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中国分割と世界戦略始動-東アジアの風雲-
第777話 『背水の陣、鴨緑江』
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天正二十一年三月四日(1592/4/15) 鴨緑江沖 晴れ
鴨緑江河口に轟音が響き渡る。黒煙を噴き上げる出雲をはじめとする肥前国第一艦隊から、次々と砲弾が放たれたのだ。その光景は李舜臣の目に焼き付いた。
「これは……まるで雷神の怒りのようですな……」
李は、双眼鏡越しに繰り広げられる光景に息をのむ。
パンオクソン(板屋船)からの砲撃とは比較にならない速度と正確さで、砲弾は明の渡船や輜重部隊に命中する。木造の船は炎上し、積み上げられた物資は四散した。
「これは……敵陣の真上や地面で再び砲弾が爆発しているように見えますが……」
「さすが李提督にございます」
勝行は感心したようにうなずいた。
「あれは『榴弾』、われらは『炸裂弾』と呼んでおりますが、それを用いた砲撃にございます。新式の製法で作られた大砲、様々な玉を使うことができるようになり申した。その1つが、この炸裂弾にございます。中に火薬をぎっしり詰め込み、信管を使うて、狙った場所の上空か、着弾した時に爆ぜさせることができまする」
勝行は懐中時計を取り出し、蓋を開けて中を見せた。計測用のストップウォッチである。
「この信管には『火導』が仕込まれており、火薬の燃える速さで爆ぜる刻限《こくげん》を計り、狙った時に炸裂させることができるのです。然れど距離によって火導の長さを調整せねばならんゆえ、必ずしも思う通りの刻限に炸裂するとは限りませぬ。それゆえ上空で爆ぜたり地で爆ぜたりしております」
李は炸裂弾というものは知っていたが、ここまでのものは見た事はなかった。
「加えて申せば、大砲というものは狙いを定めても、なかなか思うように当たらぬもの。そこで『夾叉射撃』という方法を用いまする」
勝行は指で鴨緑江河口を指し示した。
「まず、二発の砲弾を放ちます。一発はわざと手前に、もう一発はわざと奥に着弾させる。その着弾点を見て、次はその中間に落ちるよう調整するのです。これを繰り返すことで、徐々に狙いを絞り込んでいく。これが夾叉射撃の要諦にございます」
李は双眼鏡で砲撃の様子を改めて観察した。
確かに同じ場所に着弾する砲弾ばかりではない。
手前と奥に着弾する砲弾を観測し、その後に続く砲弾の着弾点が修正されていく様子が見て取れた。さらには榴弾を用いて発生する爆風・爆発によって、精度不足を補って砲撃の効果を高めている。
「なるほど、そのような方法があるとは……。しかしそれには熟練の砲手が必要となるのでしょうな」
「左様にございます。砲手の技量に加え、距離を正確に測ることも重要になります。そこで、我らは様々な道具を用いております」
勝行は艦橋にある測距儀やその他の機器を指し示した。
「これらの道具を使い、風や波、船の揺れまでも考慮に入れ、正確な距離を測り、最適な火導の長さ、そして大砲の角度を計算するのです。これにより、より精度の高い砲撃が可能となるのでございます」
李舜臣はうなるしかなかった。
■明軍 補給部隊
鴨緑江東岸に築かれた明軍の陣地は、炎と黒煙に包まれていた。肥前国艦隊の砲撃は、すでに鴨緑江を渡河し終えた明軍の兵站を容赦なく叩き、兵糧や弾薬の山を次々と吹き飛ばしていた。
