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第7話 『NOT_FOUND』or『 ERR_CONNECTION_TIMED_OUT』
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1984年(昭和59年)9月11日(火) 大安 <風間悠真>
オレはトップスに白のTシャツと薄いブルーのカーディガン、ボトムスは無難なジーンズにスニーカーを履いていた。カーディガンの前は留めずに開けて、Tシャツも外に出したまんまのスタイル。
この当時は何でも高いから、着回しのきく服で、かつオシャレ要素のある服が必要だった。
まあ、いいだろう。
気温20℃の朝で、昼間に暑くなったら脱げるようにしたのだ。6時40分発のフェリーで佐世保へ向かい、到着したらすぐにバスでオランダ村へ向かう。
オランダ村は随分たってから倒産して、似たようなコンセプト? でハウステンボスが出来た。
どっちが先かは覚えていない。しかし当時は出来たばかりのエンターテイメントパークで、CMもガンガンやっていたので、『行きたい!』という子供ばかりだった(オレも)。
■フェリー乗り場
もともと田舎でバスの本数も少なく、始発より前の時間帯という事もあり、現地集合で家族が車で送ってくれるようになっていた。
今考えればとんでもないことだし、親に対してなんだ! と思うんだが、当時のオレは恥ずかしくてしょうがなかった。
みんな乗用車で送ってくれるんだが、農家の子供は軽トラの助手席だ。なんでだろう。今となっては全くなんとも思わないが、それが恥ずかしく、なんだか卑屈になってしまっていたのだ。
そんなオレも、今回はちゃんと降りる前に母親に言った。
「母ちゃん、いつもありがとね。お土産買ってくるから」
母親はきょとんとしている。
「あんたどうしたんだい? 朝ご飯はちゃんと食べたし熱も……」
そうやってオレの額を触ろうとしてくる。
「いやいや! 大丈夫、風邪でもなんでもないよ。じゃあね! ありがとう」
51脳のオレでも照れくさくなるのがわかっていたので、さっさと手を振って待合場所のフェリー乗り場の建物へ急ぐ。早く着きすぎたせいで、先生以外は誰もいない。
時間が経つにつれてどんどん生徒が集まってきた。
美咲の親はトヨタのクレスタだ。
今でも車はあまり詳しくないが、なんというか、洗練されたイメージを勝手にオレは抱いていたのだ。この状況は、前世と変わらない。
ガチャンとドアを開けて出てきた美咲は、可愛かった。
と11脳のオレが言っている。
チェック柄のミニ気味(?)のスカートに、ベージュのトレーナー。胸に何かアルファベットで書いてある。なんというか、ちょっと気合いが入っている? という感じだ。
美咲は親に手を振って挨拶した後に、走ってやってくる。
オレと目があったがみんなにバレないように素通りした。……と思ったら、椅子に座っていたオレの横を通り過ぎる時に、小声で囁くように言ったんだ。
「おはよ~♡」
!
