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日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-
第600話 戦争と平和(1574/2/17)
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天正三年一月二十六日(1574/2/17) 摂津 石山本願寺
「なんと! そのような事できようはずがない」
本願寺顕如は七里頼周の報告を聞き、鼻で笑うかのように言い放った。
「されど従わねば、われらは小佐々の敵となりますぞ」
「わかっておる。されどこれでは、織田が小佐々に代わっただけではないか?」
「確かにそうですが、このままなんの返事もせねば、明らかに敵とみなされます」
顕如と頼周が議論を交わしている際、訪問者を告げる知らせがきた。
「法主様、小佐々権中納言様が郎党、太田和治部少輔様がお見えです」
「なにい!」
顕如はどうすべきか考えたが、どうにもできない。迎えるより他ないのだ。
「はじめて御意を得まする。小佐々権中納言様が郎党、太田和治部少輔にございます」
「顕如にございます。その節はいろいろとお世話になりました」
純正は上杉との開戦前、加賀の杉浦玄任に利三郎(治部少輔)を遣いにして、親交を深めたい旨の意向を伝えていた経緯がある。
「して、こたびは何用にございますか」
「ははは。顕如様も人が悪い。何か、などと。こちらに三河守殿がいらっしゃるという事は、もうご存じのはずでは?」
「失礼いたした」
少しバツの悪そうな顔をした顕如であったが、すぐに持ち直して話を続けた。
「こたび、権中納言殿が織田に代わって加賀と越前の諍いを扱う(調停する)と聞き及んでおります。その題目(条件)に耳を疑うようなものがありましたゆえ、いくつかお伺いしたいことがございます」
「なんなりと」
利三郎は笑顔で返す。
「まずは越前にござるが、全ての元凶である富田長繁を守護の座から罷免し、年貢・賦役・軍役の減免を行うとの事にございますが、誠に能いますか?」
「無論の事。この儀については全権を任されておりますれば、なんら問題ございませぬ」
さらりと言い放つ利三郎に、内心疑念を抱きつつも、その堂々たる態度には納得できるものがあった。
「では、越前の治に変わりあらば、この儀は落着となりましょうが、その他になにを為すべき事がありましょうや」
顕如はうまくすり抜けようとしたが、そうは問屋が卸さない。
「ございます。いかに我らが一任されているとはいえ、織田の家中が納得いたしませぬ」
「これは異な事を承る」
顕如は利三郎に反論した。
「越前の儀について、誠に守られるのであれば、そのために起請文も書きましょう。こちらから越前に討ち入る事はありませぬ。その上でなお、何を為す事がありましょうや」
「顕如様」
利三郎は理路整然と語り始めた。
「正直なところ、それがしが調べましたところ、どちらが先に討ち入ったというのは、あまり意味を成しませぬ。それよりも織田、本願寺ともに、和睦をしたにも拘わらず、討ち入っているという事にございます」
要するに今回の件は、ケンカ両成敗という事をいいたいのだろう。今のままでは織田だけが制裁を受け、本願寺側には何もない事になってしまう。
「それゆえ、起請文を書くと言うておるではないか」
「起請文だけでは弱いのです」
利三郎は空気を吐き出すように、静かに言った。
「では……顕如様にお伺いいたします。ここで我らの扱い(調停)を受けて和睦となり、以後は神明に誓って約は破らぬと仰せならば、小佐々との約は守れるが、織田との約は守らずともよかったという事になりますぞ。今まで織田との約は破っておるのですから、言い訳はできますまい」
「それは、それはあまりにも重箱の隅をつつくような物言いではないか」
「然に候わず。そもそも約とは、違える事を前提に結んではおりませぬ。それでもなお、その意を知らしめるために天地神明に誓う起請文を交わすのです。起請文を書こうが書くまいが、約を破った事に変わりはありませぬ」