「何事だ! ? この爆音は……!」
明軍水軍の渡船・補給部隊の指揮官、沈有容は、突如として始まった砲撃に驚きを隠せない。これまでに経験のない速度と精度、そして破壊力である。
「敵襲……! 敵襲!」
陣地内は騒然となり、兵士たちは混乱に陥る。次々と降り注ぐ砲弾は、兵糧庫を破壊し、弾薬庫を誘爆させ、陣地を火の海に変えていく。
「沈提督! 輜重隊が甚大な被害を受けております! 少なくとも三箇所の兵糧庫が炎上し、周辺にも延焼しております! 弾薬庫も一箇所被弾し、誘爆の危険性があります!」
「何だと……! ? 三箇所の兵糧庫が炎上! ? 弾薬庫にも被弾だと!? ……急ぎ軍務様に報告せねば!」
沈有容は顔面蒼白になり、直ちに楊鎬のいる本陣へ急使を走らせた。最初の数日の補給が途絶えるだけでも、この大軍の進軍は大きく滞ってしまう。一刻の猶予もなかった。
ほどなくして、急使からの報告を受けた明軍総司令官楊鎬は、事態の深刻さを悟り自ら沈有容の陣地へ赴くことを決めた。楊鎬の顔色も、報告を受けた時よりも明らかに悪い。
「……敵艦隊の砲撃とは……恐るべき威力じゃ」
楊鎬は黒煙が立ち上る陣地の様子を遠くから眺め、低い声でつぶやいた。肥前国の海軍がこれほど強力ならば、鴨緑江の渡河を見越して海路からの補給を実行に移している水軍が危険である。
■肥前国西部軍団司令部
「なんだこの音は? 砲撃は許可しておらぬ。作戦のうちに入っておらぬぞ」
鴨緑江の沿岸から次々に聞こえる爆音に、軍団長の島津義弘は部下に確認させつつ、状況を確認する。
「申し上げます! 気球観測部隊より報告! 沖合の友軍よりの砲撃、敵の輜重部隊を直撃、渡河艦艇ならびに輜重隊に被害甚大!」
「なんと!」
最初の軍議の際には陸軍主体の戦いになると予想され、海軍には輸送と敵の補給路の遮断を要請していたが、なんと勝行は陸上部隊へ艦砲射撃を行って直接攻撃していたのだ。
「まったく、あの御仁は。この上まだ武功を重ねるか……」
義弘は苦笑いしながらも、内心では勝行の機転と決断力に感嘆していた。海軍の砲撃開始の報を受け、自らの西部軍団も機を逃すまいと、展開していた麾下の2個師団に攻撃命令を下したのだ。
「全軍に伝えよ! 敵兵站拠点への砲撃を開始せよ! 海軍と呼応し、敵の補給を徹底的に叩き潰すのだ!」
義弘の号令一下、肥前国陸軍の最新鋭の32ポンドカノン砲、24ポンドカノン砲が火を噴いた。数十門の砲撃の轟音が谷間に響き渡り、黒煙が空高く舞い上がる。
鴨緑江沿いの明軍兵站拠点に向けて、正確な砲撃が開始された。
砲兵隊は4個連隊の約1,200名、大砲80門の陣容で、観測隊からの情報に基づき、正確な砲撃を加える。
まず主要な兵糧庫、弾薬庫を狙い撃ちにした。
榴弾が命中すると、轟音とともにオレンジ色の炎が噴き上がり、黒煙が空を覆い尽くす。さらに、陣地内の兵士の密集地帯にも砲撃を加えた。砲弾の炸裂によって発生する爆風と破片は、兵士たちに甚大な被害を与えていく。
■明軍 補給部隊
「うわああああ!」
「逃げろおおお!」
「助けてくれえええ!」
叫び声、悲鳴、うめき声が入り混じって、陣地内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
兵糧庫から立ち上る黒煙はまるで巨大な怪物のようだ。爆風で吹き飛ばされた兵士たちの体は、無惨にも肉片と化して辺りに散乱していた。
沈有容は、この凄惨な光景を前に、歯を食いしばっていた。
(……ここまでか……!)
