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西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
武田勝頼の両目、真田昌幸と曽根虎盛
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遡って元亀二年 九月十二日 甲斐 躑躅ヶ崎館
「誠に! 誠に御屋形様は、生きておられるのですか?」
勝頼は武田の重臣である馬場美濃守信房に訊いた。
「誠だ」
「では何故、それがしには身罷られたなどど、嘘をおっしゃったのですか」
「お主、御屋形様がご存命ならば、素直に家督は受けておらなんだろう?」
「然るもの(当然)にござる。それがしは諏訪の四郎にござりて、家中にもそう思うておる者も多うございます。然れば、武田を背負うことなど許されておりませぬ」
武田勝頼は信玄の四男であるが、嫡子である義信が信玄によって謀反の罪で粛正されてより、長らく武田家の家督継承者の地位は空位であった。
さらに次男は目が見えず三男は早世しており、五男の盛信以下は若すぎる。したがって順番でいけば勝頼である。
しかし勝頼の母は、信玄がかつて信濃を攻めた際に滅ぼした、諏訪頼重の娘である。勝頼はその後諏訪家の家督を継ぎ、諏訪四郎勝頼となっていたのだ。
勝頼を武田の人間ではなく諏訪の人間である、という家臣も多く、また義信廃嫡以降も親今川派の家臣もいた。
それがすぐに嫡男としてみなされなかった理由である。また、信玄は勝頼を陣代とする事で、それら反対派の家臣を納得させようとしていたのだ。
しかし、死んでしまえば陣代では危うい。
武田の将来の雲行きが怪しいとみて、離反する家臣や国人衆もいるだろう。そこで信玄は、勝頼に正式に家督相続をさせようとしたのだ。
結果的に信玄は一命をとりとめたものの、年齢的にも五十を超え、いつ死んでもおかしくない健康状態ではあった。
そこで信玄は自分が存命のうちに家督を譲り、当主としての実績を積ませようとしたのだ。
「では、九郎や喜兵衛はどうなのです? あの者らは御屋形様が身罷られたと信じておりましたぞ。敵に悟られぬよう、御屋形様を荼毘に付したのも、あれも偽りなのですか?」
「左様。そう見える様にしたのだ。御屋形様、いや大御屋形様がすべて取り計らい、お主が家督を継ぐまでは死んだように思わせるため、嘘をつかせた。神人の小間使いや侍医の助手なども、だ」
「なんと……。ではそれがしが九郎(曽根虎盛)や喜兵衛(武藤喜兵衛・真田昌幸)と考えた事も、それも見越して御屋形様が指図されていたのですか?」
「左様。お主から以後の武田の有り様を聞いたとき、大御屋形様も我らも、二人が良い仕事をしてくれたと、喜んだものよ」
信房(馬場信房)はかっかっかっと笑い、勝頼を見る。
「これ、入って参れ」
「はは」
戸を開けて入ってきたのは喜兵衛である。
「喜兵衛、……お主!」
申し訳なさそうに、喜兵衛が笑う。
それにしても、喜兵衛にしても九郎にしても、すごい演技力だ。武田の将来がかかっているので、本当にそうだと思い込むくらいの演じ方が出来たのだろうか。
「ようやく腑に落ちたようだな。この通りじゃ。全て大御屋形様の筋通りよ。とは言え喜兵衛にも聞いておったが、お主の出した答えに、大御屋形様は満足しておられたぞ」
信房は笑顔だ。
「では織田や徳川とはできうる限り和を結ぶ事。国を富ませ戦道具を整え、軍兵をそろえては睨みを効かすとの考えは、御屋形様はもちろん、重臣の方々も承知の上なのでしょうか? 小佐々の件も?」
勝頼は喜兵衛と九郎とで話し合った内容を矢継ぎ早に信房に確認する。
「無論のこと。修理亮(内藤昌豊)に三郎(山県三郎兵衛尉昌景)、弾正(高坂弾正昌信)に伯耆守(秋山信友・虎繁)も得心しておる」
