上 下
512 / 794
西国王小佐々純正と第三勢力-緊迫の極東と、より東へ-

能登にて七人衆との会談と、岐阜での一節

しおりを挟む
 天正元年(元亀三年・1572年) 三月五日 能登国 鳳至ふげし郡 天堂城

 純正一行は天堂城下で昨日歓待を受け、翌日登城して改めて挨拶を受けた。

「畠山修理大夫義慶よしのりにございます。権中納言様におかれましては、ことさら西国より能登までお越しいただき、恐悦至極にございます」

 昨日の車中で会話を交わした同一人物とは思えないほど、礼儀をわきまえた挨拶である。

「権中納言にござる。面を上げてくだされ。堅苦しい話はなしにしましょう」

 純正はもとより堅い話は苦手であるし、蝦夷地交易の中継地としての話と越中守護の勢力拡大の話である。




「それでは権中納言様におかれては、小佐々家と蝦夷地を、この能登の地を経て交易を行いたい、と仰せなのでしょうか?」

 畠山七人衆筆頭(当時)である長続連つぐつらが純正に尋ねる。

「左様、いずれの地を経ずとも蝦夷地と肥前を行き交うこと能うが、船乗りたちの福利厚生のためにござるよ」

「? 福利、厚生……とは?」

「ああ、要するに船乗りたちのための気晴らしにござる。酒も飲みたければ女も買いた……いや、芸妓遊びもしたいでしょうからな」

「ははは、左様にござりますか」

 純正の訂正で意味を理解した続連は、続いて尋ねる。

「ではわれらと小佐々の御家中は和を結び、蝦夷地との中継ぎの湊としても、盛んに交易を行っていく、という事でよろしいでしょうか」

「相違ござらぬ」

 義慶はもとより、重臣一同から笑顔が漏れる。一時は時の人である純正から書状をもらい、喜びはしたものの、半信半疑ではなかったか? というと嘘になる。

 日高喜からも聞いていたが、畠山氏にとっても当然悪い話ではない。しかしそれと同時に、何か裏があるのではないか、とも考えたのだ。

 温井氏は三津七湊さんしんしちそうの一つ、輪島湊を領し、漆器やそうめん、その他の日本海流通をもって栄えている。

 長氏の支配する穴水も海上交通の重要な補給港であり、帆別銭他でかなりの収入があった。家中における軍事力を背景にした権力は、穴水の賜物といえるだろう。

 遊佐氏は北能登珠洲すず郡の有力国人だが、珠洲湊は珠洲焼の搬出港として栄えた。かめや壺、すり鉢など、日用品としての需要が高く、日本各地に販売されていたのだ。
 
 しかし性能のよい越前や瀬戸の陶器が発達してくると、すたれた。

 そして、畠山義慶が領するのは所口湊である。
 
 古くから同じように日本海海上流通の補給路として栄え、すぐ南に畠山氏のお膝元である能登府中があったので、他の湊とは少し違う発展の歴史があった。

 七人衆の思惑はあるだろうが、純正がどこを選ぶかは、本人と義慶以外には知るよしもない。

「あわせて、皆様にご覧に入れたい物がござる」

 純正はそう言って、発給された『越中守護たる任を果たせ』との勅書を見せた。

「……これは?」

「お聞きおよびかと存ずるが、越中にて神保と椎名の争いをもとに、一向宗と上杉が入りて争いはさらに大きくなりておる。それゆえ民は困窮しておるそうな」

「はい、そのように聞いております」

「様々な思惑が絡んでおるゆえあながち(一概)には言えぬが、今は椎名・神保とも上杉にのまれ、反一向宗という事でひとつになり、越中を統べようとしておる」

「……」

「過日、この甲斐守(日高喜)と治部少輔(太田和利三郎)が越中と越後に赴いて言問こととう(会談する)も、両者譲らず、和睦は難しいとの至り(結果)」

 純正は先日の本願寺との会談と、上杉との会談の次第を話した。

「それゆえ、権中納言様の力を借りて、わが家中の越中守護たる格式をもって和をなせ、という事にございますか」

「左様。然りながら力と言うても軍旅(軍隊)をもって軍旅を制するは上策にあらず、まずは古からの権(権威)をもって制すべし、と存ずる」

 要するに小佐々が軍事以外でバックアップするから、安心して権威を前面に出して、上杉を蚊帳の外にして越中国内で一向宗との争いをやめさせろ、という事なのだ。

 ただし、出された勅書は畠山に対してであり、越中の神保や椎名、一向宗に向けての物ではない。

「対馬守(長続連)、こたびの件は……」

 義慶が意見を続連に言おうとする。

「殿、殿がわざわざ案ずる事にはござりませぬ。このようなことは、われら七人衆にお任せあれ」

 予想通りの反応だが、義慶は気を落とし、純正は顔には出さないものの苛ついているだろう。

「あい……わかった」

 義慶がそう言うと、七人衆は続連を中心に何やら話し始めた。

 織田派の続連としては、信長の同盟相手である純正と懇意にするのは悪手ではない。親上杉の遊佐も、親一向宗の温井も、争いがなくなれば、それに越したことはない。

 ……。

「では殿、我らで合議した末、権中納言様のお考えにうべなふ(従う)に至りましてございます」

「あい……わかった」

 義慶の返事は暗い。が、いつもと同じ暗さではなかった。未来を見据えての事である。

 会談の後さらに饗宴が催されたが、純正一行は一晩泊まって敦賀へ戻った。
 
 もちろん能登には医者の戸塚雲海(船酔い)と原田孫七郎、村山等安、安藤市右衛門、高島茂春他数名の従者が残った。

 原田孫七郎以下の七人は肥前の商家の出であり、交易の心得もある事と、全員が陸海軍にて訓練を受けているので、暗殺防止に純正が選んだのだ。
 
 


