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天下一統して大日本国となる。-天下百年の計?-
第735話 「北加伊道は、まだ、蝦夷地なのか」
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天正十六年三月十日(1587/4/17)北加伊道地方 小樽 旅館
純正は男の子を大浴場へ連れて行った後に服を脱がせるが、ボロボロで汚れている。どう考えても接客で働いていたとは思えない。裏方の仕事をさせられていたのだろうか。
それでも10歳の子供に仕事なんて……。肥前国内、諫早だけでなく西国の子供は、こんな事はもう何年も前になくなったと流民管理局から報告を受けていた。
それが、この北加伊道ではまだ、あるのだろうか。
背中に大きなあざがあり、何箇所も傷があってかさぶたになっている。純正は怒りとともに、どうしようもないやるせなさを感じた。今まで必死にやってきたが、結局まだ足りないのだろうか?
児童虐待である。そういう認識を変えさせるために、20年も流民の保護や教育制度を整えてきたのだ。
純正は湯船から静かに湯をすくい、男の子の背中にそっとかけた。湯が肌を伝う度に、隠れていたあざや傷痕が露わになる。湯気越しに少年の表情は見えないが、その小さな肩の震えに恐怖と緊張がにじんでいた。
『大丈夫だよ』と純正はやさしく声をかける。少年は黙ったまま身を任せ、その姿に純正の胸が締め付けられた。
髪を洗いながら、純正の心は重い。
北加伊道の現実が、これまでやってきた改革の及ばぬ深さを突きつける。努力を重ねても、全てを変えるのは容易ではない。それでも、目の前の子供から始めなければ。
既に小樽の開発を始めて15年になるのだ。
湯から上がると、純正は新しい着物を差し出した。
「着てごらん」
その言葉に、少年の目に小さな光が宿る。着替えを終えた少年の表情が、僅かに和らいだのを見て、純正は決意を新たにする。
「さあ、一緒に食事をしよう。それから話を聞かせてくれないか?」
純正は少年の小さな手を取り、静や藤がいる客室へ向かう。
部屋に入ると、宴もたけなわで、食事に舌鼓をうちながら酒を飲んでは話が盛り上がっている。
「あら、あなた様、どちらに行かれてたのですか?」
静がそう言うと藤も続く。
「主役がいなければ面白くありませんわ」
二人の言葉に純正は笑いながら、男の子の手を引いて上座へと向かう。
「あら、まあ可愛い! 如何なされたのですか?」
藤は目を輝かせて男の子を見る。母が子を慈しむかのような素振りだ。
「まあ、真に。歳の頃は十ほどでしょうか。この宿の子ですの?」
純正はどうやらそうではない事と、体中の傷とボロボロの服のことをそのまま二人に伝えた。
「そんな、未だ然様な事が……まさか!」
「まさか?」
藤の方の言葉に純正はすぐ反応した。
「この子はアイヌの子ではありませんの? どことなく和人とは違う姿をしているような気がします」
父親がアイヌで母親が和人なのかもしれない。いずれにしても、アイヌだからこのような虐待を受けているならば、即刻やめさせなければならない。
もしかすると他にもいるかもしれないのだ。
■翌日
「女将よ、良い風呂であり、食事に酒であった。礼を言う」
「恐れ多い事にございます。いかほど留まられるのですか?」
旅館の女将は平身低頭で純正に感謝を述べ、滞在日数を聞いてきた。純正は蠣崎慶広と会談し、北加伊道地方の視察日程の確認のために、今日一日は泊まり、明日出発する事を告げた。
「時に女将、昨日の子供がいたであろう? アイヌの子か?」
「はい。父親がアイヌで母親が和人にございます。どちらも早くに亡くしたもので、縁を頼って私どものところにきたので、住まわせているのでございます」
「さようか。それにしては歳の頃は十くらいかと思うが?」
「はい、詳しくはわかりませんが、本人が言うにはそれくらいかと」
「では何故学校に行っておらぬ? それにボロボロの服で体中に傷があったぞ」
瞬間、女将の顔から血の気が引いた。
「そ、それは……」