11脳のオレじゃなくても、たぶん20~30代のオレでも、女子にこんな事されたらドキッとするかもしれない。女が精神的に成長が早いって……やっぱり本当なんだろうか。
みんなそれぞれワイワイやっているから、結果的に気づかれはしなかった。セーフだ。
……男の車に服装なんぞはどうでもいい。
純美の親は日産のローレルだ。
親の仕事はよくわからないが、どっちもそこそこの金持ちで、オレとは毛色が違っていたのを覚えている。
オレの周りに人が集まるようにはなってきたが、なれ合いをするつもりはない。というか、普通がいいのだ。親友だと思っていても裏切るヤツは裏切るんだし、つかず離れず、という感じで過ごそうと考えていた。
男が7名で女が12名の小さな小学校の修学旅行。
人数的には男が有利な状況だが、これはたまたまだ。
中学に入ったらほぼ同数になる。班分けは5・5・5・4で19になるようにされたから、男は2・2・2・1で、女は3名ずつの4班だ。
A班からD班まで分かれて、オレはD班の男1名に立候補した。内訳で誰が何班になるのか分かる前の時点でだ。前世のオレなら、なりたくても絶対に恥ずかしくて立候補なんか出来なかったはずだ。
みんながそうだから、結局くじ引きで決める。男が1人になったら友達がいないから最悪だ、となるわけだ。
……本心はそうじゃない。
みんなその1人になりたくてなりたくて仕方なかった。でも、思春期あるあるで、わざと嫌がる振りをする。51脳のオレはどうでもよくて、逆に静かに楽しめればいいなという感覚だ。
ちなみに言うと、いじめっ子だった正人は完全に落ちぶれていた。分かりやすく言えば、その他大勢の1人になった訳だ。まあ今後の人生頑張り給え。
フェリーは30名が定員だったが、早朝に通勤で使う人がいるわけでもなく、自由席だが貸し切りのような不思議な空間になっている。
中央に通路があって、左右に10席ずつ、そして前部に左右4つ、後部に左右6つの椅子があった。
子供は元気があっていつも走り回っている。
そういうイメージを多くの人が抱いていると思うが、まさにその通りだった。オレは酒が入れば別だが、シラフで騒ぐのは余り得意ではない(カラオケとかね)。
だから船に乗ってすぐに、手前の後部の右側、3つある席の通路側に座って横の席に荷物を置いた。そしてウォークマンを取りだして、音楽を聴き始めたんだ。
オレが3人分の席をとっても27人分残る。先生入れたって席は余るんだ。途中寄港地もない。
「悠~真っ♪ なに聴いてるの?」
「うわっ! 何?」
俺の前を通り過ぎ、荷物を一番右側の椅子に押しやって、真ん中の椅子に座った女が言った。
美咲や純美と同じく、女子バレー部の白石凪咲だ。
なーにが、悠~真っ♪ だよ! つい3か月前まで、悠真このやろう、ふざけんなよ! とか言ってた女が何をそんなに可愛い子ぶって言うんだよ!
というのは51脳のオレであり、免疫のない11脳はテンパっている。
「あーうんとね……。Bon JoviのRunawayだよ。なんかね、激しさの中にはかなさがあるような……なんていうか説明しにくいけどそんな歌」
「ふーん……ちょっと聴かせて」
「あ!」
凪咲はオレの右耳のイヤホンを奪い取り、自分の左耳につけて聴いている。
ち、近い……。
11脳は限界である。凪咲の髪のシャンプーの香りがオレの鼻を刺激して、そのまま脳へダイレクトに直撃する。必死の思いで51脳とコンタクトを行って正気を保つ。
前を見ると、左右の席に分かれた美咲と純美が、じ――――っとオレを見ていた。
美咲と純美の視線を感じて、その圧にオレは思わず身を固くする。情けない。しっかりしろ51脳のオレ! それでも凪咲との距離の近さが、周囲にどう映っているのかを意識せざるを得ない。
「ねえ、これぜんぶ英語の歌詞なの?」
凪咲が首を傾げながら尋ねてきた。その仕草が妙に可愛らしく、オレは慌てて視線を逸らす。あのシャンプーの香りが毒のようにおれを麻痺させているのがわかる。
いや、女の子のシャンプーの香りの魔力は、多分全年齢共通だ。嫌いな男子は皆無だろう。
「ああ、そうだよ。アメリカのバンドだからね」
オレは落ち着いた声を装いながら答えるが、凪咲は満足げにうなずいて、さらに体を寄せて胸をくっつけてくる。こいつは意識しているのかしていないのか、その動きにオレの心臓が跳ね上がる。
ぎゃああああ! 止めてくれ! それ以上やったらもう無理だ!
いや、嘘だ。もっと続けてほしい。でも下半身に血が……。ぐううううう……!
美咲と純美の視線が刺さる。表情には明らかに怒りの色が浮かんでいた。オレはこの状況をどう打開すべきか考えを巡らせる。
51脳は冷静に状況を分析しようとするが、11脳(体)は緊張で固まっている。
「あの、凪咲……」
オレが声をかけようとした瞬間、船が大きく揺れた。凪咲が驚いて身を寄せ、オレの肩に寄りかかる形になる。その瞬間、美咲が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
「悠真、ちょっといい?」
美咲の声には、普段にはない鋭さが感じられた。オレは困惑しながらも、ゆっくりと頷く。美咲がオレの前に立ち、凪咲を見下ろすような形になる。
「ねえ、白石さん。悠真が困ってるみたいよ。席は他にもあるのに……ねえ、悠真?」
美咲の声は優しいが、目が笑っていない。
「ふうん……。悠真、困ってるの?」
「え、あ、うん。まあ……困ってるというか……。1人でゆっくり、したいかも……」
「ふーん。そっか……。わかった、じゃあまたねっ悠真っ♪」
凪咲の声には強がりが混じっている。……ように見えた。立ち上がる際、イヤホンを外す手が少し震えているのが見えた。……ような気がした。
美咲は満足げな表情を浮かべ、凪咲の後ろ姿を見送る。そして、空いた席にすぐさま腰を下ろす。純美も静かに近づき、残りの席に座る。
三人並んで座る状況に、妙な居心地の悪さを感じる。フェリーの揺れが、この不安定な空気をさらに増幅させているようだ。
……なんだこれ?
どういう状況? えーっとこの2人は……お互いがオレに関する事をどう思って、どこまで知ってこの状況を許容しているんだ?
必死に11脳は51脳のデータベースにアクセスして答えを得ようとするが、できない。
どれだけ待っても、出ない。
それもそのはず、経験豊富な51脳でも、こんな3つ巴の三股みたいな状況は経験がないのだ。経験がないものは答えの出しようがない。
……白石凪咲という周りの目を全く気にしない強敵に対して、共同戦線を張ろうとか、そういうことなのだろうか?
どれだけ考えても51脳は『NOT_FOUND』もしくは『 ERR_CONNECTION_TIMED_OUT』である。
「ねえ、悠真」
美咲が話しかけてくる。その声には、さっきまでの鋭さは消えていた。
「修学旅行、楽しみだね。オランダ村ではどこに行きたい?」
質問に答えようとした瞬間、純美が口を開く。
「私、風車を見たいな。写真で見たけど、すごく綺麗だったから」
純美の声には、かすかな期待が混じっている。美咲は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「そうだね。風車、きっと素敵よ。悠真はどう?」
再び話を振られ、慌てて答える。
「あ、うん。風車もいいけど、オレは運河とか、街並みを見て回りたい、かな……」
言葉を選びながら話す。どちらかに肩入れするような発言は避けたかった。美咲と純美の表情が微妙に変化する。二人の間で揺れ動く空気に、息苦しさを覚える。
前の座席の方で凪咲が他の女子たちと話している姿が目に入る。さっきのは一体何だったんだ? かまいたち? つむじ風? 台風?
「あのね、悠真」
純美が小さな声で呼びかけてくる。
「白石さん、怒ってたと思う?」
その問いかけに一瞬言葉に詰まるが、より美咲の視線が鋭く感じられる。
「さあ……オレにはよくわかんねえけど、大丈夫なんじゃ?」
曖昧な返事をしながら、窓の外に広がる海を見つめる。波の揺らめきが、心の中の動揺を映し出しているようだ。
「そっか……」
純美の声には何かしら複雑な感情が見え隠れしている。美咲が話題を変えようとする。
「ねえ、着いたら写真撮ろうよ! 私ね……」
フェリーはときおり波にぶつかっては大きく揺れ、快晴の海原を進む。この旅がオレ達にどんな経験をもたらすのか。期待と不安が入り混じる中、深く息を吐いた。
楽勝だ! と思っていたが、前途、多難である。
次回 第7話 (仮)『オランダ村と針のむしろなのです』
オレはトップスに白のTシャツと薄いブルーのカーディガン、ボトムスは無難なジーンズにスニーカーを履いていた。カーディガンの前は留めずに開けて、Tシャツも外に出したまんまのスタイル。
この当時は何でも高いから、着回しのきく服で、かつオシャレ要素のある服が必要だった。
まあ、いいだろう。
気温20℃の朝で、昼間に暑くなったら脱げるようにしたのだ。6時40分発のフェリーで佐世保へ向かい、到着したらすぐにバスでオランダ村へ向かう。
オランダ村は随分たってから倒産して、似たようなコンセプト? でハウステンボスが出来た。
どっちが先かは覚えていない。しかし当時は出来たばかりのエンターテイメントパークで、CMもガンガンやっていたので、『行きたい!』という子供ばかりだった(オレも)。
■フェリー乗り場
もともと田舎でバスの本数も少なく、始発より前の時間帯という事もあり、現地集合で家族が車で送ってくれるようになっていた。
今考えればとんでもないことだし、親に対してなんだ! と思うんだが、当時のオレは恥ずかしくてしょうがなかった。
みんな乗用車で送ってくれるんだが、農家の子供は軽トラの助手席だ。なんでだろう。今となっては全くなんとも思わないが、それが恥ずかしく、なんだか卑屈になってしまっていたのだ。
そんなオレも、今回はちゃんと降りる前に母親に言った。
「母ちゃん、いつもありがとね。お土産買ってくるから」
母親はきょとんとしている。
「あんたどうしたんだい? 朝ご飯はちゃんと食べたし熱も……」
そうやってオレの額を触ろうとしてくる。
「いやいや! 大丈夫、風邪でもなんでもないよ。じゃあね! ありがとう」
51脳のオレでも照れくさくなるのがわかっていたので、さっさと手を振って待合場所のフェリー乗り場の建物へ急ぐ。早く着きすぎたせいで、先生以外は誰もいない。
時間が経つにつれてどんどん生徒が集まってきた。
美咲の親はトヨタのクレスタだ。
今でも車はあまり詳しくないが、なんというか、洗練されたイメージを勝手にオレは抱いていたのだ。この状況は、前世と変わらない。
ガチャンとドアを開けて出てきた美咲は、可愛かった。
と11脳のオレが言っている。
チェック柄のミニ気味(?)のスカートに、ベージュのトレーナー。胸に何かアルファベットで書いてある。なんというか、ちょっと気合いが入っている? という感じだ。
美咲は親に手を振って挨拶した後に、走ってやってくる。
オレと目があったがみんなにバレないように素通りした。……と思ったら、椅子に座っていたオレの横を通り過ぎる時に、小声で囁くように言ったんだ。
「おはよ~♡」
!
11脳のオレじゃなくても、たぶん20~30代のオレでも、女子にこんな事されたらドキッとするかもしれない。女が精神的に成長が早いって……やっぱり本当なんだろうか。
みんなそれぞれワイワイやっているから、結果的に気づかれはしなかった。セーフだ。
……男の車に服装なんぞはどうでもいい。
純美の親は日産のローレルだ。
親の仕事はよくわからないが、どっちもそこそこの金持ちで、オレとは毛色が違っていたのを覚えている。
オレの周りに人が集まるようにはなってきたが、なれ合いをするつもりはない。というか、普通がいいのだ。親友だと思っていても裏切るヤツは裏切るんだし、つかず離れず、という感じで過ごそうと考えていた。
男が7名で女が12名の小さな小学校の修学旅行。
人数的には男が有利な状況だが、これはたまたまだ。
中学に入ったらほぼ同数になる。班分けは5・5・5・4で19になるようにされたから、男は2・2・2・1で、女は3名ずつの4班だ。
A班からD班まで分かれて、オレはD班の男1名に立候補した。内訳で誰が何班になるのか分かる前の時点でだ。前世のオレなら、なりたくても絶対に恥ずかしくて立候補なんか出来なかったはずだ。
みんながそうだから、結局くじ引きで決める。男が1人になったら友達がいないから最悪だ、となるわけだ。
……本心はそうじゃない。
みんなその1人になりたくてなりたくて仕方なかった。でも、思春期あるあるで、わざと嫌がる振りをする。51脳のオレはどうでもよくて、逆に静かに楽しめればいいなという感覚だ。
ちなみに言うと、いじめっ子だった正人は完全に落ちぶれていた。分かりやすく言えば、その他大勢の1人になった訳だ。まあ今後の人生頑張り給え。
フェリーは30名が定員だったが、早朝に通勤で使う人がいるわけでもなく、自由席だが貸し切りのような不思議な空間になっている。
中央に通路があって、左右に10席ずつ、そして前部に左右4つ、後部に左右6つの椅子があった。
子供は元気があっていつも走り回っている。
そういうイメージを多くの人が抱いていると思うが、まさにその通りだった。オレは酒が入れば別だが、シラフで騒ぐのは余り得意ではない(カラオケとかね)。
だから船に乗ってすぐに、手前の後部の右側、3つある席の通路側に座って横の席に荷物を置いた。そしてウォークマンを取りだして、音楽を聴き始めたんだ。
オレが3人分の席をとっても27人分残る。先生入れたって席は余るんだ。途中寄港地もない。
「悠~真っ♪ なに聴いてるの?」
「うわっ! 何?」
俺の前を通り過ぎ、荷物を一番右側の椅子に押しやって、真ん中の椅子に座った女が言った。
美咲や純美と同じく、女子バレー部の白石凪咲だ。
なーにが、悠~真っ♪ だよ! つい3か月前まで、悠真このやろう、ふざけんなよ! とか言ってた女が何をそんなに可愛い子ぶって言うんだよ!
というのは51脳のオレであり、免疫のない11脳はテンパっている。
「あーうんとね……。Bon JoviのRunawayだよ。なんかね、激しさの中にはかなさがあるような……なんていうか説明しにくいけどそんな歌」
「ふーん……ちょっと聴かせて」
「あ!」
凪咲はオレの右耳のイヤホンを奪い取り、自分の左耳につけて聴いている。
ち、近い……。
11脳は限界である。凪咲の髪のシャンプーの香りがオレの鼻を刺激して、そのまま脳へダイレクトに直撃する。必死の思いで51脳とコンタクトを行って正気を保つ。
前を見ると、左右の席に分かれた美咲と純美が、じ――――っとオレを見ていた。
美咲と純美の視線を感じて、その圧にオレは思わず身を固くする。情けない。しっかりしろ51脳のオレ! それでも凪咲との距離の近さが、周囲にどう映っているのかを意識せざるを得ない。
「ねえ、これぜんぶ英語の歌詞なの?」
凪咲が首を傾げながら尋ねてきた。その仕草が妙に可愛らしく、オレは慌てて視線を逸らす。あのシャンプーの香りが毒のようにおれを麻痺させているのがわかる。
いや、女の子のシャンプーの香りの魔力は、多分全年齢共通だ。嫌いな男子は皆無だろう。
「ああ、そうだよ。アメリカのバンドだからね」
オレは落ち着いた声を装いながら答えるが、凪咲は満足げにうなずいて、さらに体を寄せて胸をくっつけてくる。こいつは意識しているのかしていないのか、その動きにオレの心臓が跳ね上がる。
ぎゃああああ! 止めてくれ! それ以上やったらもう無理だ!
いや、嘘だ。もっと続けてほしい。でも下半身に血が……。ぐううううう……!
美咲と純美の視線が刺さる。表情には明らかに怒りの色が浮かんでいた。オレはこの状況をどう打開すべきか考えを巡らせる。
51脳は冷静に状況を分析しようとするが、11脳(体)は緊張で固まっている。
「あの、凪咲……」
オレが声をかけようとした瞬間、船が大きく揺れた。凪咲が驚いて身を寄せ、オレの肩に寄りかかる形になる。その瞬間、美咲が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
「悠真、ちょっといい?」
美咲の声には、普段にはない鋭さが感じられた。オレは困惑しながらも、ゆっくりと頷く。美咲がオレの前に立ち、凪咲を見下ろすような形になる。
「ねえ、白石さん。悠真が困ってるみたいよ。席は他にもあるのに……ねえ、悠真?」
美咲の声は優しいが、目が笑っていない。
「ふうん……。悠真、困ってるの?」
「え、あ、うん。まあ……困ってるというか……。1人でゆっくり、したいかも……」
「ふーん。そっか……。わかった、じゃあまたねっ悠真っ♪」
凪咲の声には強がりが混じっている。……ように見えた。立ち上がる際、イヤホンを外す手が少し震えているのが見えた。……ような気がした。
美咲は満足げな表情を浮かべ、凪咲の後ろ姿を見送る。そして、空いた席にすぐさま腰を下ろす。純美も静かに近づき、残りの席に座る。
三人並んで座る状況に、妙な居心地の悪さを感じる。フェリーの揺れが、この不安定な空気をさらに増幅させているようだ。
……なんだこれ?
どういう状況? えーっとこの2人は……お互いがオレに関する事をどう思って、どこまで知ってこの状況を許容しているんだ?
必死に11脳は51脳のデータベースにアクセスして答えを得ようとするが、できない。
どれだけ待っても、出ない。
それもそのはず、経験豊富な51脳でも、こんな3つ巴の三股みたいな状況は経験がないのだ。経験がないものは答えの出しようがない。
……白石凪咲という周りの目を全く気にしない強敵に対して、共同戦線を張ろうとか、そういうことなのだろうか?
どれだけ考えても51脳は『NOT_FOUND』もしくは『 ERR_CONNECTION_TIMED_OUT』である。
「ねえ、悠真」
美咲が話しかけてくる。その声には、さっきまでの鋭さは消えていた。
「修学旅行、楽しみだね。オランダ村ではどこに行きたい?」
質問に答えようとした瞬間、純美が口を開く。
「私、風車を見たいな。写真で見たけど、すごく綺麗だったから」
純美の声には、かすかな期待が混じっている。美咲は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「そうだね。風車、きっと素敵よ。悠真はどう?」
再び話を振られ、慌てて答える。
「あ、うん。風車もいいけど、オレは運河とか、街並みを見て回りたい、かな……」
言葉を選びながら話す。どちらかに肩入れするような発言は避けたかった。美咲と純美の表情が微妙に変化する。二人の間で揺れ動く空気に、息苦しさを覚える。
前の座席の方で凪咲が他の女子たちと話している姿が目に入る。さっきのは一体何だったんだ? かまいたち? つむじ風? 台風?
「あのね、悠真」
純美が小さな声で呼びかけてくる。
「白石さん、怒ってたと思う?」
その問いかけに一瞬言葉に詰まるが、より美咲の視線が鋭く感じられる。
「さあ……オレにはよくわかんねえけど、大丈夫なんじゃ?」
曖昧な返事をしながら、窓の外に広がる海を見つめる。波の揺らめきが、心の中の動揺を映し出しているようだ。
「そっか……」
純美の声には何かしら複雑な感情が見え隠れしている。美咲が話題を変えようとする。
「ねえ、着いたら写真撮ろうよ! 私ね……」
フェリーはときおり波にぶつかっては大きく揺れ、快晴の海原を進む。この旅がオレ達にどんな経験をもたらすのか。期待と不安が入り混じる中、深く息を吐いた。
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