勝頼の顔が明るくなる。
「戦場にて刃を交え、斬り従えるを常としておった我らじゃが、時の流れというものか。そろそろ若い者に譲っても良かろう」
そう言って信房は再び笑う。
「四郎よ、いや御屋形様。見事わが甲斐を、武田の領国を豊かにしてみせよ」
■十月五日 京都 大使館
「最後になりますが、皆様も気になるところでしょうが……という次第にございます」
「な! 馬鹿な事を申すでない。信玄公は身罷られたと聞いておるぞ」
な! という一言につきるが、利三郎はその後感情を抑え、相手に動揺を悟られぬようにする。
「ん、んっ! ……失礼致した」
「そは誰より、何よりもたらされた報せにござろうか?」
九郎が聞き返す。
「信玄公が荼毘に付されたのを見た者もおるし、侍医やその周りの者からも、聞いておる」
「それは、……さきほどお話しした通りにございます」
「九郎殿、貴殿はわれらに助力を願いに来たのであろう? 然れば嘘偽りを申して、ことさら互いの心の内を乱すような事をされては困る」
「これは異な事を承ります。それがし、初めに申したように、天地神明に誓うて嘘偽りは申しておりませぬ」
……。
「利三郎様」
直茂が利三郎に声をかけた。
「ここで九郎殿を疑うても詮無き事にございます。(われらとしても、弾正忠様を説くのに、信玄公が生きている方が何かとやりやすうございます……)」
「……うむ。そうであるな(死んでいても生きていても、われらには直接の関わり合いはない)」
利三郎は居住まいを正し、九郎に質問する。
「では誠に信玄公はご存命であり、四郎殿に家督を正式に譲りけり、と言う事にござるか。病気療養中にて、身罷られたという噂をわざと流しておると?」
「は、おおよそはその通りにございます」
「……あいわかった。では我らは何とか武田と織田との和睦がなるよう働きかけるが、和議の際にどのような和睦の条件となるかは、貴殿らと織田との話となる、よろしいか?」
「構いませぬ。ぶしつけな申し出にもかかわらず、お引き受けくださり、感謝の至りにございます」
こうして小佐々と武田の密約(?)がなり、三人は信長の元へ向ったのであった。
「誠に! 誠に御屋形様は、生きておられるのですか?」
勝頼は武田の重臣である馬場美濃守信房に訊いた。
「誠だ」
「では何故、それがしには身罷られたなどど、嘘をおっしゃったのですか」
「お主、御屋形様がご存命ならば、素直に家督は受けておらなんだろう?」
「然るもの(当然)にござる。それがしは諏訪の四郎にござりて、家中にもそう思うておる者も多うございます。然れば、武田を背負うことなど許されておりませぬ」
武田勝頼は信玄の四男であるが、嫡子である義信が信玄によって謀反の罪で粛正されてより、長らく武田家の家督継承者の地位は空位であった。
さらに次男は目が見えず三男は早世しており、五男の盛信以下は若すぎる。したがって順番でいけば勝頼である。
しかし勝頼の母は、信玄がかつて信濃を攻めた際に滅ぼした、諏訪頼重の娘である。勝頼はその後諏訪家の家督を継ぎ、諏訪四郎勝頼となっていたのだ。
勝頼を武田の人間ではなく諏訪の人間である、という家臣も多く、また義信廃嫡以降も親今川派の家臣もいた。
それがすぐに嫡男としてみなされなかった理由である。また、信玄は勝頼を陣代とする事で、それら反対派の家臣を納得させようとしていたのだ。
しかし、死んでしまえば陣代では危うい。
武田の将来の雲行きが怪しいとみて、離反する家臣や国人衆もいるだろう。そこで信玄は、勝頼に正式に家督相続をさせようとしたのだ。
結果的に信玄は一命をとりとめたものの、年齢的にも五十を超え、いつ死んでもおかしくない健康状態ではあった。
そこで信玄は自分が存命のうちに家督を譲り、当主としての実績を積ませようとしたのだ。