「もうよい、あの子はオレが預かる。一緒に連れて行って諫早で学校に通わせる。それから、もし、同じような事があれば、わかるな?」
「は! は! それはもう!」
女将は直立不動になって何度も頭を下げる。純正は一部始終を蠣崎慶広に伝え、アイヌの民への迫害や虐待の有無を厳しく確認し、根絶するよう命じるのであった。
■総督府
「と、言うわけだ。お主の裁量であの宿にはなんらかの罰を加えておくように。よいな」
「ははっ」
慶広と会談を始めた純正は最初にアイヌの事をあげ、迫害と虐待を一切なくすように、教育制度や就職制度も、本土の和人と同じようにするように念を押した。
※同じ日本人ですが、小説の時代設定上、アイヌ人・和人として表記しています。
「して、軍港の方は如何だ? 進んでおるか?」
純正は蒸気機関搭載の軍艦を建造するために、全国の造船所の拡張と増設を行っていた。その総数は既存の増設を含めれば100近くもある。
一昨年の肥前国における陸海軍拡大の会議で、大型船舶を建造できる造船所が不足していることが問題視された。
この不足により主力艦隊や大型輸送艦の運用が困難になる可能性があるため、陸軍の拡大と物資輸送の増加に伴い、さらに多くの大型輸送艦や補給艦が必要とされたのだ。
また、民間の造船需要も高まり、大型輸送船や漁船の需要が増加している。この状況を踏まえ、造船所の数を増やす計画が提案され、開発度や防衛力が高い地域を中心に新たな造船所を設立する方針が示された。
資金は肥前国政府が拠出したが、商船の造船が主となるであろう地域の造船所に関しては、民間からの出資も多数あった。東南アジアへの進出を図っていた堺の会合衆もその一つである。
「は、つつがなく進んでおります。既存の船渠を拡げ、新たにさらに大きな船渠を整えておりますれば、来年、遅くとも再来年には完成する見通しとなっております」
「うむ、大義である」
純正はこれから、北加伊道沿岸都市をまわる。
稚内、網走、根室、釧路、苫小牧、室蘭、箱館を順に回っていき、もう一度小樽へ寄る。その後ペトロパブロフスク・カムチャツキー、ヴィリュチンスクと回るのだ。
最後はオホーツク県オホーツクである。
次回 第736話 (仮)『ペトロパブロフスク・カムチャツキーからオホーツクをへてウラジオストクへ』
純正は男の子を大浴場へ連れて行った後に服を脱がせるが、ボロボロで汚れている。どう考えても接客で働いていたとは思えない。裏方の仕事をさせられていたのだろうか。
それでも10歳の子供に仕事なんて……。肥前国内、諫早だけでなく西国の子供は、こんな事はもう何年も前になくなったと流民管理局から報告を受けていた。
それが、この北加伊道ではまだ、あるのだろうか。
背中に大きなあざがあり、何箇所も傷があってかさぶたになっている。純正は怒りとともに、どうしようもないやるせなさを感じた。今まで必死にやってきたが、結局まだ足りないのだろうか?
児童虐待である。そういう認識を変えさせるために、20年も流民の保護や教育制度を整えてきたのだ。
純正は湯船から静かに湯をすくい、男の子の背中にそっとかけた。湯が肌を伝う度に、隠れていたあざや傷痕が露わになる。湯気越しに少年の表情は見えないが、その小さな肩の震えに恐怖と緊張がにじんでいた。
『大丈夫だよ』と純正はやさしく声をかける。少年は黙ったまま身を任せ、その姿に純正の胸が締め付けられた。
髪を洗いながら、純正の心は重い。
北加伊道の現実が、これまでやってきた改革の及ばぬ深さを突きつける。努力を重ねても、全てを変えるのは容易ではない。それでも、目の前の子供から始めなければ。
既に小樽の開発を始めて15年になるのだ。
湯から上がると、純正は新しい着物を差し出した。
「着てごらん」
その言葉に、少年の目に小さな光が宿る。着替えを終えた少年の表情が、僅かに和らいだのを見て、純正は決意を新たにする。
「さあ、一緒に食事をしよう。それから話を聞かせてくれないか?」
純正は少年の小さな手を取り、静や藤がいる客室へ向かう。
部屋に入ると、宴もたけなわで、食事に舌鼓をうちながら酒を飲んでは話が盛り上がっている。
「あら、あなた様、どちらに行かれてたのですか?」
静がそう言うと藤も続く。
