれるんだが、農家の子供は軽トラの助手席だ。なんでだろう。今となっては全くなんとも思わないが、それが恥ずかしく、なんだか卑屈になってしまっていたのだ。
そんなオレも、今回はちゃんと降りる前に母親に言った。
「母ちゃん、いつもありがとね。お土産買ってくるから」
母親はきょとんとしている。
「あんたどうしたんだい? 朝ご飯はちゃんと食べたし熱も……」
そうやってオレの額を触ろうとしてくる。
「いやいや! 大丈夫、風邪でもなんでもないよ。じゃあね! ありがとう」
51脳のオレでも照れくさくなるのがわかっていたので、さっさと手を振って待合場所のフェリー乗り場の建物へ急ぐ。早く着きすぎたせいで、先生以外は誰もいない。
時間が経つにつれてどんどん生徒が集まってきた。
美咲の親はトヨタのクレスタだ。
今でも車はあまり詳しくないが、なんというか、洗練されたイメージを勝手にオレは抱いていたのだ。この状況は、前世と変わらない。
ガチャンとドアを開けて出てきた美咲は、可愛かった。
と11脳のオレが言っている。
チェック柄のミニ気味(?)のスカートに、ベージュのトレーナー。胸に何かアルファベットで書いてある。なんというか、ちょっと気合いが入っている? という感じだ。
美咲は親に手を振って挨拶した後に、走ってやってくる。
オレと目があったがみんなにバレないように素通りした。……と思ったら、椅子に座っていたオレの横を通り過ぎる時に、小声で囁くように言ったんだ。
「おはよ~♡」
!
11脳のオレじゃなくても、たぶん20~30代のオレでも、女子にこんな事されたらドキッとするかもしれない。女が精神的に成長が早いって……やっぱり本当なんだろうか。
みんなそれぞれワイワイやっているから、結果的に気づかれはしなかった。セーフだ。
……男の車に服装なんぞはどうでもいい。
純美の親は日産のローレルだ。
親の仕事はよくわからないが、どっちもそこそこの金持ちで、オレとは毛色が違っていたのを覚えている。
オレの周りに人が集まるようにはなってきたが、なれ合いをするつもりはない。というか、普通がいいのだ。親友だと思っていても裏切るヤツは裏切るんだし、つかず離れず、という感じで過ごそうと考えていた。
男が7名で女が12名の小さな小学校の修学旅行。
人数的には男が有利な状況だが、これはたまたまだ。
中学に入ったらほぼ同数になる。班分けは5・5・5・4で19になるようにされたから、男は2・2・2・1で、女は3名ずつの4班だ。
A班からD班まで分かれて、オレはD班の男1名に立候補した。内訳で誰が何班になるのか分かる前の時点でだ。前世のオレなら、なりたくても絶対に恥ずかしくて立候補なんか出来なかったはずだ。
みんながそうだから、結局くじ引きで決める。男が1人になったら友達がいないから最悪だ、となるわけだ。
……本心はそうじゃない。
みんなその1人になりたくてなりたくて仕方なかった。でも、思春期あるあるで、わざと嫌がる振りをする。51脳のオレはどうでもよくて、逆に静かに楽しめればいいなという感覚だ。
ちなみに言うと、いじめっ子だった正人は完全に落ちぶれていた。分かりやすく言えば、その他大勢の1人になった訳だ。まあ今後の人生頑張り給え。
フェリーは30名が定員だったが、早朝に通勤で使う人がいるわけでもなく、自由席だが貸し切りのような不思議な空間になっている。
中央に通路があって、左右に10席ずつ、そして前部に左右4つ、後部に左右6つの椅子があった。
子供は元気があっていつも走り回っている。
そういうイメージを多くの人が抱いていると思うが、まさにその通りだった。オレは酒が入れば別だが、シラフで騒ぐのは余り得意ではない(カラオケとかね)。
だから船に乗ってすぐに、手前の後部の右側、3つある席の通路側に座って横の席に荷物を置いた。そしてウォークマンを取りだして、音楽を聴き始めたんだ。
オレが3人分の席をとっても27人分残る。先生入れたって席は余るんだ。途中寄港地もない。
「悠~真っ♪ なに聴いてるの?」
「うわっ! 何?」
俺の前を通り過ぎ、荷物を一番右側の椅子に押しやって、真ん中の椅子に座った女が言った。
美咲や純美と同じく、女子バレー部の白石凪咲だ。
なーにが、悠~真っ♪ だよ! つい3か月前まで、悠真このやろう、ふざけんなよ! とか言ってた女が何をそんなに可愛い子ぶって言うんだよ!