 ■岐阜城

「……そうか、やはり義弟(浅井長政)の言っていた事は誠であったか」

 京から岐阜までの街道は、純正の技術援助で完了している。
 
 その後は各々街道の整備を行っていたが、長政は近江において琵琶湖東岸の北へ向かう街道を、伊香郡の若狭国境まで拡張させていた。




 権中納言(純正)様 敦賀に出で座しいでましけり候(いらっしゃいました)。

 あわただしき(突然の) 仕儀(事) なれば 急ぎ 饗応の宴を 催して きらめきけり(迎え入れた)候。

 いずこに 出で座すいでますやと 問へば 能登 と仰せにて さらに何故に と問へば 越中を静謐にせんが為 と仰せけり候。

 加えてそこな(その・そこの)争ひは 越中守護なる 畠山の 勢力せいりきの 衰えにて 起きけり と仰せけり候。

 守護の勢力 大なれば 神保と椎名の争ひは 起きじと思ひけむ(起きなかっただろう) と仰せけり候。

 恐々謹言

 天正元年二月二十四日 長政

 織田兵部卿殿




 あわせて朝廷内の近衛前久の情報によると、越中に関して純正が静謐を求め、朝廷がそれに応じて勅書を出したようだ。
 
 幕府の長たる義昭、つまり権威不在では、誰かが中心となって天下に号令をかけなければならない。そうでなければ平和は望めないが、必然的に信長もしくは純正が中心となる事を意味している。

 信長としては結果的に武田と和睦する形になったが、包囲網の残りを片づけ、朝倉を討伐することが第一義であった。
 
 同様に、純正は越中の安定こそ、上杉と織田の衝突を抑え、平和をもたらすと考えたのだ。

「純正め……いや、その家臣ども、といったところか。確かに一理あるが、いずれにしても我らが勢を強めようと欲すれば、東に進むしかない。武田とは和睦し北条は遠い。上杉とはこのまま誼を通じて、次は加賀を手に入れなければなるまい」

「左様にございます。謙信ある限り越後を獲るのはかたしかと存じます。然れば、まずは加賀を押さえ、越中をわれらが勢に組み入れるのが肝要にて、いかに法と大義と名分をもって事を起こすかにございます」

「ふむ」

 信長の、独り言とも言える発言に秀吉が答える。

 信長としては純正と同盟を結んで同列になるのは、ここに至っては仕方がないと考えているようだ。
 
 むしろ小佐々の勢力は九州や四国を統べた時に織田と同等以上の力をもっていた。

 同盟を組んで西の脅威を取り除き、東へ進もうと考えていたが、武田との和睦の話が入ってきた。
 
 純正と同列になるのは仕方がないが、立場が下になるのは避けなければならない。

 そうでなくても力は明らかに小佐々が上なのだ。

 ここは加賀を制圧し、越中を手中に入れてから力を蓄え、謙信と雌雄を決するより他はない。織田家が生き延び、最悪、不本意ではあるが、二番手として時機を待つためである。

 純正は南方に手を伸ばし、驚愕すべきだが、南蛮の艦隊を破った。蝦夷地との間で、松前の蠣崎氏を介さずに交易をする事なども含め、尋常な事ではない。

 信じられない事ではあるが、小佐々に抗う事などできない。
 
 しかし、しかしだ。せめて日ノ本の東半分は手中に収めなければ、小佐々以下のただの大名に成り下がってしまうのではないか?

 外面はともかく、正直なところ、内面は焦燥にかられていたのだ。




 今に始まった事ではないが、小佐々家と親交を保ちつつ、いかに自らの勢力を拡げるか? それが信長の今後の戦略の第一義であり続けるのであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

討妖の執剣者 ~魔王宿せし鉐眼叛徒~ (とうようのディーナケアルト)

LucifeR
ファンタジー
                その日、俺は有限(いのち)を失った――――  どうも、ラーメンと兵器とHR/HM音楽のマニア、顔出しニコ生放送したり、ギャルゲーサークル“ConquistadoR(コンキスタドール)”を立ち上げたり、俳優やったり色々と活動中(有村架純さん/東山紀之さん主演・TBS主催の舞台“ジャンヌダルク”出演)の中学11年生・LucifeRです!  本作は“小説カキコ”様で、私が発表していた長編(小説大会2014 シリアス・ダーク部門4位入賞作)を加筆修正、挿絵を付けての転載です。  作者本人による重複投稿になります。 挿絵:白狼識さん 表紙:ラプターちゃん                       † † † † † † †  文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔(マレフィクス)は、古より人知れず災いを生み出してきた。  時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ、妖屠たちの物語である。                      † † † † † † †  タイトル・・・主人公がデスペルタルという刀の使い手なので。  サブタイトルは彼の片目が魔王と契約したことにより鉐色となって、眼帯で封印していることから「隻眼」もかけたダブルミーニングです。  悪魔、天使などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”など、キリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ幸いです。  天使、悪魔に興味のある方、厨二全開の詠唱が好きな方は、良かったら読んでみてください! http://com.nicovideo.jp/community/co2677397 https://twitter.com/satanrising  ご感想、アドバイス等お待ちしています! Fate/grand orderのフレンド申請もお待ちしていますw ※)アイコン写真はたまに変わりますが、いずれも本人です。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

処理中です...