利三郎は少しだけ語気を強めて続けた。
「このままなら、本願寺は相手によって態度を変える、起請文なら破らぬが、そうでなければ破っても良いという事になりまする」
「ぐ……」
重箱の隅だろうがなんだろうが、利三郎の言っている事は正論である。
「……あいわかった。して、我らに何を望むのじゃ?」
顕如は頼周からおおよそは聞いていたものの、改めて間違いのないように利三郎に尋ねた。
「なにも難し事はございませぬ。まず第一に、守護は従来通り富樫氏として、加賀の政を行う事。そしてその奉行、ならびに役人にいたるまで、本願寺の坊官ならびにそれに準ずる者の関わりをなくす事。加えて酒・味噌・醤油・塩などの他、関銭や各種の寺院が持っている利得を守護の物とする」
「馬鹿な! できるはずがない! 傍若無人と言わずしてなんと言う!」
「なにゆえにござるか?」
「そ、それは……加賀は蓮如様が吉崎御坊を築かれ、布教に専念されて地道な勤めの末に作り上げたものである。酒も味噌もその他も、全ては御仏のお心に従い、門徒のため民のために要るのです」
「なるほど。然れどそれは、本願寺が仕切って全てを徴収せねばならぬ、という事にはなりませぬな。わが小佐々の領内にも数多の本願寺の寺社はありますが、かほど銭をためてはおらぬし、兵など雇ってもおりませぬぞ。それでも門徒に敬われ、平和に幸せに暮らせております。何が違うのでござるか?」
「そ、それは誠にござろうか?」
「それがしが嘘を言ってどうなりますか。確かに石けんやその他の製法を教えて寺の財にしてはおりますが、あくまでそれは寺の維持運営のため。他に門徒の寄進もありますれば、寺からの陳情などありませぬ。門徒からも同じにござる」
「ううむ……」
「あえて耳の痛い話をいたします。かほどに銭をためて何をされるおつもりか?」
「……」
「絢爛豪華なこの本堂、誠にこれほど財をつくしたものが要るのですか? お釈迦様は、法衣一枚を着ながら教えを説いたのでしょう? 己の私利私欲のためでないのなら、何を躊躇う事があるのですか」
「……よく、わかりました。……されど、いましばらく時をいただけませぬか? 応じた後で約を違える動きがあっては、面目がたちませぬゆえ」
「承知しました。じっくりお考えください」
次回 第601話 本願寺、割れる? 大激論の末に
「なんと! そのような事できようはずがない」
本願寺顕如は七里頼周の報告を聞き、鼻で笑うかのように言い放った。
「されど従わねば、われらは小佐々の敵となりますぞ」
「わかっておる。されどこれでは、織田が小佐々に代わっただけではないか?」
「確かにそうですが、このままなんの返事もせねば、明らかに敵とみなされます」
顕如と頼周が議論を交わしている際、訪問者を告げる知らせがきた。
「法主様、小佐々権中納言様が郎党、太田和治部少輔様がお見えです」
「なにい!」
顕如はどうすべきか考えたが、どうにもできない。迎えるより他ないのだ。
「はじめて御意を得まする。小佐々権中納言様が郎党、太田和治部少輔にございます」
「顕如にございます。その節はいろいろとお世話になりました」
純正は上杉との開戦前、加賀の杉浦玄任に利三郎(治部少輔)を遣いにして、親交を深めたい旨の意向を伝えていた経緯がある。
「して、こたびは何用にございますか」
「ははは。顕如様も人が悪い。何か、などと。こちらに三河守殿がいらっしゃるという事は、もうご存じのはずでは?」
「失礼いたした」
少しバツの悪そうな顔をした顕如であったが、すぐに持ち直して話を続けた。
「こたび、権中納言殿が織田に代わって加賀と越前の諍いを扱う(調停する)と聞き及んでおります。その題目(条件)に耳を疑うようなものがありましたゆえ、いくつかお伺いしたいことがございます」
「なんなりと」
利三郎は笑顔で返す。
「まずは越前にござるが、全ての元凶である富田長繁を守護の座から罷免し、年貢・賦役・軍役の減免を行うとの事にございますが、誠に能いますか?」
「無論の事。この儀については全権を任されておりますれば、なんら問題ございませぬ」
さらりと言い放つ利三郎に、内心疑念を抱きつつも、その堂々たる態度には納得できるものがあった。