というのは51脳のオレであり、免疫のない11脳はテンパっている。
「あーうんとね……。Bon JoviのRunawayだよ。なんかね、激しさの中にはかなさがあるような……なんていうか説明しにくいけどそんな歌」
「ふーん……ちょっと聴かせて」
「あ!」
凪咲はオレの右耳のイヤホンを奪い取り、自分の左耳につけて聴いている。
ち、近い……。
11脳は限界である。凪咲の髪のシャンプーの香りがオレの鼻を刺激して、そのまま脳へダイレクトに直撃する。必死の思いで51脳とコンタクトを行って正気を保つ。
前を見ると、左右の席に分かれた美咲と純美が、じ――――っとオレを見ていた。
美咲と純美の視線を感じて、その圧にオレは思わず身を固くする。情けない。しっかりしろ51脳のオレ! それでも凪咲との距離の近さが、周囲にどう映っているのかを意識せざるを得ない。
「ねえ、これぜんぶ英語の歌詞なの?」
凪咲が首を傾げながら尋ねてきた。その仕草が妙に可愛らしく、オレは慌てて視線を逸らす。あのシャンプーの香りが毒のようにおれを麻痺させているのがわかる。
いや、女の子のシャンプーの香りの魔力は、多分全年齢共通だ。嫌いな男子は皆無だろう。
「ああ、そうだよ。アメリカのバンドだからね」
オレは落ち着いた声を装いながら答えるが、凪咲は満足げにうなずいて、さらに体を寄せて胸をくっつけてくる。こいつは意識しているのかしていないのか、その動きにオレの心臓が跳ね上がる。
ぎゃああああ! 止めてくれ! それ以上やったらもう無理だ!
いや、嘘だ。もっと続けてほしい。でも下半身に血が……。ぐううううう……!
美咲と純美の視線が刺さる。表情には明らかに怒りの色が浮かんでいた。オレはこの状況をどう打開すべきか考えを巡らせる。
51脳は冷静に状況を分析しようとするが、11脳(体)は緊張で固まっている。
「あの、凪咲……」
オレが声をかけようとした瞬間、船が大きく揺れた。凪咲が驚いて身を寄せ、オレの肩に寄りかかる形になる。その瞬間、美咲が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
「悠真、ちょっといい?」
美咲の声には、普段にはない鋭さが感じられた。オレは困惑しながらも、ゆっくりと頷く。美咲がオレの前に立ち、凪咲を見下ろすような形になる。
「ねえ、白石さん。悠真が困ってるみたいよ。席は他にもあるのに……ねえ、悠真?」
美咲の声は優しいが、目が笑っていない。
「ふうん……。悠真、困ってるの?」
「え、あ、うん。まあ……困ってるというか……。1人でゆっくり、したいかも……」
「ふーん。そっか……。わかった、じゃあまたねっ悠真っ♪」
凪咲の声には強がりが混じっている。……ように見えた。立ち上がる際、イヤホンを外す手が少し震えているのが見えた。……ような気がした。
美咲は満足げな表情を浮かべ、凪咲の後ろ姿を見送る。そして、空いた席にすぐさま腰を下ろす。純美も静かに近づき、残りの席に座る。
三人並んで座る状況に、妙な居心地の悪さを感じる。フェリーの揺れが、この不安定な空気をさらに増幅させているようだ。
……なんだこれ?
どういう状況? えーっとこの2人は……お互いがオレに関する事をどう思って、どこまで知ってこの状況を許容しているんだ?
必死に11脳は51脳のデータベースにアクセスして答えを得ようとするが、できない。
どれだけ待っても、出ない。
それもそのはず、経験豊富な51脳でも、こんな3つ巴の三股みたいな状況は経験がないのだ。経験がないものは答えの出しようがない。
……白石凪咲という周りの目を全く気にしない強敵に対して、共同戦線を張ろうとか、そういうことなのだろうか?
どれだけ考えても51脳は『NOT_FOUND』もしくは『 ERR_CONNECTION_TIMED_OUT』である。
「ねえ、悠真」
美咲が話しかけてくる。その声には、さっきまでの鋭さは消えていた。
「修学旅行、楽しみだね。オランダ村ではどこに行きたい?」
質問に答えようとした瞬間、純美が口を開く。
「私、風車を見たいな。写真で見たけど、すごく綺麗だったから」
純美の声には、かすかな期待が混じっている。美咲は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「そうだね。風車、きっと素敵よ。悠真はどう?」
再び話を振られ、慌てて答える。
「あ、うん。風車もいいけど、オレは運河とか、街並みを見て回りたい、かな……」
言葉を選びながら話す。どちらかに肩入れするような発言は避けたかった。美咲と純美の表情が微妙に変化する。二人の間で揺れ動く空気に、息苦しさを覚える。
前の座席の方で凪咲が他の女子たちと話している姿が目に入る。さっきのは一体何だったんだ? かまいたち? つむじ風? 台風?