「では、九郎や喜兵衛はどうなのです? あの者らは御屋形様が身罷られたと信じておりましたぞ。敵に悟られぬよう、御屋形様を荼毘に付したのも、あれも偽りなのですか?」
「左様。そう見える様にしたのだ。御屋形様、いや大御屋形様がすべて取り計らい、お主が家督を継ぐまでは死んだように思わせるため、嘘をつかせた。神人の小間使いや侍医の助手なども、だ」
「なんと……。ではそれがしが九郎(曽根虎盛)や喜兵衛(武藤喜兵衛・真田昌幸)と考えた事も、それも見越して御屋形様が指図されていたのですか?」
「左様。お主から以後の武田の有り様を聞いたとき、大御屋形様も我らも、二人が良い仕事をしてくれたと、喜んだものよ」
信房(馬場信房)はかっかっかっと笑い、勝頼を見る。
「これ、入って参れ」
「はは」
戸を開けて入ってきたのは喜兵衛である。
「喜兵衛、……お主!」
申し訳なさそうに、喜兵衛が笑う。
それにしても、喜兵衛にしても九郎にしても、すごい演技力だ。武田の将来がかかっているので、本当にそうだと思い込むくらいの演じ方が出来たのだろうか。
「ようやく腑に落ちたようだな。この通りじゃ。全て大御屋形様の筋通りよ。とは言え喜兵衛にも聞いておったが、お主の出した答えに、大御屋形様は満足しておられたぞ」
信房は笑顔だ。
「では織田や徳川とはできうる限り和を結ぶ事。国を富ませ戦道具を整え、軍兵をそろえては睨みを効かすとの考えは、御屋形様はもちろん、重臣の方々も承知の上なのでしょうか? 小佐々の件も?」
勝頼は喜兵衛と九郎とで話し合った内容を矢継ぎ早に信房に確認する。
「無論のこと。修理亮(内藤昌豊)に三郎(山県三郎兵衛尉昌景)、弾正(高坂弾正昌信)に伯耆守(秋山信友・虎繁)も得心しておる」
勝頼の顔が明るくなる。
「戦場にて刃を交え、斬り従えるを常としておった我らじゃが、時の流れというものか。そろそろ若い者に譲っても良かろう」
そう言って信房は再び笑う。
「四郎よ、いや御屋形様。見事わが甲斐を、武田の領国を豊かにしてみせよ」
■十月五日 京都 大使館
「最後になりますが、皆様も気になるところでしょうが……という次第にございます」
「な! 馬鹿な事を申すでない。信玄公は身罷られたと聞いておるぞ」
な! という一言につきるが、利三郎はその後感情を抑え、相手に動揺を悟られぬようにする。
「ん、んっ! ……失礼致した」
「そは誰より、何よりもたらされた報せにござろうか?」
九郎が聞き返す。
「信玄公が荼毘に付されたのを見た者もおるし、侍医やその周りの者からも、聞いておる」
「それは、……さきほどお話しした通りにございます」
「九郎殿、貴殿はわれらに助力を願いに来たのであろう? 然れば嘘偽りを申して、ことさら互いの心の内を乱すような事をされては困る」
「これは異な事を承ります。それがし、初めに申したように、天地神明に誓うて嘘偽りは申しておりませぬ」
……。
「利三郎様」
直茂が利三郎に声をかけた。
「ここで九郎殿を疑うても詮無き事にございます。(われらとしても、弾正忠様を説くのに、信玄公が生きている方が何かとやりやすうございます……)」
「……うむ。そうであるな(死んでいても生きていても、われらには直接の関わり合いはない)」
利三郎は居住まいを正し、九郎に質問する。
「では誠に信玄公はご存命であり、四郎殿に家督を正式に譲りけり、と言う事にござるか。病気療養中にて、身罷られたという噂をわざと流しておると?」
「は、おおよそはその通りにございます」
「……あいわかった。では我らは何とか武田と織田との和睦がなるよう働きかけるが、和議の際にどのような和睦の条件となるかは、貴殿らと織田との話となる、よろしいか?」
「構いませぬ。ぶしつけな申し出にもかかわらず、お引き受けくださり、感謝の至りにございます」
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