「主役がいなければ面白くありませんわ」
二人の言葉に純正は笑いながら、男の子の手を引いて上座へと向かう。
「あら、まあ可愛い! 如何なされたのですか?」
藤は目を輝かせて男の子を見る。母が子を慈しむかのような素振りだ。
「まあ、真に。歳の頃は十ほどでしょうか。この宿の子ですの?」
純正はどうやらそうではない事と、体中の傷とボロボロの服のことをそのまま二人に伝えた。
「そんな、未だ然様な事が……まさか!」
「まさか?」
藤の方の言葉に純正はすぐ反応した。
「この子はアイヌの子ではありませんの? どことなく和人とは違う姿をしているような気がします」
父親がアイヌで母親が和人なのかもしれない。いずれにしても、アイヌだからこのような虐待を受けているならば、即刻やめさせなければならない。
もしかすると他にもいるかもしれないのだ。
■翌日
「女将よ、良い風呂であり、食事に酒であった。礼を言う」
「恐れ多い事にございます。いかほど留まられるのですか?」
旅館の女将は平身低頭で純正に感謝を述べ、滞在日数を聞いてきた。純正は蠣崎慶広と会談し、北加伊道地方の視察日程の確認のために、今日一日は泊まり、明日出発する事を告げた。
「時に女将、昨日の子供がいたであろう? アイヌの子か?」
「はい。父親がアイヌで母親が和人にございます。どちらも早くに亡くしたもので、縁を頼って私どものところにきたので、住まわせているのでございます」
「さようか。それにしては歳の頃は十くらいかと思うが?」
「はい、詳しくはわかりませんが、本人が言うにはそれくらいかと」
「では何故学校に行っておらぬ? それにボロボロの服で体中に傷があったぞ」
瞬間、女将の顔から血の気が引いた。
「そ、それは……」
「もうよい、あの子はオレが預かる。一緒に連れて行って諫早で学校に通わせる。それから、もし、同じような事があれば、わかるな?」
「は! は! それはもう!」
女将は直立不動になって何度も頭を下げる。純正は一部始終を蠣崎慶広に伝え、アイヌの民への迫害や虐待の有無を厳しく確認し、根絶するよう命じるのであった。
■総督府
「と、言うわけだ。お主の裁量であの宿にはなんらかの罰を加えておくように。よいな」
「ははっ」
慶広と会談を始めた純正は最初にアイヌの事をあげ、迫害と虐待を一切なくすように、教育制度や就職制度も、本土の和人と同じようにするように念を押した。
※同じ日本人ですが、小説の時代設定上、アイヌ人・和人として表記しています。
「して、軍港の方は如何だ? 進んでおるか?」
純正は蒸気機関搭載の軍艦を建造するために、全国の造船所の拡張と増設を行っていた。その総数は既存の増設を含めれば100近くもある。
一昨年の肥前国における陸海軍拡大の会議で、大型船舶を建造できる造船所が不足していることが問題視された。
この不足により主力艦隊や大型輸送艦の運用が困難になる可能性があるため、陸軍の拡大と物資輸送の増加に伴い、さらに多くの大型輸送艦や補給艦が必要とされたのだ。
また、民間の造船需要も高まり、大型輸送船や漁船の需要が増加している。この状況を踏まえ、造船所の数を増やす計画が提案され、開発度や防衛力が高い地域を中心に新たな造船所を設立する方針が示された。
資金は肥前国政府が拠出したが、商船の造船が主となるであろう地域の造船所に関しては、民間からの出資も多数あった。東南アジアへの進出を図っていた堺の会合衆もその一つである。
「は、つつがなく進んでおります。既存の船渠を拡げ、新たにさらに大きな船渠を整えておりますれば、来年、遅くとも再来年には完成する見通しとなっております」
「うむ、大義である」
純正はこれから、北加伊道沿岸都市をまわる。
稚内、網走、根室、釧路、苫小牧、室蘭、箱館を順に回っていき、もう一度小樽へ寄る。その後ペトロパブロフスク・カムチャツキー、ヴィリュチンスクと回るのだ。
最後はオホーツク県オホーツクである。
次回 第736話 (仮)『ペトロパブロフスク・カムチャツキーからオホーツクをへてウラジオストクへ』
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