「あのね、悠真」
純美が小さな声で呼びかけてくる。
「白石さん、怒ってたと思う?」
その問いかけに一瞬言葉に詰まるが、より美咲の視線が鋭く感じられる。
「さあ……オレにはよくわかんねえけど、大丈夫なんじゃ?」
曖昧な返事をしながら、窓の外に広がる海を見つめる。波の揺らめきが、心の中の動揺を映し出しているようだ。
「そっか……」
純美の声には何かしら複雑な感情が見え隠れしている。美咲が話題を変えようとする。
「ねえ、着いたら写真撮ろうよ! 私ね……」
フェリーはときおり波にぶつかっては大きく揺れ、快晴の海原を進む。この旅がオレ達にどんな経験をもたらすのか。期待と不安が入り混じる中、深く息を吐いた。
楽勝だ! と思っていたが、前途、多難である。
次回 第7話 (仮)『オランダ村と針のむしろなのです』
オレはトップスに白のTシャツと薄いブルーのカーディガン、ボトムスは無難なジーンズにスニーカーを履いていた。カーディガンの前は留めずに開けて、Tシャツも外に出したまんまのスタイル。
この当時は何でも高いから、着回しのきく服で、かつオシャレ要素のある服が必要だった。
まあ、いいだろう。
気温20℃の朝で、昼間に暑くなったら脱げるようにしたのだ。6時40分発のフェリーで佐世保へ向かい、到着したらすぐにバスでオランダ村へ向かう。
オランダ村は随分たってから倒産して、似たようなコンセプト? でハウステンボスが出来た。
どっちが先かは覚えていない。しかし当時は出来たばかりのエンターテイメントパークで、CMもガンガンやっていたので、『行きたい!』という子供ばかりだった(オレも)。
■フェリー乗り場
もともと田舎でバスの本数も少なく、始発より前の時間帯という事もあり、現地集合で家族が車で送ってくれるようになっていた。
今考えればとんでもないことだし、親に対してなんだ! と思うんだが、当時のオレは恥ずかしくてしょうがなかった。
みんな乗用車で送ってくれるんだが、農家の子供は軽トラの助手席だ。なんでだろう。今となっては全くなんとも思わないが、それが恥ずかしく、なんだか卑屈になってしまっていたのだ。
そんなオレも、今回はちゃんと降りる前に母親に言った。
「母ちゃん、いつもありがとね。お土産買ってくるから」
母親はきょとんとしている。
「あんたどうしたんだい? 朝ご飯はちゃんと食べたし熱も……」
そうやってオレの額を触ろうとしてくる。
「いやいや! 大丈夫、風邪でもなんでもないよ。じゃあね! ありがとう」
51脳のオレでも照れくさくなるのがわかっていたので、さっさと手を振って待合場所のフェリー乗り場の建物へ急ぐ。早く着きすぎたせいで、先生以外は誰もいない。
時間が経つにつれてどんどん生徒が集まってきた。
美咲の親はトヨタのクレスタだ。
今でも車はあまり詳しくないが、なんというか、洗練されたイメージを勝手にオレは抱いていたのだ。この状況は、前世と変わらない。
ガチャンとドアを開けて出てきた美咲は、可愛かった。
と11脳のオレが言っている。
チェック柄のミニ気味(?)のスカートに、ベージュのトレーナー。胸に何かアルファベットで書いてある。なんというか、ちょっと気合いが入っている? という感じだ。
美咲は親に手を振って挨拶した後に、走ってやってくる。
オレと目があったがみんなにバレないように素通りした。……と思ったら、椅子に座っていたオレの横を通り過ぎる時に、小声で囁くように言ったんだ。
「おはよ~♡」
!
