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西国王小佐々純正と第三勢力-対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む-

上杉謙信・越後の龍を阻む者達 純正、近江にて織田信長と会談す

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 天正元年(1572年) 三月十二日 近江国蒲生郡 武佐宿村 小佐々織田合議所

 近江国蒲生郡武佐宿村(滋賀県近江八幡市武佐町)に、小佐々家と織田家の会議を行う施設が建てられている。

 基本というか、岐阜城であったり小佐々の大使館では、いろいろと不都合があったようだ。
 
 宿泊施設や飲食店も併設されており、目の前に中山道が走っているので人通りも多い。

 純正や純久にとっては、くつろぎの大使館にいきなり信長が現われる頻度が減る事を考えれば、喜ばしい限りなのだ。




「まずはこたびの越前攻め、祝着至極にて、お喜び申し上げます」

 純正は信長に、越前攻め成功の祝いの言葉を述べ、懐中時計を二個贈った。一個が壊れても修理に出して使えるようにである。
 
 その他の祝いの品は近習に言って届けさせている。

 書状で伝えてはいたが、あらためて伝えた。

「かたじけない。して、こたびの言問こととい(会合)、おおよそ積もり(予想)はできておるが、いかなる為(目的)ぞ」

 信長は微笑みを称えつつ、尋ねてきた。

「はい、越後の龍、謙信の事です」

「ふむ」

「謙信は越中に討ち入り、そのまま上洛せんとなす(しようとする)でしょうが、そのみぎり(時)、兵部卿殿はいかがなさるおつもりか」

「……」

「公方様の御内書のすぢ(内容)は推して知るべきであるが、上洛の目的が貴殿に刃向かう(敵対する)ものであれば、戦われるか?」

 純正は尋ねた。

「……無論にござる。然れど、貴殿もそうならぬよう、色々と動き回っているのであろう? 能登の畠山と会うたと聞き及んでおる。それで、能うのであろうか」

 そう言うとニヤリと笑って信長は純正を見る。

「それは……心得難し(わからない)。最も善きように務め候えども、能わざれば兵を用いるより他はないかと」

「ほう……珍しいな。貴殿が兵を用いる事を口にするとは」

「無論、何事もなければ兵は用いませぬ。然りながら、こたびはどうしても止めなければ。何万もの兵を率いて畿内に入られては、雑作ぞうさ(迷惑)のいたり」

 そう、迷惑なのだ。
 
 それに上洛の目的が信長を倒す事ならば、その旗頭の義昭がすでにいない。上洛を建前に能登と越中を獲ろうという野心が見え見えだ。

「なるほど。してこたびの言問は、なにかわれらに願いがあっての事であろう?」

「左様、これは武田ともはかろう(相談しよう)と考えておるのですが、領国内をわれらの兵が通るのを許していただきたい」

 織田陣営がざわついた。同盟関係にあるとはいえ、戦争中の援軍でもないのに、他国の兵を領内に入れるのは抵抗があるのだろう。

「ほう? わが領国内に兵を入れると?」

「左様、事が起きてからでは間に合いませぬ。今のうちから決めておいた方が良いのです」

 小佐々家と織田家とは通商だけではなく、攻守の盟約がある。攻め込むときは加勢しないが、どちらかが他国に攻められたら、援軍として加勢するというものだ。

「ひとつ、よろしいでしょうか」

 発言の許可を求めたのは、織田家筆頭家老の林佐渡守通貞である。

「構わぬ、申せ」

 信長に許可された通貞が言う。

「中納言様(純正)、まずは兵を用いず謙信を止め、それがならねば兵を使うの合点がいきます。しかるになにゆえ、今になってそれを仰せにございますか?」

 信長は黙って聞いている。

「なるほど、それはごもっとも。この通り、お詫び申し上げる」

 純正は信長を向いて即、謝った。通貞はもっと事前に話があってしかるべき、という事を言いたいのだろう。

「そもそも、小佐々の御家中の方々は、いささか隠ろえ事が多し(秘密主義だ)と存じます。能登行きの件も、われらに一言もなくなされた。これではわれら頼もう(信頼しよう)にも能いませぬ。いかなる御存念にござろうか」