「では、越前の治に変わりあらば、この儀は落着となりましょうが、その他になにを為すべき事がありましょうや」
顕如はうまくすり抜けようとしたが、そうは問屋が卸さない。
「ございます。いかに我らが一任されているとはいえ、織田の家中が納得いたしませぬ」
「これは異な事を承る」
顕如は利三郎に反論した。
「越前の儀について、誠に守られるのであれば、そのために起請文も書きましょう。こちらから越前に討ち入る事はありませぬ。その上でなお、何を為す事がありましょうや」
「顕如様」
利三郎は理路整然と語り始めた。
「正直なところ、それがしが調べましたところ、どちらが先に討ち入ったというのは、あまり意味を成しませぬ。それよりも織田、本願寺ともに、和睦をしたにも拘わらず、討ち入っているという事にございます」
要するに今回の件は、ケンカ両成敗という事をいいたいのだろう。今のままでは織田だけが制裁を受け、本願寺側には何もない事になってしまう。
「それゆえ、起請文を書くと言うておるではないか」
「起請文だけでは弱いのです」
利三郎は空気を吐き出すように、静かに言った。
「では……顕如様にお伺いいたします。ここで我らの扱い(調停)を受けて和睦となり、以後は神明に誓って約は破らぬと仰せならば、小佐々との約は守れるが、織田との約は守らずともよかったという事になりますぞ。今まで織田との約は破っておるのですから、言い訳はできますまい」
「それは、それはあまりにも重箱の隅をつつくような物言いではないか」
「然に候わず。そもそも約とは、違える事を前提に結んではおりませぬ。それでもなお、その意を知らしめるために天地神明に誓う起請文を交わすのです。起請文を書こうが書くまいが、約を破った事に変わりはありませぬ」
利三郎は少しだけ語気を強めて続けた。
「このままなら、本願寺は相手によって態度を変える、起請文なら破らぬが、そうでなければ破っても良いという事になりまする」
「ぐ……」
重箱の隅だろうがなんだろうが、利三郎の言っている事は正論である。
「……あいわかった。して、我らに何を望むのじゃ?」
顕如は頼周からおおよそは聞いていたものの、改めて間違いのないように利三郎に尋ねた。
「なにも難し事はございませぬ。まず第一に、守護は従来通り富樫氏として、加賀の政を行う事。そしてその奉行、ならびに役人にいたるまで、本願寺の坊官ならびにそれに準ずる者の関わりをなくす事。加えて酒・味噌・醤油・塩などの他、関銭や各種の寺院が持っている利得を守護の物とする」
「馬鹿な! できるはずがない! 傍若無人と言わずしてなんと言う!」
「なにゆえにござるか?」
「そ、それは……加賀は蓮如様が吉崎御坊を築かれ、布教に専念されて地道な勤めの末に作り上げたものである。酒も味噌もその他も、全ては御仏のお心に従い、門徒のため民のために要るのです」
「なるほど。然れどそれは、本願寺が仕切って全てを徴収せねばならぬ、という事にはなりませぬな。わが小佐々の領内にも数多の本願寺の寺社はありますが、かほど銭をためてはおらぬし、兵など雇ってもおりませぬぞ。それでも門徒に敬われ、平和に幸せに暮らせております。何が違うのでござるか?」
「そ、それは誠にござろうか?」
「それがしが嘘を言ってどうなりますか。確かに石けんやその他の製法を教えて寺の財にしてはおりますが、あくまでそれは寺の維持運営のため。他に門徒の寄進もありますれば、寺からの陳情などありませぬ。門徒からも同じにござる」
「ううむ……」
「あえて耳の痛い話をいたします。かほどに銭をためて何をされるおつもりか?」
「……」
「絢爛豪華なこの本堂、誠にこれほど財をつくしたものが要るのですか? お釈迦様は、法衣一枚を着ながら教えを説いたのでしょう? 己の私利私欲のためでないのなら、何を躊躇う事があるのですか」
「……よく、わかりました。……されど、いましばらく時をいただけませぬか? 応じた後で約を違える動きがあっては、面目がたちませぬゆえ」
「承知しました。じっくりお考えください」
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