11脳のオレじゃなくても、たぶん20~30代のオレでも、女子にこんな事されたらドキッとするかもしれない。女が精神的に成長が早いって……やっぱり本当なんだろうか。
みんなそれぞれワイワイやっているから、結果的に気づかれはしなかった。セーフだ。
……男の車に服装なんぞはどうでもいい。
純美の親は日産のローレルだ。
親の仕事はよくわからないが、どっちもそこそこの金持ちで、オレとは毛色が違っていたのを覚えている。
オレの周りに人が集まるようにはなってきたが、なれ合いをするつもりはない。というか、普通がいいのだ。親友だと思っていても裏切るヤツは裏切るんだし、つかず離れず、という感じで過ごそうと考えていた。
男が7名で女が12名の小さな小学校の修学旅行。
人数的には男が有利な状況だが、これはたまたまだ。
中学に入ったらほぼ同数になる。班分けは5・5・5・4で19になるようにされたから、男は2・2・2・1で、女は3名ずつの4班だ。
A班からD班まで分かれて、オレはD班の男1名に立候補した。内訳で誰が何班になるのか分かる前の時点でだ。前世のオレなら、なりたくても絶対に恥ずかしくて立候補なんか出来なかったはずだ。
みんながそうだから、結局くじ引きで決める。男が1人になったら友達がいないから最悪だ、となるわけだ。
……本心はそうじゃない。
みんなその1人になりたくてなりたくて仕方なかった。でも、思春期あるあるで、わざと嫌がる振りをする。51脳のオレはどうでもよくて、逆に静かに楽しめればいいなという感覚だ。
ちなみに言うと、いじめっ子だった正人は完全に落ちぶれていた。分かりやすく言えば、その他大勢の1人になった訳だ。まあ今後の人生頑張り給え。
フェリーは30名が定員だったが、早朝に通勤で使う人がいるわけでもなく、自由席だが貸し切りのような不思議な空間になっている。
中央に通路があって、左右に10席ずつ、そして前部に左右4つ、後部に左右6つの椅子があった。
子供は元気があっていつも走り回っている。
そういうイメージを多くの人が抱いていると思うが、まさにその通りだった。オレは酒が入れば別だが、シラフで騒ぐのは余り得意ではない(カラオケとかね)。
だから船に乗ってすぐに、手前の後部の右側、3つある席の通路側に座って横の席に荷物を置いた。そしてウォークマンを取りだして、音楽を聴き始めたんだ。
オレが3人分の席をとっても27人分残る。先生入れたって席は余るんだ。途中寄港地もない。
「悠~真っ♪ なに聴いてるの?」
「うわっ! 何?」
俺の前を通り過ぎ、荷物を一番右側の椅子に押しやって、真ん中の椅子に座った女が言った。
美咲や純美と同じく、女子バレー部の白石凪咲だ。
なーにが、悠~真っ♪ だよ! つい3か月前まで、悠真このやろう、ふざけんなよ! とか言ってた女が何をそんなに可愛い子ぶって言うんだよ!
というのは51脳のオレであり、免疫のない11脳はテンパっている。
「あーうんとね……。Bon JoviのRunawayだよ。なんかね、激しさの中にはかなさがあるような……なんていうか説明しにくいけどそんな歌」
「ふーん……ちょっと聴かせて」
「あ!」
凪咲はオレの右耳のイヤホンを奪い取り、自分の左耳につけて聴いている。
ち、近い……。
11脳は限界である。凪咲の髪のシャンプーの香りがオレの鼻を刺激して、そのまま脳へダイレクトに直撃する。必死の思いで51脳とコンタクトを行って正気を保つ。
前を見ると、左右の席に分かれた美咲と純美が、じ――――っとオレを見ていた。
美咲と純美の視線を感じて、その圧にオレは思わず身を固くする。情けない。しっかりしろ51脳のオレ! それでも凪咲との距離の近さが、周囲にどう映っているのかを意識せざるを得ない。
「ねえ、これぜんぶ英語の歌詞なの?」
凪咲が首を傾げながら尋ねてきた。その仕草が妙に可愛らしく、オレは慌てて視線を逸らす。あのシャンプーの香りが毒のようにおれを麻痺させているのがわかる。
いや、女の子のシャンプーの香りの魔力は、多分全年齢共通だ。嫌いな男子は皆無だろう。
「ああ、そうだよ。アメリカのバンドだからね」
オレは落ち着いた声を装いながら答えるが、凪咲は満足げにうなずいて、さらに体を寄せて胸をくっつけてくる。こいつは意識しているのかしていないのか、その動きにオレの心臓が跳ね上がる。
ぎゃああああ! 止めてくれ! それ以上やったらもう無理だ!
いや、嘘だ。もっと続けてほしい。でも下半身に血が……。ぐううううう……!