 今度は小佐々陣営がざわつく。

 自らの陣営の領袖が頭を下げたのだ。良い気持ちはしない。しかも、小佐々単独の願いのためではない。上杉を阻止するのは、織田家のためにもなるのだ。

 そこに畳みかけるように嫌みを言われた。普段は冷静な直茂が立ち上がりそうになるのを、純久が押さえる。

「それは重ねて、申し訳ない。お詫び申し上げる」

 純正は再び、信長に頭を下げた。

「然りながら、ひとつ、申し上げたき儀がござる」

 信長に一礼の後、純正は笑顔で通貞を見る。

「そもそも有りてい(率直)に申さば、こたびの上杉の件、われらは別に、動かずともよかったのだ。我らと所領を接しておるわけでもなし、仮に謙信が上洛したとて、都で乱暴狼藉はしまい。われらは検非違使としての任を全うするのみ」

 そこまで言って、純正は一呼吸する。睨みつける訳ではないが、向こう側に座っている織田家臣の顔を順にみていく。それが終わると、さらに続けた。

「むしろ困るのはそちらではござらぬか? よしみがあるとはいえ、われらと比べて長きにわたるものではございますまい。いくさをせずとも済む様、誼を通じておっただけでございましょう? その軍兵ぐんぴょう(軍勢)が近江に入り都に入れば、天下の人々はどう思うか」

 通貞の顔が曇る。

「加えて謙信と一向宗は敵にござる。越中加賀を通るとなれば、必ずや一向宗といくさになるであろう。越前に一向宗はおらぬのか? やつらは上杉でもなし織田でもなし。何が起こるか思いく(予想する)事能わぬぞ」

 越前にも一向宗門徒は多数存在し、朝倉家とも長年戦ってきた。しかし義景の先代であった孝景の代に宥和ゆうわ政策をとり、制限を加えながらも弾圧はせず、共存していたのだ。

 義景も踏襲していた。

 もし一向宗が徹底的に謙信と戦うなら、越前の一向衆の門徒は加賀の門徒と合流し、越中になだれ込むだろう。次は自分たちだと思うからだ。

 信長は一向宗の仇敵ではあるが、目下の敵は謙信である。

 しかし、謙信が計略を用いて神保と本願寺の仲介を行い、または単独講和して、共通の敵を信長にしたらどうなるだろうか? 
 
 それこそ一揆勢を尖兵にした、恐るべき上杉軍団が上洛することになる。

「いま一つ。謙信がこたびは、上洛せん(しよう)という気がないなら、いかがであろうか? 越中は無論のこと能登まで討ち入り、上杉の威勢いやますばかり。時がたつにつれ、織田としてはやり難しとなりますぞ。加えて……」

 純正はなおも続ける。

「こたび、能登に行ったのは、なにも上杉に対する為だけにあらず、蝦夷地との交易のためだ。そのような事、わざわざ言うまでもない。それでも言わねばならぬなら、わが治(内政)への口入れ(干渉)である」

「御屋形様!」

 直茂が純正を制止しようと声をあげた。   

「あいわかった、中納言殿。もうよかろうそのくらいで。通貞、その方も言い過ぎじゃ。言葉にとげがあるぞ」

「は、申し訳ございませぬ」
 
 信長の制止で、ようやく純正は話すのを止めた。

「ともかくだ、こたびの様な行き違いは以後ないようにしなければならぬ。それゆえ、武田と和を結んだとは言え、上杉の如く未だ恐れは去ってはおらぬ。一向宗にしても畿内の残党にしてもじゃ」

 信長は全員を見渡す。

「そのためにこの合議所を作ったのであるから、以後は定めし時に言問(会談)を行い、心を交わして(意思の疎通)行こうではないか。よろしいか、中納言どの」

「異存ございませぬ」

 上杉は小佐々にとってというよりも、織田にとって脅威となるのだから、本来なら織田が主体となって対抗すべきである。
 
 しかし信長は越前を平定したばかりだ。

 それに面倒なのは一向宗である。謙信と戦うなら加賀を通らなければならないが、加賀は一揆の持ちたる国である。
 
 敵である信長を通しはしない。

 そうなれば加賀を通らず越中に入らなければならないが、その途上にある飛騨は武田の領国である。和睦したとはいえ、織田の兵を何事もなく通すのは難しいだろう。

 それに第一、信長が越中に介入する大義名分が、ない。

 そうなると事前に使者を派遣して和睦の話をし、畠山と協力して戦争回避に動いたが、やむを得ず動かなければならなかった、という事にしなければならない。

 いささか遅きに失した感はあるが、小佐々軍二個師団が、織田領と武田領を通って上杉と対峙するために動く事となったのである。

 加えて、越後経済封鎖のための海軍第四艦隊が、能登へ向った。
 
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