陸と海からの挟み撃ち。圧倒的な火力と精度。もはや、これまでなのか……。
「沈提督! これ以上の抗戦は無意味です! まずは砲撃の届かない場所へ……」
副官が血相を変えて進言してきた。
「……そうだ! 全軍に伝えよ! 直ちに陣地を放棄し、山陰に退避せよ! 砲撃の届かぬ場所で態勢を立て直すのだ! この状況を軍務様に報告し、指示を仰ぐ。それまでは、兵の安全確保を最優先とする! 急げ!」
沈有容の号令一下、明軍兵士たちは散り散りになりながら、必死に砲撃の届かない場所へ逃げ惑っていった。負傷者たちは置き去りにされ、うめき声だけがむなしく響いている。
次回予告 第778話 『撤退の代償』
鴨緑江河口に轟音が響き渡る。黒煙を噴き上げる出雲をはじめとする肥前国第一艦隊から、次々と砲弾が放たれたのだ。その光景は李舜臣の目に焼き付いた。
「これは……まるで雷神の怒りのようですな……」
李は、双眼鏡越しに繰り広げられる光景に息をのむ。
パンオクソン(板屋船)からの砲撃とは比較にならない速度と正確さで、砲弾は明の渡船や輜重部隊に命中する。木造の船は炎上し、積み上げられた物資は四散した。
「これは……敵陣の真上や地面で再び砲弾が爆発しているように見えますが……」
「さすが李提督にございます」
勝行は感心したようにうなずいた。
「あれは『榴弾』、われらは『炸裂弾』と呼んでおりますが、それを用いた砲撃にございます。新式の製法で作られた大砲、様々な玉を使うことができるようになり申した。その1つが、この炸裂弾にございます。中に火薬をぎっしり詰め込み、信管を使うて、狙った場所の上空か、着弾した時に爆ぜさせることができまする」
勝行は懐中時計を取り出し、蓋を開けて中を見せた。計測用のストップウォッチである。
「この信管には『火導』が仕込まれており、火薬の燃える速さで爆ぜる刻限《こくげん》を計り、狙った時に炸裂させることができるのです。然れど距離によって火導の長さを調整せねばならんゆえ、必ずしも思う通りの刻限に炸裂するとは限りませぬ。それゆえ上空で爆ぜたり地で爆ぜたりしております」
李は炸裂弾というものは知っていたが、ここまでのものは見た事はなかった。
「加えて申せば、大砲というものは狙いを定めても、なかなか思うように当たらぬもの。そこで『夾叉射撃』という方法を用いまする」
勝行は指で鴨緑江河口を指し示した。
「まず、二発の砲弾を放ちます。一発はわざと手前に、もう一発はわざと奥に着弾させる。その着弾点を見て、次はその中間に落ちるよう調整するのです。これを繰り返すことで、徐々に狙いを絞り込んでいく。これが夾叉射撃の要諦にございます」
李は双眼鏡で砲撃の様子を改めて観察した。
確かに同じ場所に着弾する砲弾ばかりではない。
手前と奥に着弾する砲弾を観測し、その後に続く砲弾の着弾点が修正されていく様子が見て取れた。さらには榴弾を用いて発生する爆風・爆発によって、精度不足を補って砲撃の効果を高めている。
「なるほど、そのような方法があるとは……。しかしそれには熟練の砲手が必要となるのでしょうな」
「左様にございます。砲手の技量に加え、距離を正確に測ることも重要になります。そこで、我らは様々な道具を用いております」
勝行は艦橋にある測距儀やその他の機器を指し示した。
「これらの道具を使い、風や波、船の揺れまでも考慮に入れ、正確な距離を測り、最適な火導の長さ、そして大砲の角度を計算するのです。これにより、より精度の高い砲撃が可能となるのでございます」
李舜臣はうなるしかなかった。
■明軍 補給部隊
鴨緑江東岸に築かれた明軍の陣地は、炎と黒煙に包まれていた。肥前国艦隊の砲撃は、すでに鴨緑江を渡河し終えた明軍の兵站を容赦なく叩き、兵糧や弾薬の山を次々と吹き飛ばしていた。
「何事だ! ? この爆音は……!」
明軍水軍の渡船・補給部隊の指揮官、沈有容は、突如として始まった砲撃に驚きを隠せない。これまでに経験のない速度と精度、そして破壊力である。
「敵襲……! 敵襲!」
陣地内は騒然となり、兵士たちは混乱に陥る。次々と降り注ぐ砲弾は、兵糧庫を破壊し、弾薬庫を誘爆させ、陣地を火の海に変えていく。
「沈提督! 輜重隊が甚大な被害を受けております! 少なくとも三箇所の兵糧庫が炎上し、周辺にも延焼しております! 弾薬庫も一箇所被弾し、誘爆の危険性があります!」
「何だと……! ? 三箇所の兵糧庫が炎上! ? 弾薬庫にも被弾だと!? ……急ぎ軍務様に報告せねば!」
沈有容は顔面蒼白になり、直ちに楊鎬のいる本陣へ急使を走らせた。最初の数日の補給が途絶えるだけでも、この大軍の進軍は大きく滞ってしまう。一刻の猶予もなかった。
ほどなくして、急使からの報告を受けた明軍総司令官楊鎬は、事態の深刻さを悟り自ら沈有容の陣地へ赴くことを決めた。楊鎬の顔色も、報告を受けた時よりも明らかに悪い。
「……敵艦隊の砲撃とは……恐るべき威力じゃ」
楊鎬は黒煙が立ち上る陣地の様子を遠くから眺め、低い声でつぶやいた。肥前国の海軍がこれほど強力ならば、鴨緑江の渡河を見越して海路からの補給を実行に移している水軍が危険である。
■肥前国西部軍団司令部
「なんだこの音は? 砲撃は許可しておらぬ。作戦のうちに入っておらぬぞ」
鴨緑江の沿岸から次々に聞こえる爆音に、軍団長の島津義弘は部下に確認させつつ、状況を確認する。
「申し上げます! 気球観測部隊より報告! 沖合の友軍よりの砲撃、敵の輜重部隊を直撃、渡河艦艇ならびに輜重隊に被害甚大!」
「なんと!」
最初の軍議の際には陸軍主体の戦いになると予想され、海軍には輸送と敵の補給路の遮断を要請していたが、なんと勝行は陸上部隊へ艦砲射撃を行って直接攻撃していたのだ。
「まったく、あの御仁は。この上まだ武功を重ねるか……」
義弘は苦笑いしながらも、内心では勝行の機転と決断力に感嘆していた。海軍の砲撃開始の報を受け、自らの西部軍団も機を逃すまいと、展開していた麾下の2個師団に攻撃命令を下したのだ。
「全軍に伝えよ! 敵兵站拠点への砲撃を開始せよ! 海軍と呼応し、敵の補給を徹底的に叩き潰すのだ!」
義弘の号令一下、肥前国陸軍の最新鋭の32ポンドカノン砲、24ポンドカノン砲が火を噴いた。数十門の砲撃の轟音が谷間に響き渡り、黒煙が空高く舞い上がる。
鴨緑江沿いの明軍兵站拠点に向けて、正確な砲撃が開始された。
砲兵隊は4個連隊の約1,200名、大砲80門の陣容で、観測隊からの情報に基づき、正確な砲撃を加える。
まず主要な兵糧庫、弾薬庫を狙い撃ちにした。
榴弾が命中すると、轟音とともにオレンジ色の炎が噴き上がり、黒煙が空を覆い尽くす。さらに、陣地内の兵士の密集地帯にも砲撃を加えた。砲弾の炸裂によって発生する爆風と破片は、兵士たちに甚大な被害を与えていく。
■明軍 補給部隊
「うわああああ!」
「逃げろおおお!」
「助けてくれえええ!」
叫び声、悲鳴、うめき声が入り混じって、陣地内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
兵糧庫から立ち上る黒煙はまるで巨大な怪物のようだ。爆風で吹き飛ばされた兵士たちの体は、無惨にも肉片と化して辺りに散乱していた。
沈有容は、この凄惨な光景を前に、歯を食いしばっていた。
(……ここまでか……!)
陸と海からの挟み撃ち。圧倒的な火力と精度。もはや、これまでなのか……。
「沈提督! これ以上の抗戦は無意味です! まずは砲撃の届かない場所へ……」
副官が血相を変えて進言してきた。
「……そうだ! 全軍に伝えよ! 直ちに陣地を放棄し、山陰に退避せよ! 砲撃の届かぬ場所で態勢を立て直すのだ! この状況を軍務様に報告し、指示を仰ぐ。それまでは、兵の安全確保を最優先とする! 急げ!」
沈有容の号令一下、明軍兵士たちは散り散りになりながら、必死に砲撃の届かない場所へ逃げ惑っていった。負傷者たちは置き去りにされ、うめき声だけがむなしく響いている。
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