美咲と純美の視線が刺さる。表情には明らかに怒りの色が浮かんでいた。オレはこの状況をどう打開すべきか考えを巡らせる。
51脳は冷静に状況を分析しようとするが、11脳(体)は緊張で固まっている。
「あの、凪咲……」
オレが声をかけようとした瞬間、船が大きく揺れた。凪咲が驚いて身を寄せ、オレの肩に寄りかかる形になる。その瞬間、美咲が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
「悠真、ちょっといい?」
美咲の声には、普段にはない鋭さが感じられた。オレは困惑しながらも、ゆっくりと頷く。美咲がオレの前に立ち、凪咲を見下ろすような形になる。
「ねえ、白石さん。悠真が困ってるみたいよ。席は他にもあるのに……ねえ、悠真?」
美咲の声は優しいが、目が笑っていない。
「ふうん……。悠真、困ってるの?」
「え、あ、うん。まあ……困ってるというか……。1人でゆっくり、したいかも……」
「ふーん。そっか……。わかった、じゃあまたねっ悠真っ♪」
凪咲の声には強がりが混じっている。……ように見えた。立ち上がる際、イヤホンを外す手が少し震えているのが見えた。……ような気がした。
美咲は満足げな表情を浮かべ、凪咲の後ろ姿を見送る。そして、空いた席にすぐさま腰を下ろす。純美も静かに近づき、残りの席に座る。
三人並んで座る状況に、妙な居心地の悪さを感じる。フェリーの揺れが、この不安定な空気をさらに増幅させているようだ。
……なんだこれ?
どういう状況? えーっとこの2人は……お互いがオレに関する事をどう思って、どこまで知ってこの状況を許容しているんだ?
必死に11脳は51脳のデータベースにアクセスして答えを得ようとするが、できない。
どれだけ待っても、出ない。
それもそのはず、経験豊富な51脳でも、こんな3つ巴の三股みたいな状況は経験がないのだ。経験がないものは答えの出しようがない。
……白石凪咲という周りの目を全く気にしない強敵に対して、共同戦線を張ろうとか、そういうことなのだろうか?
どれだけ考えても51脳は『NOT_FOUND』もしくは『 ERR_CONNECTION_TIMED_OUT』である。
「ねえ、悠真」
美咲が話しかけてくる。その声には、さっきまでの鋭さは消えていた。
「修学旅行、楽しみだね。オランダ村ではどこに行きたい?」
質問に答えようとした瞬間、純美が口を開く。
「私、風車を見たいな。写真で見たけど、すごく綺麗だったから」
純美の声には、かすかな期待が混じっている。美咲は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「そうだね。風車、きっと素敵よ。悠真はどう?」
再び話を振られ、慌てて答える。
「あ、うん。風車もいいけど、オレは運河とか、街並みを見て回りたい、かな……」
言葉を選びながら話す。どちらかに肩入れするような発言は避けたかった。美咲と純美の表情が微妙に変化する。二人の間で揺れ動く空気に、息苦しさを覚える。
前の座席の方で凪咲が他の女子たちと話している姿が目に入る。さっきのは一体何だったんだ? かまいたち? つむじ風? 台風?
「あのね、悠真」
純美が小さな声で呼びかけてくる。
「白石さん、怒ってたと思う?」
その問いかけに一瞬言葉に詰まるが、より美咲の視線が鋭く感じられる。
「さあ……オレにはよくわかんねえけど、大丈夫なんじゃ?」
曖昧な返事をしながら、窓の外に広がる海を見つめる。波の揺らめきが、心の中の動揺を映し出しているようだ。
「そっか……」
純美の声には何かしら複雑な感情が見え隠れしている。美咲が話題を変えようとする。
「ねえ、着いたら写真撮ろうよ! 私ね……」
フェリーはときおり波にぶつかっては大きく揺れ、快晴の海原を進む。この旅がオレ達にどんな経験をもたらすのか。期待と不安が入り混じる中、深く息を吐いた。
楽勝だ! と思っていたが、前途、多難である。
次回 第7話 (仮)『オランダ村と針のむしろなのです』
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。
のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。
俺は先輩に恋人を寝取られた。
ラブラブな二人。
小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。
そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。
前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。
前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。
その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。
春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。
俺は彼女のことが好きになる。
しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。
つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。
今世ではこのようなことは繰り返したくない。
今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。
既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。
しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。
俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。
一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。
その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。
俺の新しい人生が始まろうとしている。
この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。
「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。
3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた
ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。
俺が変わったのか……
地元が変わったのか……
主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。
※他Web小説サイトで連載していた作品です
君と僕の一周年記念日に君がラブホテルで寝取らていた件について~ドロドロの日々~
ねんごろ
恋愛
一周年記念は地獄へと変わった。
僕はどうしていけばいいんだろう。
どうやってこの日々を生きていけばいいんだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる