上 下
577 / 794
日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-

尚元王の死と万暦帝の即位

しおりを挟む
 天正元年(1572)七月十九日

 三ヶ月前に、純正の同盟国(通商和親・準安保)である、琉球王国第二尚氏王統の第五代国王である尚元王が崩御した。

 特に名君というわけでもなく、普通の王であったが、古来より王朝の代替わりの際には政情が不安定になりがちである。崩御の報せを受けた純正はすぐに使節を派遣した。

 体調が思わしくないとの報せで準備はしていたものの、喪に服すとともに親小佐々派の伊地親雲上と長嶺親雲上の身辺警護、それから反小佐々・親明の閣僚の排除に動いたのだ。

 結果、おおきな騒乱もなく葬儀から即位の大典まで行われ、第六代王である尚永王が即位した。純正にとって他国の王が誰になろうが、政治闘争で誰が勝ち、誰が負けようが関係ない。

 しかし琉球は南方進出のための重要な拠点なのだ。親小佐々でなければならなかった。




 一方、海を隔てた中華大陸でも、大きな政治の動きがあった。




「伟大帝王的美德 泽被万民 皇帝万岁 皇帝万岁 皇帝万岁」

(大いなる皇帝陛下の徳 あまねく万民に行き渡る 万歳万歳万々歳)

 先月の隆慶六年六月十日、天正元年(元亀三年・1572)の同日に、明国第十三代皇帝の隆慶帝が崩御し、第十四代皇帝として万暦帝が即位したのだ。

 明と直接の国交はないとはいえ、退去させられるまでは小佐々家はマカオに商館を置いていたのだ。
 
 外交関係が緊張化している時でも、礼儀は忘れてはならないと考え、葬儀と即位の際には使者を派遣した。

 けんもほろろの状態になるのではないか? そんな事は百も承知である。
 
 こういう状況の中でも、純正が礼をつくし、中国の慣例に則ってお悔やみとお祝いの使者を派遣した、という事実が重要なのだ。

 琉球の使者はもとより、東南アジア各国の使節が見守る中、純正の使節がどのような対応を受けるか、それを示したのだ。
 
 それ自体が明に対する外交カードにはならないが、必要な事である。

 結果的に冷遇はされなかったものの、厚遇もされなかった。
 
 中華の皇帝にとって冊封国は中華圏であり文明圏である。冊封をしない国はいわゆる化外の民であり、蛮夷の国なのだ。

 好むと好まざるに関わらず、周辺国もその認識をおり、冊封国でもない国からの使節は好奇の目でみられた。

 冊封国は冊封国で、その中華意識のもと、明の力を背景として自らの統治に利用していたのである。

 しかし、永楽帝の時代には三十余国あった朝貢国も、北虜南倭の影響もあり、明の求心力の低下とともに減っていたのは事実であった。

 ここで言う好奇の目で見られた、というのは卑下した見方ではなく、大丈夫なのか? という意味である。

 純正は澄酒や椎茸、石けんや鉛筆といった様々な特産品の他、ガラス細工や時計、望遠鏡などの加工品も贈ったのだ。
 
 当然生糸や絹織物、茶、陶磁器などの朝貢貿易で下賜されるような品も、国産でしかも高品質のものを贈った。

 要するに、別にあんたらに貰わなくても、よりいい品があるから! という事を暗に示したのだ。
 
 受け取らないなら受け取らないで、それでよかった。何の問題もない。




「十年だ」

 会議室で閣僚との会議中に、純正は告げた。

「十年は明の動向を、しかと見ておかねばならぬな」

「十年とは、なにゆえにございますか?」

 直茂の発言に全員が純正の顔を見る。

「今上皇帝の万暦帝は幼く、いまだ十歳だ。ゆえに補佐が要るが、おそらくは内閣次輔の張居正が実権を握るだろう。首輔の高拱は有能だが事なかれ主義であり、次輔の張居正とはそりが合っていないようだからな」

 純正は情報省の職員の中から外国語に堪能なものを選ばせて、各国に忍ばせている。

 現在のように通信環境が整っていないのでリアルタイムとはいかないが、明の場合は琉球を通じて、一ヶ月から三ヶ月で情報が伝わるようになっていた。

「張居正とは、いかなる男でしょうか?」

 今度は直家が聞いた。

「有能だ。それに加えて政治力もある。豪腕といったところだろう」

「それはちと、やっかいですな」

 官兵衛が感想を述べる。

「古今東西の国を見るに、長きにわたって栄華を極めても、やがては内より腐り崩れるものです。幕府しかり、明国もしかりにございます。永楽帝の御代の繁栄も今は昔、堕落して国庫は厳しいはずです」

「ふむ」

「そのまま滅んでくれれば楽なのですが、その張居正が力を持ったならば、改革を行い財政も立て直すでしょう。さすれば琉球や南蛮の国々への口入れ(介入)も増す恐れがございます」

 台湾しかり琉球しかり、である。

 張居正の改革と腐敗撲滅、そして富国強兵がなされて、再び永楽帝の時代が戻ってきては困るのだ。

「そこよ、りとてすぐにいくさにはならぬであろうが、そのために沿海州の女真に遣いをやっておるのだ。奴らに早々と女真を統べてもらい、明を北から圧してもらわねば。今ごろは源三郎(松浦鎮信・外務省東アジア担当)がすでに会っているだろう」

「「「うべなうべな(なるほどなるほど)」」」

 佐志方庄兵衛と尾和谷弥三郎、そして土居清良が口をそろえてうなずく。

「銀は出さない。貿易による銀の流出をおさえ、ガレオン貿易によるメキシコ銀の流入も阻止する」

 最後の純正のつぶやきが聞こえたかどうかは、わからない。




 ■下越

 本庄繁長と新発田長敦、中条景資の3人は、それぞれの居城を謙信本隊と力を合わせて奪還する事に成功した。

 新発田長敦の居城である新発田城と、中条景資の居城である鳥坂城は、攻城戦の末の被害はあったものの、修復すれば使用可能であった。
 
 しかし、本庄城は別である。

 第四艦隊の艦砲射撃を受けた大川城などの沿岸部の城と同じく、屋根や城壁、土塁や櫓など広範囲に渡って損傷があったのだ。
 
 さらに城下町も同じである。

「……」

 語らずとも繁長の心情は推して知るべしであろう。

 他の2人も大同小異である。
 
 謙信の越中遠征で多大な損害を被った。さらに、城は奪い返しても、内陸部に防衛線を後退させた蘆名や伊達が残っているのだ。

 軍神謙信に従った結果がこれであるから、謙信の求心力が地に堕ちた事は言うまでもない。

 被害のなかった他の揚北衆にしても、今後謙信が軍事行動を起こしたとして、はたしてどれほど協力するであろうか。

 越中の領土を失ったのだ。この上揚北衆の協力もなくなれば、もはや関東管領どころではない。越後守護としての力も保持することが難しくなる。

 越中戦役の敗戦は謙信にとって、あまりにも大きい痛手であった。




 次回 第578話 松前異変
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

処理中です...