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日ノ本未だ一統ならず-技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ-

第658話 『税制の改革と払い下げ。省庁再編と新規の設備投資』(1578/10/22)

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 天正七年九月二十二日(1578/10/22) 諫早城 <純正>

 終わった……。5~6年後と考えていたスペイン戦が終わって、南方の脅威は去ったな。明も、まあよっぽどの事がないと行動は起こさないだろう。いま単独で俺たちに攻めてくるメリットがない。

 北条にしても、俺たちの領内から情報が漏れるとしても数ヶ月先だろうし、スペイン軍の生き残りが奇跡的に小笠原にたどり着いて伝えたとしても、それ以上かかるだろう。

 どっちにしても国内外ともに脅威は去った。

「誰かある! 弥市を呼んでくれ」

 俺は財務省の太田和弥市を呼んで、財務状況の詳細を知っておこうと考えた。ないだろうが、忖度そんたくで歳入を多めに、歳出を少なめに計上しているかもしれない。

 あってはならない事だけどな。




「弥市、今日は正直に話してほしい」

「は? 御屋形様、正直になどど。それがし御屋形様に嘘は申しませぬ」

 弥市は心外だとばかりに目を見開いて俺に正対する。やっぱり正直者だ。弥市が嘘をつくなんてあり得ない。ごめん。

「いやいやすまん。戯れ言じゃ。お主が嘘を申すなど思うておらぬ。あはははは」

 ほっと胸をなで下ろす弥市である。

「して御屋形様、こたびはいかがなさいましたか。急なお呼び出し、なんぞ急用でもございましたか?」

「いやなに、スペイン戦も終わったゆえ、しばらくは内政に力を注げよう。それゆえ今のわが家中の勝手向き(財政)を知っておきたかったのだ」

 俺は冗談めかして弥市に言うが、弥市はなるほど、と納得してざっくりと頭で計算する。

「は。されば……軍艦や造船所などの設備の銭は時が経てばなくなりますが、対して陸海軍の将兵達への俸給がかなりの額となっております」

 6年前に行った造船所を八カ所に作って拡大する政策や、戦列艦20隻計画で相当な金を使ったのだ。両方とも単年度の予算では間に合わず、建造期間にあわせて5年分割で捻出した。

 当然船が大きくなり、部隊が増えれば人件費もかさむ。

「うむ。それは命をかけて戦ってくれたの者達ゆえ、ないがしろにはできぬゆえな」

「は。加えて街道の整備や通信、さらには馬借や問いなどの運輸、金銀をはじめとした金山の採掘における人夫への賃金などの入目が多うございます」

 確かに。今も昔も人件費というのは出費の最たるものなのだ。

「御屋形様、これにつきましては、二つ上書いたしたき儀がございます」

「うん。なんじゃ?」

「は。今さら俸給を下げる、となると士気が下がるのはやむを得ませぬ。されど誰もが整った街道を使い、夜でもこの諫早の御城下では行燈の灯りが点り、酒や飯を供する店や宿が繁盛しております。その銭はいずこからでたか? この小佐々の御家中からにございます。もうそろそろ年貢の他に、御家中が物の販売で得た利の他にも、領民から税を徴してもよろしい時期にきているのではないでしょうか?」

「うむ」

 これは一理ある。考えるのが面倒だという訳ではないが、どうしても販売利益にばかり目が行っていた。全く徴収していないわけではなかったが、改めて所得税のようなものを徴収してもいいかもしれない。

 もちろん、生活に負担がかからない程度にだ。

「いま一つとは?」

「はい。先ほど申し上げました街道の整備や馬借や問いなど、官で行っていたものを払い下げ、税を徴収すればよいかと存じます。さすれば管理の手間も省けます」

「ふむ」

「これまでの物成(物納・年貢)はいままで通り四公六民でよいかと存じますが、商いを生業にする者の運上金の他にも、町人や武家(軍人)から税を徴する事で、勝手向きはかなりよくなると存じます」

 米はいったん買い上げて、その六割の代金を支払っていた。米以外の物成も同じである。つまりその時点で税金は徴収しているから、余分には徴収しない。

 北条氏政の四公六民が有名だけど、40%の所得税ってかなりきついよ? まあ基準が低いこの時代だから、ありがたい比率だったんだろうけどね。実際はその他に賦役や軍役があった。

 もちろん、うちの領内ではないけどね。……うーん、確かに運上金関連はもう少し詰めて、町人からも貰えるようにしなくちゃいけないかな。あと武家は……いや、武家ではなくからは徴収しよう。

「ありがとう。助かったよ。こたびは俺が呼んだけど、何かあればいつでも上書してくれ」

「はは」
 



 ■省庁再編会議

「先日、忠右衛門と一貫斎、そして源五郎から蒸気機関と反射炉、そしてライフル銃の量産の目処がついたとの報告があった」

 おおお、と万座がざわめく。宴会を催したので全員が知っていることだったが、改めて拍手が起こった(←この文化は純正が広めた)。一貫斎と源五郎政秀は閣僚ではないので、この会議には参加していない。

「そこで、じゃ。新たな技を作り出すのは時もかかるし手間もかかる。それゆえ我らは、今能う事をやらねばならぬ」

 全員が純正を見る。

「なに、難し事ではない。いま決めておる省庁を新たに改変する。まずは陸海軍だが……」

 陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続は、先日の祝勝会を機に隠居した。現在の陸軍大臣は参謀本部から入閣した長与権平純平(現53)である。治郎兵衛の推薦もあって気骨のある人物だ。

 海軍大臣は深堀純賢で、勝行が現場にこだわりたいとわがままで大臣を辞めてから、長年その重責をになっている。

「まずは陸軍だが、これはさきの上杉戦でも問題となったのだが、歩兵の運用についてだ。結論から言うと、山岳戦・雪中戦・森林戦を見越した新しい訓練科目を加える。専属の部隊を設けるという意味ではないが、それに伴う装備と訓練をすると言う事だ」

 純平は真剣に聞いている。

「山岳部は高地ゆえ、体力の消耗が激しい。故に訓練に山岳行軍を組み込み、また雪中の行軍も訓練に加える。防寒具や足につける歩行用のソリも開発済みだ。あわせて南方の密林地帯に対応するための部隊を新設し訓練する」

 加えて、と純正は続ける。

「火道式時限信管を用いた迫撃砲と、もっと小型の、これは以前開発を進めておった手投げ弾だが、この配備を迅速に行う。銃剣については雷管の開発が未定のため、近接戦闘の訓練を強化する」

「御屋形様、その迫撃砲というのは?」

「迫撃砲は、もともとあった臼砲をさらに軽量化して歩兵数人で運ぶこと能うようにした砲じゃ。子細は一貫斎に聞いて貰えば良いが、山の戦いでは狭い街道で砲を運ぶのも難儀したであろう? ゆえに考えておったのだが、ようやく完成したのだ」

「はは」

「よいか。戦道具は日進月歩、常に精進してくれ。それから純賢」

「はは」

「海軍においては水陸両用の兵法が以前から障りとなっておったが、今のところ、これ以上知らせを密にする策はない。ゆえにそれは致し方ないのだが、艦艇乗組の海兵隊に、水上の装備をつけた訓練をしてほしいのじゃ」

「水上の装備とは?」

「今はまだ荒唐無稽に思えるかもしれんが、誰も海から攻めてくるとは思わぬであろう? 斥候として用いたり、船や橋などへの破壊工作を行えば奇襲となる。それゆえ水に浮きやすい装束や戦道具を開発中じゃ。それから皆、大小は差して居らぬ。あれはあくまで陸での戦のための道具ゆえの」

「は……」

 純賢はいまいちピンときていなかったが、水中作戦など、現時点では技術的に厳しい。しかし発想としてはあってもいいものである。むしろその発想がなければ人類は進歩していなかった。

 シュノーケルはまだしも、酸素ボンベなんて何年後だろうか?




 次回 第659話 (仮)『中浦ジュリアン、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノとともにセバスティアン1世に謁見す』
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